「会社の人に、家教えてないんだね。今日訪ねた時同じ部署の人そんな感じのこと話してたから」
「あぁ~。だから今日それで風邪って気付いてくれたんだ」
「うん・・」
「教えたら色々面倒だし。この家は誰も教えてない」
面倒だと思うのに・・・私には教えてくれたの?
酔ってる私をわざわざ家に入れてくれて介抱してくれたの?
「会社の女性も誰も来てないの?」
誰にも教えてないというその言葉通り、私だけなのか他の女性の存在も思わず確かめたくなる。
「あんまり家好き勝手に入られるの好きじゃなくて」
「えっ!ごめん!私何回も勝手に・・!」
この前の酔っ払いに続いて、この押しかけおせっかいで平気で入り込んでるんですけど!
私、逆の嫌がることしてんじゃん!
「ごめん!私、もう帰るね!」
お椀を置いて、急いで部屋を出ようと立ち上がろうとすると。
「待って。行かないで」
その手を掴まれて引き止められる。
「だって・・私迷惑・・」
「迷惑、じゃないから。透子は、特別だから・・」
そう言いながら、その手を掴まれたまま、真剣な表情をして見つめられる。
見つめられてるその目は、冗談っぽくもなくて。
その言葉も、その特別もどんな意味なのかはわからないけれど。
だけど意味なんかどっちでもいいほどに、その真剣に見つめる眼差しとその言葉が切なく胸を締め付ける。
「お願い。ここにいて」
そんな言葉・・勘違いしちゃうじゃん。
「わかった・・。ちゃんといるから」
風邪で弱っているからなんだろうな。
きっと目の前にいる私が誰かわからない感覚になっていて、その弱さからつい甘えたくなってるのかも・・・。
だけど。
今はなぜかそんな素直な彼が愛しく思えて。
それでもいいと思えてしまう。
例え勘違いだとしても。
私を必要してくれてることが素直に嬉しくて。
「迷惑じゃないなら。ちゃんと最後まで看病させてもらっていい?」
迷惑じゃないなら。
今はこの人放っておきたくなくて。
「だから・・ずっとそう言ってるのに。オレは透子だから看病してほしい」
彼の言葉の裏にどんな意味が隠されているのか、駆け引きがあるのか、いつもならそんなことを考えてしまうけど。
今はそんなのどうだっていい。
その言葉が嘘でも本物でも。
彼が囁くその言葉にドキドキして切なくなっているのは確かだから。
今はただその言葉でさえも受け止めて、今の彼を守ってあげたい。
「わかった。ずっといるから」
弱ったこの人のそばに今はずっとついててあげたいと思うこの感情は、母性?それとも・・・。
「じゃあ、おかゆ食べて。冷めないうちに」
なんとなく、自分でもう気付き出してる想い。
だけど、今はまだその気持ちに気付かないフリをして自分で自分を誤魔化す。
きっとそれを自分で認めるのも、もう時間の問題なのかもしれないけれど・・・。
「はい。もう熱くないと思うから。自分で食べて」
「ん。透子ってさ~料理出来るんだ」
おかゆを食べながら彼が呟く。
「出来ないなんて一言も言ったことないけど」
「だって修さんとこでいつもメシ食べてるから」
「あ~。あれは仕事終わりで疲れるとそれからご飯作るの面倒だから食べに行ってるだけで。料理作るのは好きな方だし、別に余裕があれば作って自分で食べてるし」
「ならさ。今度オレにも作ってよ」
「え~なんで。ヤだよ。今日は風邪ひかせたお詫びで特別」
「だよね。誰のせいで風邪ひいたと思ってるの?あの日、どれだけ酔っぱらった後、介抱するの大変だったか・・・」
「うわ~!それはホントごめん!わかった!今度きちんとまたお詫びも兼ねて作らせてもらうから!これでいい!?」
「オッケ」
「てか、それなら美味しいモノご馳走するよ?私作ったのなんて、たいしたことない・・」
「透子の手料理がいい」
私の作った料理なんて却下させようとしたのに、最後までそれを言う前に彼が言葉を被せて、手料理がいいと言い張る。
「なんで、そこまで・・・」
「いいから。透子の作った料理が食べたい。オレの為に作ってくれる手料理なんて最高じゃん」
彼氏みたいな嬉しくなる言葉をまたこの人はサラッと言い放つ。
最初に会った時、交わしたドキドキの提案。
この人は最初からドキドキさせられる自信があると言った。
それが彼本人、自分で意識しているのか、自分でもわかっているのかわからないけれど。
でも。
きっとそれが自然に出来る人。
何気ない仕草一つ一つ、何気ない言葉一つ一つ、例え無意識にしていることでも。
さりげなく自然にそれが彼の魅力として、ドキドキさせる要素になる。
こんな風に弱っている姿も、いつものように自信満々で強引に迫って来る姿も、スマートに仕事をこなす姿も。
カッコよさも可愛さも共存させている彼は、それぞれの姿をそれぞれ違う魅力に変えられる人。
いくつもの表情や姿を持っている彼だから。
他にどんな表情を隠し持っているのか、更に知りたくなってしまう。
まだ知らない彼の姿をまた見たくなる。
今だってホントはこんな弱っている時なのに、いつもと違う無造作の髪型で、今まで見たことないラフな部屋着姿でいる彼が魅力的にでさえ見えてしまう。
自分の目の前で抵抗なく自然な姿でいてくれることが、さり気ない優しさや距離感で接してくれる彼が、どんどん恋愛に頑なになっていた自分の心を柔らかくしていって。
そんな彼に少しずつ心を開いていってる自分がいる。
まだホントの彼がどういう人物なのか、どういう気持ちを隠しているのかはわからないけれど。
だけど、今はそれでもいいと、それでも今以上彼をもっと知りたくなって一緒にいたいと思ってしまう自分がいる。
でも、きっと彼は本気じゃないってこともわかってる。
例えそうであったとしても、彼が向ける私への視線やかける言葉は、確実にドキドキさせる。
そのドキドキが味わえるなら。
例えそこに気持ちがなかったとしても、その視線やその言葉はその時は自分だけに向けられたモノだから。
心さえ、欲しくならなければ。
きっと楽しめる。
彼とのこの言葉に出来ない特別な関係を。
私さえ本気にならなければいい。
すべての視線に、すべての言葉に、例えこれからドキドキし続けたとしても。
その視線を、その言葉を信じなければいい。
そうすれば、もう傷付く恋愛はしなくて済むから。
自分だけが好きで苦しい恋愛さえしなければ。
ゲームのように彼と同じように、私も楽しめばきっと大丈夫。
本気にならないドキドキと心を満たす恋愛。
この年齢だからこそ、この関係だからこそ楽しめる大人の恋愛。
コメント
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自分だけが好きで苦しい恋愛は確かに辛いけどそれ以上に楽しいんだよね〜あのドキドキ感は忘れられない。