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「ええ、あの瀬川さんが、弱りきっていて。色々詳細を語ってはくれたのですが、途切れ途切れで。喋るのが精一杯という状態でした」
岩崎が、男爵夫婦へ答えた。
あれから、岩崎と月子は佐紀子に見つからないようにと瀬川に忠告されるまま逃げるように西条家を去った。
そして、神田旭町の家に戻ってみると、男爵夫婦、二代目、お咲、そして、頭を下げ続けている見知らぬ男がいた。
岩崎が、この状況は何事かと問う前に男爵が西条家の事を聞きたがり、岩崎の部屋に集まり顔を突き合わせている……。
「まあ!あの佐紀子さんが、蔵で!」
芳子は事情を聞いて驚きの声をあげつつ、
「それで、いくらかは月子さんの気持ちもわかったんじゃないかしら?」
少し意地悪げに言った。
「義姉上《あねうえ》言い過ぎでは?どうあれ、焼け出され……挙げ句……」
岩崎が芳子をたしなめるが、そのまま黙りこむ。
「確かに芳子、少し口が過ぎるよ。あちらは被害に合われているのだから。そして、婚約破棄までされて。西条家は、いや、佐紀子さんは、大丈夫なのだろうか?」
「……申し訳ありません」
男爵の言葉に、芳子も言い過ぎたと小さくなった。
「しかし、京介。いったい全体。火災の原因は、実《みのる》君なのだろう?なぜ、婚約破棄を?」
どうも解せないと、男爵は岩崎へ詰め寄った。
「はい、そうなのです……。そこなのですよ。兄上。実《みのる》さんというべきか、田村家というべきか……。町内の消防組やら皆が、消火にあたっている間に、実《みのる》さんは、姿を消したようで。夜が明け消火作業も一段落という所に、父親の田村氏と怒鳴りこんで来たそうです」
焼けてしまった屋敷を見ながら、こんな負債を抱えられるかと、今回の見合いは無かったことにすると、田村氏は一方的に破談だといい放ったらしい。
「なんなの?!それ!!佐紀子さんの事を何も考えてないじゃない!!」
「いや、芳子。佐紀子さんの事もだが、火を放ったのは、実《みのる》君だろう?責任逃れどころかの話じゃないか?!」
どうなっていると、男爵夫婦は憤る。
「瀬川さんが、問い詰めたようですが、実《みのる》さんは、酔っぱらっていて覚えていないとか、仏壇の火の始末のせいだろうとか、のらりくらりと話をはぐらかしたそうです」
「京介さん!なにそれ!仏壇の火の始末って言えるなら、実《みのる》は、自分がやった事を覚えているってことじゃない!」
芳子が、目を吊り上げ怒りを露にした。
「とにかく!」
岩崎が大きな声をだし、男爵夫婦を押さえ込むと、側で俯いている月子を見た。
「うん。京介。取りあえず現状は、わかった。月子さんも足を運んでご苦労だったね」
「月子さん、大丈夫よ!心配はいらないわ。西条家の店は残っているのでしょ?今は混乱しているけれど、すぐに落ち着くわよ!」
男爵夫婦も、岩崎の言わんとすることを察して月子を労った。どうあれ、この中では月子が一番動揺しているはずなのだ。ある意味、他人事と、月子へ気持ちを切り替えさせるべく夫婦は声をかけていた。
「そして。瀬川さん含め、皆が、月子を誉めました!月子へ頭を下げました!」
岩崎が、興奮ぎみにというべきか、勝ち誇ったように高々と宣言する。
勇ましく言う岩崎の様子に男爵夫婦は目を細める。
「そろそろ話はおわりましたかぃ?!岩崎の旦那!早くこっちへ戻って来てくださいよ!」
二代目が弱りきった顔をして男爵を呼びに来ていた。
「ああ!お咲のことか!うーん、で、どこまで行った?」
「それが、岩崎の旦那。キャラメル三箱でも、お咲は、うんと言わないんですけどねぇ……」
そうかそうかと、言いながら男爵は腰を上げ部屋から出て行く。芳子が、困った困ったとぶつぶつ言いながら後を追う。
まるっきりわからないのは、岩崎と月子で、顔を見合わせるだけだった。