第3話:コードの向こうにあるもの
風が揺れるツリーハウスの中層。
枝と枝の間に設けられたガラス天井の教室に、今日はいつもの演習ではない緊張感が漂っていた。
「本日は――“再生コード”の演習を行う」
そう宣言したスエハラ先生は、白衣の裾をひらりと翻し、演習用の杭の前に立った。
「テーマは『記憶』。お前らが“他人の想い”を読んだとき、何を感じ、何を書くか。それをコードで示せ」
演習空間が展開される。碧素杭の先端に、青白く脈動する点が浮かび上がる。
「この杭には、過去の生徒の“断片的な記憶”が記録されている。誰のものかは、伏せる。感じ取れ」
教室がざわつく中、ゲンが真っ先に前に出る。
「先生、これ使っていい?」
《TRACE = “杭”》《MEMORY = “最初の音”》《RENDER = TRUE》
光が杭から迸る。半透明の視覚データが空中に展開され、そこには古びたピアノと、白いカップが浮かび上がる。
「……音? なんか音楽室っぽい……」
タカハシが呟く。
《SOUND = “失われた旋律”》《ECHO = ON》
ゲンが更にフラクタルを重ねると、かすかなピアノの音色が空間全体に反響し始めた。
「すげぇ……これ、コードで音を再現してる……」
「違うな」
ゲンが微笑む。
「“想い”にコードを寄せただけだよ。記憶が、奏でたいって言ってた」
タカハシが腕を組んで見つめる。
「……やっぱりお前、変だ。でも、ちゃんと届いてる」
演習の終わり。別の班では、笑顔の記憶を呼び起こした者もいれば、涙を流した者もいた。
スエハラ先生は静かに言った。
「コードは、命を動かす。ただの命令じゃない。そこに“意味”があるかどうか――それを見極められる奴が、真のフラクターだ。」
ゲンとタカハシは帰り道、ツリーデッキで風を感じながら並んで歩いた。
「……なあ、タカハシ。お前の記憶、いつか見せてくれよ」
「気軽に言うなよ。でも……機会があればな」
夕暮れに、光の杭が優しく脈打っていた。
コードの向こうにあったもの――それは、“誰かを想う力”だった。