セレスティア魔法学園の訓練場は、7月の初夏の陽光に輝いていた。
青々とした芝生が風に揺れ、遠くで星光寮のステンドグラスが虹色にきらめく。
レクトは、汗に濡れた額を拭い、目の前の巨大なレモンを眺める。
直径2メートルのそれは、朝の訓練で彼が召喚したものだ。
在りし日学園を救った巨大レモンも、
最近は窮地で頼るだけの技になっている。
「また、でかくするしかできなかった……」
レクトは拳を握り、胸に苛立ちが広がる。
常日頃からアルフォンス校長に魔法を教えて貰ってあるレクトだが、
永遠の果樹園では窮地に立たされた時のフルーツ魔法は巨大化に頼るだけで未熟なまま。
それ以来フルーツ魔法は巨大化しか扱えなくなってしまい、レクトは永遠の果樹園に行く前よりも統計的に弱くなってしまっているのである。
サンダリオス家の冷たい視線、父パイオニアの「道具」扱い、そして食堂に混入された服従・無限・禁断の果実の恐怖が、レクトを焦らせる。
(一刻も早く強くならないと……父さんに立ち向かえない。)
「レクト、準備はいいかね?」
アルフォンス校長の穏やかな声が、訓練場に響く。
白髪を束ねた老魔術師は、記憶の鏡を手に、温かい目で少年を見つめる。
「君のフルーツ魔法は、可能性に満ちている。だが、窮地で巨大化に頼るのではなく、多様な応用を身につける必要がある。さあ、始めよう。」
レクトは頷き、背筋を伸ばす。
星光寮の仲間――ビータとカイザ――が訓練場の観覧席で見守る中、フルーツ魔法の修行が幕を開けた。
アルフォンスが杖を振ると、
訓練場の中央に光の魔法陣が浮かぶ。
無数の木箱が空中に現れ、それらはまるで壁を模した結界に変化する。
「最初の試練だ。果実の形状を変えて、この結界を破ってみなさい。」
アルフォンスの声は落ち着いているが、期待に満ちている。
レクトは深呼吸し、両手を広げる。
掌からオレンジ色の光が弾け、みかんが現れる。
だが、反射的に巨大化のイメージが浮かび、みかんはバスケットボール大に膨らむ。
「くっ、また!」
結界にぶつかり、みかんは衝撃で破裂し果汁を撒き散らし、訓練場に甘酸っぱい香りが広がる。
「焦らなくていい、レクト。」
アルフォンスが微笑む。
「巨大化は君の力の一部だ。だからこそ、形状を操る意識を持ちなさい。果実を、君の意志で形作るんだ。」・
レクトは目を閉じ、禁断の果実の感覚を思い出す。あの時、頭に浮かんだのは「創造」。
なら、みかんをただ大きくするのではなく、変えられるはずだ。
「もう一度!」
掌から新たなみかんが生まれ、意識を集中。
果皮を硬く、鋭く――まるで刃のように。みかんは変形し、星型の投擲武器に変わる。
「行け!」星型みかんが結界の箱を切り裂き、木片がオレンジの輝きに舞う。
びゅおおおお……
「素晴らしい!」アルフォンスが頷く。
「次は、果実の性質だ。」
魔法陣が変化し、訓練場に炎の柱が上がる。
アルフォンスの声が続く。
「熱に耐える果実を作りなさい。性質を変えるんだ。」
レクトは炎の熱さに息を詰まらせ、永遠の果樹園での瘴気暴走を思い出す。
あの時、フルーツ魔法は仲間を危険に晒しかけた。
「もう失敗しない……!」
掌を掲げ、グレープフルーツを召喚。
だが、炎に触れ、果皮が焦げる。
「ダメか……」
自己嫌悪が胸を刺すが、仲間を守りたい一心で集中する。
パイオニアの炎、ルナの影、ミラの鋼――立ち向かうには、もっと強い魔法が必要だ。
(グレープフルーツ、変われ!)
レクトは心の中でそう叫ぶ。
果汁を凍らせ、果皮を鋼のように硬く。
グレープフルーツは氷のように輝き、
炎の中で溶けずに浮かぶ。
「できた!」レクトが叫ぶと、アルフォンスが穏やかに言う。
「いいぞ。次は応用だ。果実を組み合わせてみなさい。」
レクトは両手を合わせ、氷のグレープフルーツと星型みかんを召喚。
レクトは最大限集中してそのまま魔法を使う。
二つの果実が融合し、
氷の刃を持つ果実の槍が現れる。
槍を振り、炎の柱を一掃すると、訓練場に冷気と果汁の霧が広がる。
カイザが「すげえ!」と叫び、
ビータが冷静に頷く。
「まだだ、レクト。もっとだ!」
アルフォンスの声に、レクトは新たな挑戦を決意する。
日は暮れて、夜の修行が続く。
星光寮の明かりが遠くに揺れ、魔法陣が月光に輝く。
アルフォンスの次の指示は「果実の連鎖」だ。
「複数の果実を同時に操り、連携攻撃を作りなさい。」
レクトは息を整え、リンゴ、ブドウ、バナナを連続召喚。
リンゴを爆発させ、ブドウを弾丸に、バナナを滑る罠に変える。
だが、集中が乱れ、ブドウが散らばる。
「くっ、難しい……!」
「いや、よく頑張ってるぞレクト。私の指示にすぐ答えられるのは凄いことだから自責するな。」
「は……はい!!」
夜、アルフォンスの校長室。
月光がステンドグラスの窓を青く染め、
机の記憶の鏡がかすかに光る。
アルフォンスは鏡を覗き、眉を寄せる。
「パイオニア……どこまで堕ちるつもりだ?」
鏡に映るのは、永遠の果樹園の深部。
「苦悩の梨」や「服従の果実」が蠢く中、
パイオニアが立つ。
炎の魔法をまとう彼の瞳は黒く濁り、自我が薄れていくようだ。
アルフォンスは先日にパイオニアを見た時、心が黒く染まっているのを肉眼で見た。
もしやパイオニアは呪われているのではないか、と危惧していたのだ。
記憶の鏡は永遠の果樹園に佇むパイオニアを映している。
パイオニアはひとりでその場で、
何かブツブツと言いながら徘徊していた。
「はぁ……」
アルフォンスは目を閉じる。
「なにかが彼を侵している……
あのままじゃやはり、自我を失いかねないな。」
息子であるレクトのフルーツ魔法が、唯一の希望かもしれない。
「だが、彼はまだ未熟だ……」
アルフォンスは鏡に手を置き、決意する。
「私がしっかりと鍛えさせねば。」
次話 10月18日更新!
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