「では。失礼して……」
魔導師ギルドのギルドマスターが瓶に口をつける。飲む前に舌が見えて妙に艶かしい。
「どうなのだ?」
皆が見守る中、国王が魔導師ギルドのギルドマスターに訊ねる。
「ポーションを飲んだ時のように、特に身体に変化があるわけではないようです。これまでの申告通り、ただの水ではないかと?」
魔導師ギルドのギルドマスターがそう答えると、皆の顔に失笑が浮かぶ。
結局のところ、俺自身でしか効果を立証できないのだ。
周囲の視線と国王の表情を交互に見ているのはアリサ。彼女は決意をすると、
「国王陛下、発言にょろしいでしょうか?」
「構わぬ」
(にょろしいって言ったよな?)
皆、アリサが噛んだことに気付いているのだが、シリアスな場ということもあってか誰も突っ込みを入れない。
当事者の俺だけが、彼女の失言に猛烈に突っ込みたい衝動に駆られていた。
「彼の言葉を裏付けるには、彼自身がエリクサーを飲んで効果を立証するしかないと思います」
確かにその通りなのだが、何か策があるのだろうか?
「ふむ、つまりどうするつもりなのだ?」
国王も興味をもったのか、アリサに問いかけた。
「魔法の使用許可をお願いします。今から私が彼を攻撃しますので!」
「おまえ、何馬鹿なことを言い出してるんだ!」
俺が近付くと、彼女は目配せをすると俺の身体を引き寄せ耳打ちをする。
(いいから言う通りにして、ここは見た目が派手な魔法を使って誤魔化すのよ。あんただって死にたくないでしょ!)
どうやら庇うつもりらしい。派手な魔法で傷つけたようにみせ、ポーションで治癒をして誤魔化す。そんな算段なのだろうが、ここは国の重鎮が集まる場。そんな子供騙しに引っかかるとは思えない。
(どうしてそこまでするんだよ?)
かなり危険な橋を率先して渡ろうとするアリサに、俺は怪訝な顔を向けた。
(ほっとけないから。それだけよ!)
ぶっきらぼうな返事に、俺は彼女の頭を撫でると離れた。
「国王、発言許可よろしいでしょうか?」
「言ってみろ」
「どなたでもいいのですが、俺の腕を斬り落としてみてください」
「何だと!?」
「効果を実証しろというのならして見せましょう。それで皆さんが納得するのならこのくらい容易いことです」
いままで、そこまでの重傷を負ったことはないのだが、アリサの覚悟に見合った勇気を俺も見せるべきだろう。
「近衛騎士団長。行け」
国王の命令で、騎士が前に出てくる。
「ミナト!?」
アリサが後ろから心配そうな声を上げた。
「大丈夫だって、俺のことを信じろっての」
俺はアリサを安心させるように笑って見せると、
「その心意気やよし。痛みに苦しまぬよう、我が最強の剣技でその腕を落としてやろう」
エリクサーを作り出し、瓶を地面に置く。
騎士団長の剣は研ぎ澄まされており斬れ味もよさそうだ。
彼自身の技量は推し量るまでもない。俺は痛みを覚悟して右腕に力をいれ、その時が来るまで目を瞑って堪えると、
「覚悟っ!」
剣が振り下ろされる音がして……。
――ギンッ!――
「痛ってえええええええええええええええ」
右腕を何かが打ち付けた。
「痛くしないって言ったのに! 嘘つき!」
袖をまくると腕にうっすらと刃物の痕がついて血が滲んでいる。骨は折れていないだろうが青く滲みができていた。
あのような言葉を言っていたが、おそらく国王の御前を血で汚さないように配慮したのだろう。レッドカーペットとか凄く高そうだし……。
「手加減してくださったんですね、ありがとうございます」
皆がぽかーんと口を開ける中、俺は地面に置いてあった瓶を拾い、右腕を皆にみせながらエリクサーを飲んだ。
次の瞬間、傷は完治し痛みも残っていない。
「ふぅ、以上が俺の能力の証明です。自分にしか効果がないエリクサーを出せる、それだけのチンケな存在なので、これ以上は勘弁してもらえませんかね?」
これで嘘偽りは一つもない。真実を曝け出した以上、錬金術ギルドマスターやアリサにも愛想をつかされるのだろうが、追放されるのなら仕方ない。新天地でやり直すことにしよう。
そんなことを考えていると、
「「「「「いやいやいやいやいやいやいや!!!」」」」」
全員が一斉に突っ込みだした。
「近衛騎士団長の必殺の一撃は岩を砕くんだぞ! それを受けてかすり傷とか!」
「ポーションにしてもこんな短期間で回復しない。飲んでから回復まで一瞬とかありえんだろ!」
「そもそも、手から手軽にエリクサーを精製というのもおかしい」
「たとえ効果がなくても、錬金術や植物を育てるのにとても良い水よ、ハーブの質が上がるわね」
国王の前ということを忘れ、見学していた貴族や神官、その他の人たちも口々に今起きた光景について議論をする。
あまりの熱量に俺はどうすることもできず聞き入っていた。
「静粛に! 王の御前だぞ!」
国王の左に控えていた騎士の人が皆を黙らせた。
場が静まり返り、国王は眉根を右指で揉むと、妙に難しい顔をしていた。
「完全に信じつとは限らぬが、目の前で傷を治したのを見る限り彼の言い分は正しいのだろう」
「だとすると、どうしますか?」
やはり追放だろうか?
俺が喉をゴクリと鳴らすと、国王は告げた。
「貴様を雇いたい。誰よりも高額の報酬を支払う。どうかね?」
まさかの勧誘だった。突然の国王の言葉に俺がどう答えるか悩んでいると……。
「お、お待ちください!」
視線を向けると、俺を追放した神官が慌てた様子を見せている。ついでに隣にいるヘンイタ男爵も俺を射殺さんばかりの目で見ていた。
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