Side黒
「演出の細かいところなんですが…」
資料を見ながら、スタッフさんの話に耳を傾ける。
今はレーベルのスタッフさんたちと、パフォーマンスの打ち合わせをしている。
事情も事情で、かなり白熱した議論になっている。
何が一番かっこいいのか、京本ができる範囲はどれくらいか。……をちょうど考えているところで、
「京本さん…?」
うかがうような声が向かいから聞こえてきて、資料から顔を上げる。
京本の隣に座るスタッフさんが、顔をのぞきこんでいる。
彼は胸を押さえてうつむいていた。
すぐに隣の慎太郎が立ち上がって、背中をさする。
「ちょっと休憩しましょうか」
と言ってくれた。でも、
「大丈夫、です」
京本が自ら制した。
「ダメだって大我、ちょっと水飲みな」
高地は水のペットボトルを差し出す。それを少しずつ口に含む。やっぱりむせるのが怖いんだろうな。
「…ダンスやめたほうがいいかな」
隣から樹が訊いてくる。眉をひそめて、心配そうだ。
「…京本なら何が何でもやりそうだけど」
確かに、と苦笑する。
でも一応聞いてみようかな、と椅子を立つ。俺のほうが意見を聞いてくれそうな、そんな気がして。
「京本」
俺が声を掛けると、意外そうに顔を上げる。
「やっぱさ、ダンスやめて歌だけに専念しない? そのほうが身体楽だと——」
「嫌だ」
あまりにも潔く遮られて、そうか、と妙に納得する。
「嫌?」
静かにうなずく。
「きちんと振りもあってこそ完成形でしょ。俺、できればフルでお願いしますって言ってあるから」
え、と声が漏れる。
「聞いてないよ? ってかできるの?」
いつの間にかほかのメンバーも集まってきた。
「フルでやるの?」
ジェシーも驚いて訊く。
それにスタッフさんが答えた。
「直接そう頼まれたんですよ。みんなは絶対やめたほうがいいって言ってくるから、そっちで進めてくれますかって」
「ええ…」
またもや苦笑が漏れる。さすがにこの人のプロフェッショナル精神の強さには感服せざるを得ない。
いやそこじゃなくて、心配だ。
「だから身体持つの? 倒れるとか嫌だよ」
泣きそうな顔で慎太郎が言った。
「そうだよ…倒れたら元も子もないでしょ」
続く樹は、もう顔をゆがめている。
「5分だけ、完璧にやってみせる」
俺らを見据えて言い放った。それが予想以上に力強くて、びっくりする。
「…わかった」
勢いに気おされるように、高地がそう返事をした。
京本の瞳には、絶対に成し遂げたいという強い意思の陰に、もう次はないんだというどこか儚い哀愁がちらついていた。
続く