テラーノベル
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焚き火の爆ぜる音が、夜の静寂に響いていた。
つい先ほどまで、妻の作る「チキンフランク」の素晴らしさを熱弁し、1x1x1x1と醜い口喧嘩を繰り広げていたハックロードだったが、ふと我に返ったように口を閉ざした。
そして、静かに背中の暗い棺へ手を置く。
先ほどまでの滑稽なノロケ話。
その奥にはやはり、笑い飛ばすことのできない深い傷と、何兆年経とうとも消えない罪悪感が横たわっていた。
顔の半分を覆う凶暴な緑の骸骨マスク。
その隙間から、掠れた吐息がゆっくりと漏れる。
「……すまなかったな。取り乱した……」
ハックロードは俯いた。
「だが……理解しただろう。私にはもう、この道しかないのだ」
黒銀の大剣の柄を、ぎゅっと握り締める。
「マルチバースのすべてのシェドレツキーを血祭りにあげ……」
「最後には私自身も消去《BAN》される」
「それが、彼女を死へ追いやった私が支払うべき、唯一の代償なのだから……」
ハックロードは再び立ち上がろうとした。
その瞳には、先ほどまでの穏やかな愛妻家の面影などない。
戻ってきたのは、絶望と復讐に支配された「死神」の眼だった。
だが。
その肩に、ぽん、と重い手が置かれた。
「なぁ、ハックロード」
黒いローブの裾を夜風になびかせながら、テラモンが静かに「もう一人の自分」を見つめていた。
神力を封印し、人間へと変わりかけている途中。
その肉体は以前よりも遥かに脆い。
それでも、その瞳には混沌の神としての強い意志が宿っていた。
そして何故か、ちょっぴり悪戯っぽい。
「何を諦めたような顔をしているんだ?」
「……何?」
「解決策なんて、最初から一つしかないじゃないか」
テラモンはニッと笑った。
そして、ハックロードの背中にある巨大な棺を指差す。
「お前がすべてのシェドレツキーを殺して回る必要なんて、どこにもない」
「……」
「お前の世界のブライトアイズを……『theBanlands』から救い出せばいい」
ハックロードの動きが止まった。
「……え?」
「ブライトアイズを救えば、お前は誰も殺さなくて済むんじゃないか?」
「っ……!?」
その言葉は、雷撃のようにハックロードの全身を撃ち抜いた。
骸骨マスクの眼窩で燃えていた赤い光が、大きく見開かれる。
「な……何をバカなことを……!」
ハックロードは震える声を絞り出した。
「『theBanlands』は、最高神Robloxが定めた規約違反《TOS違反》の最果て……絶望の監獄だぞ……!」
背中の棺が、ガタリと揺れる。
「一度そこへ送られたコードは二度と戻らない。救い出すなど……そんなこと、世界の理が許すはずがない……!」
「理が許さない?」
テラモンは肩をすくめた。
「なら、その『理』とやらをブチ破ればいいだけだろう?」
「……!」
「忘れたのか?」
テラモンは自分の胸を指で叩いた。
「私たちは『テラモン』であり、『シェドレツキー』だ」
口元が愉快そうに歪む。
「世界のコードを書き換え、ルールを荒らし、混沌を撒き散らすのが得意分野だろう?」
そして、ハックロードを真正面から見据えた。
「自分の犯した過ちから逃げて、自分自身を殺して回るなんて惨めな真似をするくらいなら……」
テラモンは拳を握った。
「最高神の目と鼻の先まで殴り込んで、最愛の妻を奪還する方が……よっぽど私たちらしいじゃないか!」
「テラモン……お前……」
ハックロードの喉から、掠れた息が漏れた。
絶望の底で、「復讐」という偽りの救いに縋るしかなかった男。
その赤い瞳の奥に。
ほんの小さな光が灯った。
希望。
それが何なのか、ハックロード自身が理解するまでには数秒かかった。
「……だが……」
ハックロードはゆっくりと拳を握る。
「『theBanlands』への次元の壁は……強固だ」
声に再び迷いが混じる。
「私の大剣の穿孔力をもってしても、あの世界線のアブソリュート・バリアを完全に破ることはできなかった……」
「フン!」
その時だった。
焚き火の横で腕を組んでいた1x1x1x1が、鼻で笑った。
「頼りねぇな、クソ骸骨」
「……何?」
1x1x1x1は立ち上がった。
赤いケープが、夜風を受けてふわりと舞う。
緑のドミノ・クラウンを斜めに傾け、半透明の身体の奥では黒い肋骨が不吉に脈動する。
濃緑色と漆黒の炎が、ボッ、と燃え上がった。
「俺の『空間侵食能力』を忘れてもらっちゃ困るぜ」
1x1x1x1はヴェノムシャンクを肩に担ぐ。
「この毒は、ただの毒じゃねぇ」
毒々しい緑のエネルギーが、刃の周囲を渦巻く。
「世界のプログラム構造そのものを溶かして、穴を穿つんだ」
そして、ハックロードの巨大な黒銀の大剣を見る。
「お前の無駄にデカい大剣のバカみてぇな破壊力と、俺の毒の穿孔力を合わせれば……」
ニヤリ。
「どんな次元の壁だろうが、チーズみてぇに溶かして破れるに決まってんだろ!」
