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二
翌日からの聖美は、ご機嫌な日々が続いた。
毎朝、学校以外で聖司に会えるのが嬉しかったし、これをきっかけにして、以前より話すことが多くなった。それは、何気ない会話でも良かった。会話がない日がほとんどの頃に比べれば、格段の進歩だった。だが、事はそれだけでは終わらなかった。
このまま楽しい日々が続けばいいと思っていたのに突然、変化が見え始めた。
それは初めて、光画部の部室について行った日から始まった。
週に一回ある弁当の日、中庭で友達と食べ終えた聖美は、教室に戻る途中の廊下で聖司を見つけた。
「あっ、聖ちゃん。昨日のテレビ見た?」
「何の番組だよ」
「幽霊スポットバスツアーよ」
「相変わらず、好きだな」
「うん。大好き」
こう見えても聖美は恐いものが好きで、ホラー映画も見に行ったりしている。
「話は、それだけか?」
「どこかに行くの?」
「だから歩いていたんだ」
「また部室でしょ」
「そうだよ。じゃあな」
―――もうっ。今日は逃がさないんだから。
昼休みとなれば部室に行く聖司を、いつもは見送っていたが今日は違う。そそくさと行こうとする聖司の腕を掴んだ。
「待って。たまには私を連れて行ってよ」
「部室に?」
「うん」
実際、毎日のように行く光画部の部室には、前から興味があった。いわゆる暗室という言葉の響きに、恐いもの見たさの血がうずいていた。
「別に良いけど。狭いぞ」
「いいよ。そんなの」
「そんなに来たいのか?」
聖司は困っているように見えたが、それでも行きたかった。
「行きたい!」
「分かったよ」
―――やった。
念願が叶った聖美は、恐い物見たさのドキドキと、楽しみというウキウキが入り混じった心境で、聖司についていった。
「瀬名は、もう来ているかな」
「部員の人?」
「ああ。後輩だ」
「女の子?」
「そうだけど」
聖司はドアノブを回しながら答えた。
「先輩。待っていましたよ。あれ?」
聖司の後ろに人が立っているのに気が付いた真衣香が、身体を傾けて視線を投げかけた。
「入れよ」
「う、うん」
後から入った聖美は、真衣香に挨拶をした。
「こんにちは。あなたが瀬名さんね」
「そうですけれど」
「私は、聖ちゃんの友達で観月っていうの。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
真衣香は、何事かという表情で聖司を見た。
「部室を見たいって言うから、連れてきたんだ」
「そうなんですか」
「そういうことなの。ここが暗室かぁ。暗室なのに、けっこう明るくない?それに、何か臭うね」
「違うよ。暗室はこっちだ。臭うのは、壁に染みついた薬品だよ」
聖司は、もう一つのドアを叩いた。
「薬品?」
「フィルムを現像したり、プリントをしたりするときに使う薬だ」
「へ〜。見せて、見せて」
聖司が暗室のドアを開けると、微かだった薬品の臭いが増した。
「なんか酸っぱいねぇ〜。聖ちゃんは、何ともないの?」
聖美は、鼻を手で覆いながら言った。
「酢酸なんだから仕方ないよ。慣れだな」
305
「これ?」
何本か並んでいる薬品類の瓶を持ち上げた。
「そう」
「そっか。これはなに?」
「現像器」
「これは?」
「現像タンク」
「へ〜。知らない物ばっかりで、面白いな。化学実験室みたいだね」
初めて見る物ばかりだと、けっこうテンションが上がってくる。
「ははは。そうだな。ある意味、化学実験をしてるようなもんか」
「このドアを閉めると、暗くなるんだね。明かりはどうするの?真っ暗だと作業出来ないでしょ」
「これなら点けてもいいんだ」
そう言って赤外線ランプのスイッチを入れると、部屋の中が赤く染まった。
「ふうん。楽しいかも」
「あ、あのう」
真衣香が恐る恐る言った。
「もしかして観月さんは、陸上部ですか?」
「そうだけど、それが?」
「先輩。あの写真に写っていたのは」
真衣香は、雑誌の山をチラリと見た。
「そう。こいつだよ」
「こらっ、こいつ呼ばわりしないの!幼馴染みでしょうが」
聖司の背中を、拳で突いた。
「いたっ。こんな奴は、こいつで結構だ」
「もうっ。ふふ」
聖美は、こんな風に笑える会話こそがしたかった。
「幼馴染み……ですか」
真衣香は小声で言った。
「腐れ縁よ。瀬名さんには、いつも迷惑かけているでしょう。ごめんねぇ」
「いえ。そんなことないです。私の方がお世話になりっぱなしで」
真衣香は、両手を振りながら謙遜した。
「そう?」
「はい」
「おいおい。親じゃあるまいし、本人の前でそんなこと言うなよ」
聖司に頭を小突かれて、舌を出した。
「は〜い。それにしても瀬名さん、あなたって可愛いわね」
「え?」
聖美の顔が間近に来たので、真衣香は一歩引いた。
「毎日、ここで二人きりなんでしょ」
「そ、そんなことはないです。部長もいますし。ね、ねえ先輩」
聖司に助けを求める。
「そうそう。たまにだ。なあ」
「そ、そうです。たまに、です」
「ふうん。まっ、いいか」
と、口では言ったが、内心はざわめいていた
「あっ、鳴りましたよ」
五分前の予鈴に、真衣香が鋭く反応した。
「じゃ、じゃあ、行くか」
「そ、そうですね」
聖美に、自分の気持ちを知られるのではないかという聖司。本人の前で、聖司を好きなんじゃないかと聖美に言われることを恐れた真衣香。それぞれ、別の理由でギクシャクしながら部室を出た。