路地裏に突如として現れた少女は、フード付きの短いこげ茶色のマントを身に着け、大きな籠を手にしていた。
目深にフードを被っているせいで顔は良く見えないが、声と背格好からして、15,16歳といった感じだろうか。少女と呼ぶか娘と呼ぶべきか悩むところ。
ただ、籠の中には、その姿に似合わない高価な酒瓶が2本覗いており、齧りかけのパンもある。
言葉を選ばずに言うならば、とても奇妙な少女であった。
「あの……どうかしたんですか?」
少女は小首を傾げながら、もう一度同じ言葉を紡いだ。
首を動かした拍子に、フードからブラウンローズの髪が一房零れ落ちる。
サクランボのような艶のある唇は、言葉を紡いだ後はきゅっと一文字に結ばれ、次に放つであろう騎士の言葉を、待っている。
けれど騎士たちは、無言のまま食い入るように少女を見つめている。妙に人を惹きつける魅力を持つ少女だった。
瀕死の騎士の部下たちは、10代後半から20代前半の青年だ。これが全く違う状況なら、フードの奥に隠された顔を覗いてみたい衝動に駆られるだろう。
しかし、この状況でそれはあまりに場違いな考えであり、この出会いは望まない邂逅だった。
「どうもしていないっ」
「娘、さっさとここから離れろっ」
「今、見たことはすぐに忘れろ」
我に返った部下の騎士たちは、しっしと羽虫を払うように少女にあっちに行けと指示を出す。
上司であるエリート騎士が無様に倒れているところを見られたくないという気持ちもあり、少女に助けを求めても的確な行動を取ってもらえることはないと判断したのか、その口調は横柄で、高飛車なものだった。
彼らは日頃、騎士として、市民には礼儀正しく接することを常としているが、今は緊急事態。荒々しい口調は致し方無いこと。
それを理解しているかどうかはわからないけれど、少女は怯えることも素直に立ち去ることもしない。少しだけ肩をすくめただけ。
それからすぐに、すんすんと鼻を鳴らし、ぽてぽてとまるでお使いの帰り道のようなしっかりした足取りで、路地裏に足を踏み入れた。
向かう先は、現在進行形で倒れている騎士の元。
慌てた騎士たちが、少女を止めようと瀕死の騎士の前に立ちふさがるが、少女はリスのように素早い動きですり抜け、最後はへたりと座り込んだ。
そこはちょうど瀕死の騎士の前。
「あら、この人深手を負ってますね。人間は身体から三分の一の血液を失うと死ぬと言いますが……そろそろ危険な状態ですね」
手にしていた籠を地面に置きながら、まるで他人事のように少女は言った。
もちろん初対面の少女にとって、これは他人事ではあるが、人が生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、その口調はいささか冷たいもの。
騎士たちは、侮辱されたと言わんばかりに顔を赤らめた。
「おいっ、娘、いい加減にしろっ」
怒りに任せて、一人の騎士が声を荒げる。
けれど少女は、それを右から左に聞き流して瀕死の騎士の顔を覗き込むと、小さく息をのんだ。
「こ……これは、ヤバいわ」
さっきまでとは別人のように、切羽詰まった声を上げた。
その声音は、今すぐにでも世界が滅んでしまいそうな程の悲痛なものだった。
「今すぐ助けないとっ」
そう言うが早いか、少女は瀕死の騎士の傷口に手を当てた。ぺちゃっと、血で濡れた騎士の服の上に躊躇いなく掌を置いたのだ。
もちろんこれも他の騎士が止める間もなかった。
「おい、ちょっと待てっ」
「待てません。この人には何が何でも生きてもらわないとっ」
少女は今にも泣き出さんばかりに口元を歪め、首を激しく左右に振った。
しつこいようだが、ついさっきまで人の死を他人事のように見つめていた人間とは到底思えない素振りであった。
はっきり言ってしまえば、瀕死の騎士の顔を見た時から、少女の態度は一変していた。
ちなみに瀕死の騎士は、かなりの美丈夫であった。街の女性と10人すれ違ったら、10人が振り返る程に。
「……お、おい」
あまりの豹変に騎士たちの方が怯んでしまう。
そんな彼らを一瞥した少女は、少しだけ口元を緩め、軽く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「オイデ オイデ ココニオイデ ツタエ ツタエ ワタシノモトニ イタミモ ツラサモ アワトナリ キラキラトカシテ ミセマショウ メザメルトキニハ ヤスラギヲ アナタニイヤシヲ アタエマショウ」
節をつけて紡ぐその言葉は、歌というよりも不思議な呪文のように聞こえた。
「……っ」
騎士たちは同時に息をのんだ。
風など吹いていないのに、少女の髪がふわりと揺れたのだ。
次いで目深にかぶっていたフードがはらりと落ち、夕陽に照らされた少女の横顔がはっきりと映る。
瀕死の騎士に視線をそそぐ少女の瞳は金色だった。
このウィリスタリア国では、色素の濃い瞳と髪が主流だ。
ブラウンローズの髪ですら珍しいというのに、金色の瞳など未だかつて見たことが無い。
それに何より少女はとても美しかった。まるで天使かと見紛う程に。
慈愛に満ちた金色の瞳。そして柔らかい弧を描く唇。
そして少女の手のひらから溢れる温かみのある金色の光。
それらを目にしながら3人の騎士たちは、同時にこう思った。
すえた匂いのする、空き瓶や古い張り紙があちらこちらに散らばる薄汚い路地裏でのこの光景は、奇怪なものというよりは、とても神聖なもののようだ、と
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