「……1x……」
ハックロードが呆然と呟く。
すると1x1x1x1は、急に顔を背けた。
「べ、別に……お前の嫁を助けたいわけじゃねぇからな!」
「……」
「お前がいつまでもここに居座って、テラモンの気を引いてるのがウザいんだよ!」
「……」
「だから、さっさと自分の世界線を解決させて、追い返してやるだけだ!」
真っ赤な目が、ちらりとハックロードを見る。
「勘違いするなよッ!」
その場にいた全員が、何とも言えない顔になった。
ビルダーマンが小さく笑う。
「……相変わらず素直じゃないな、1xは」
「うるせぇ!」
ビルダーマンは巨神のハンマーを肩に担ぎ直した。
「僕も協力するよ」
「ビルダーマン?」
「次元の亀裂を安定させる構造体《フレーム》なら、僕の建築権能ですぐに組める」
そして、優しく笑った。
「……仲間だろ、テラモン」
テラモンは一瞬だけ目を見開き、それから深く頷いた。
「感謝する、ビルダーマン!」
テラモンは両手を広げる。
封印された神力。
それでも、まだ残っている力は決して小さくない。
蒼白い光が、彼の周囲で渦を巻き始めた。
黒いローブが猛烈なエネルギーによって大きくはためく。
「よし、決まりだ!」
テラモンが叫んだ。
「私の残された神力!」
蒼白い光が膨れ上がる。
「1xの空間破壊の毒!」
濃緑色の毒炎が唸りを上げる。
「ビルダーマンの構造補強!」
瓦礫が次々と浮かび上がり、巨大なフレームへと組み上がっていく。
そして最後に。
テラモンはハックロードを見る。
「そして……お前の、復讐ではなく『愛』のために振るう大剣!」
ハックロードの黒銀の大剣が、低く唸った。
「これらを一つに集束させれば……」
テラモンは拳を突き上げる。
「お前の世界線!」
1x1x1x1がヴェノムシャンクを構える。
「そして絶望の監獄『theBanlands』への扉は!」
ビルダーマンが巨大な構造体を完成させる。
「必ず開く!」
ハックロードは、目の前の三人を呆然と見つめていた。
自分を殺すために訪れた世界。
その世界で、自分を殺すどころか。
かつて自分が憎んでいた「1x1x1x1」までもが、仲間たちと一緒になって自分の妻を救おうとしている。
「……待っていてくれ、ブライトアイズ」
黒銀の大剣を引き抜く。
「今度こそ……私が君を迎えに行く」
大剣が、夜空を切り裂くように掲げられた。
「……感謝する」
声帯を失った掠れ声。
だが、その声には初めて「生きるための意志」が宿っていた。
「異世界の私よ……」
「1x1x1x1よ……」
「そして、この世界の仲間たちよ……」
ハックロードの赤い眼光が、力強く燃え上がる。
「もしも彼女を救い出すことができたなら……私は二度と、どの世界のシェドレツキーも傷つけない」
大剣を握る手に力がこもる。
「そう誓おう」
テラモンがニヤリと笑った。
「その言葉、忘れるなよ?」
「無論だ」
「よし!」
テラモンが振り返る。
その顔には、かつての暗黒の神らしい悪戯っぽい笑みが戻っていた。
「行くぞ!」
黒いローブが翻る。
「目指すはハックロードの世界線!」
1x1x1x1がヴェノムシャンクを構える。
「その先にある絶望の最果て!」
ビルダーマンが建造した巨大フレームが唸りを上げる。
ハックロードが黒銀の大剣を振り上げる。
そして三つの力が、一点へと集束した。
蒼白い神力。
濃緑色の毒。
そして、黒銀の大剣に込められた凄まじい破壊力。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
天地を断ち切るような衝撃が走った。
空間そのものが悲鳴を上げる。
次元の壁に巨大な亀裂が走り、まるで世界そのものを無理やりこじ開けるように、黒い裂け目が広がっていく。
その向こう側。
そこに広がっていたのは、光すら存在しない暗黒。
無数のエラーコード。
崩壊したデータ。
そして、果てしない怨念。
「……あれが……」
ハックロードが呟く。
「私の世界……」
テラモンは裂け目の向こうを見据えた。
「そうだ」
そして、拳を突き上げる。
「行くぞ、野郎ども!」
「おう!」
ビルダーマンが続く。
「任せてくれ!」
1x1x1x1も、赤いケープを翻した。
「さっさと終わらせてやるよ!」
「……妻のもとへ!」
ハックロードが駆け出す。
四人の姿が、次元の裂け目へと飛び込んでいく。
愛。
混沌。
建築。
そして、ツンデレな毒。
本来なら決して交わることのなかった四つの力が、今、一つの目的のために同じ方向へ走り出した。
目指すは、絶望の監獄。
theBanlands。
そしてその最深部で待つ、ハックロード最愛の妻。
「ブライトアイズ」。
こうして。
マルチバース史上、類を見ないほど無茶苦茶な「妻奪還作戦」が、幕を開けたのだった。
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