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「まじありがとなー。」
手袋をした手を擦り合わせながらも、助手席に乗り込んだのはぺいんとだった。彼がドアを開けると、頭が痛くなるほどの湿気と暖かさの中に氷のような外気浴が流れ込む。しかし、そのおかげか湿気は少なくなり乾燥した空気が混じったおかげか頭の痛さはだいぶ和らいだ。
「どこ食べに行く?今なら近くのラーメン屋開いてるけど。」
「ラーメンかぁ。それなら俺の夜ご飯のカップラーメンと変わんねーな(笑) まぁ行くか。」
微笑を残したぺいんとは、手袋を外した手を暖房のついているエアコン吹き出し口に近づけ、その暖かさを占領していた。まぁ、それでも空気は循環するため別にこれと言った障害はないけれど。
ぺいんとの返答に頷いた俺は、シフトレバーを動かしてから車体の周りを確認して、ゆっくりとアクセルを踏んだ。エンジンのかかる音、振動が伝わったところで車はゆっくりと前進をした。
「…」
特に会話もない車の中は静まり返っていた。信号機の光る3色が俺の目をチカチカとさせ、反対側にいる車体から出る白くも少し黄色い光に目を眩ませた。会話の話題がないわけではないが、話そうとも思わなかった。
「トラゾー、羅生門の制作どうなん?」
不意に発せられた言葉に、俺は少し心臓が跳ね上がる。ただ単に、その質問は聞かれたくなかったのだ。大まかなストーリーだけを決めた今、その後はマップ制作にコマンド作成、キャラ設定にキャラデザ作り、声の作り具合に撮影日の決定…あとは細かな調節だって、数多ものある作業に俺は日々時間に追われている。今だってそう、こんなことをしている場合ではない。
「ストーリーは決まったくらいだな。」
安心させるような声色を放てば、相手は楽しそうな声色で返事をしてくれた。その声に、なぜか俺は胸が痛くなった。物理的な痛みではないはず。それでもこれを”痛い”と表してしまうのは、作家の性なのだろうか。酷く俺も落ちぶれたものだ。
そうこう話しているうちに、俺たちは小さなラーメン屋に到着した。のれんを手で上げて店の中に入れば意外にも客足は多く、席も探せば空いているだろう程度のものだった。
「あっ、あの席にしよ。」
ぺいんとが言葉を発したと同時に指を指したのは、カウンター席の1番端。丁度3席分空いており、1人分の間隔を空けられて食べられそうだ。他の人にその席を取られる前に、俺たちは足早にその椅子へと向かった。
カウンター席となると、厨房で作られるラーメンの匂い、暖かさが強くなり、それらが俺たちの身を包む。
入り口付近で買っておいた食券を手渡し、お冷を飲んでからぺいんとと話し始めた。
「次の撮影、15時からだけど大丈夫そう?」
「うん。その日は1日空いてるから大丈夫。」
ぺいんとから話されたのは、次の撮影の話。まぁ、確かにそれから話されるのはそうか。前の会議では用事のため抜けてしまい、撮影スケジュールも全くわかっていないのだ。それを言われるのも納得だ。…けれど、必ずしもこれがこいつの話したいことではないとわかっている。話したいことの中の、たった一つなのだ。
「そういえば白昼夢の編集で困ってることあるんだけど…」
「お、どうした?」
そこからは、本当に他愛のない話をした。編集だったり、最近のニュースだったり、配信だったり、ゲームの話だったり…。誰かにとって需要のない話題は、意味をもたらしていないように見えて、その人と話せていること自体に意味をもたらせている。話をするということが苦手な人でも、1人の時間を大切にしている人であり、意味をもたらせている。そしてそれももちろん、誰かにとっては1人の時間は需要がないのだ。これを、価値観の違いだというのだろう。けれど、俺にとってこの時間は意味をもたらしていると思っている。
「52番と108番のお客様ー!」
ふと、店内には大きな声が響き渡る。手元の食券を見れば呼ばれた番号である52番と記されており、隣の席に居座るぺいんとの食券も見てみれば108番と記載されており、2人して同時に席を立った。
黒くコーティングのされたお盆に乗せられたラーメンは、 暗さの中に彩度を持っているためか酷く目立つように見え、照明によって映し出されるハイライト、立ち上がる湯気によって輝かしく見えていた。ありえないことだけれど、本当にそう見えているのだ。
鼻を刺激する癖のある匂いに暖かな湯気が肌を温め水分が付着する。慣れてもおかしくないほど経験してきたことなのに、幸福感で満たされるのは何故だろうか。
パキッ、と綺麗な音をたてて割り箸を割ったものの、必ずしも綺麗に割れているというわけではなく…。俺は運良くまだマシな割れ方だったが、ぺいんとに関してはすごく食べづらそうな割れ方をしていた。それが面白く笑えば、相手も笑みを溢した。
ずるるっ、とすする音があちこちから聞こえているが人の声によってかき消されていた。職員さんの熱のこもった言葉や、無言で美味しそうに食べる人、知り合いと駄弁りながらも食べる姿があちこちに散らばっている。そんな中、シンとした空気を持つカウンター席の端。
「・・・───最近、なんかあったの?」
ふとされた質問に、俺は割り箸を持つ手の力が抜けた。コトッ、と音を立てて割り箸はラーメン皿のふちを描くようにすーっと滑らかに滑って止まった。
周りの賑やかな空間が、そこではまるで冷たい空間になっていた。