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夕焼けがコンビニのガラス窓を赤く染める。閉店作業を終えた俺、智司はレジ締めの数字を見つめたまま動けずにいた。
今日の売り上げは29,875円。時給1,000円のバイト代を計算しても月収15万にも満たない。そこから家賃6万、光熱費1万5千、最低限の食費──残るのはいつも数万円だけだった。
スマホが震える。LINEの通知音だ。
『佐竹さんからです→明日の20時までに残債450万円を全額返済してください。不可能な場合は……ご存知ですね』
指が震えた。高校時代のツケから始まった借金地獄。パチンコで雪ダルマ式に膨らんだ額面。そして今、債権者は佐竹という者に変わっていた。元々取り立ては「顔が怖いだけの中年親父」だったのに、半年前から冷徹な弁護士風の男・佐竹が現れるようになったのだ。
「智司くーん?まだ?」
店長の声が飛んでくる。時計は午後11時半を回っていた。
「すみません!すぐ上がります!」
慌てて制服を脱ぎながら頭の中で計算する。給料日前なのに明日が支払期限。無理だ。絶対に無理だ。
ボロアパートの鍵を開ける手が止まった。ドアの郵便受けに差し込まれていた封筒。中には白紙のA4用紙が一枚。
智司様へ
佐竹事務所より連絡させていただきます。
明日20時までに返済不能の場合、貴方には“特別プログラム”への参加資格が自動付与されます。
選択肢はありません。お待ちしています。
日時:明日19時
場所:豊洲第一倉庫裏口
持ち物:現金と覚悟のみ
白紙の裏側には走り書きがあった。
面談役 八木
P.S. 希望があると思えよ?
翌朝、コンビニバイト中も心臓が早鐘を打っていた。佐竹の冷たい目。八木という男の名刺──あの時交換したのは確かに「黒煙グループ 事業開発部 八木誠司」と書かれた黒いカードだった。噂に聞いたことがある。「黒煙」と言えば闇金融の大御所。まさか自分が関わることになるなんて……。
「智司くん、具合悪い?顔色悪いよ?」
レジに並ぶ主婦が不審そうに見ている。
「大丈夫です!すぐにお釣り出ますから!」
震える指で小銭を取り出す。その瞬間、視界の端に見覚えのある人物が映った。佐竹だ。スーツ姿の佐竹がコンビニ駐車場に車を停めると、携帯を片手に誰かと話し始めた。
「ああ、順調だ。例の商品……いや、『候補』が今夜来る」
商品?俺のことか?
「『特別プログラム』の準備は?」
特別プログラム──昨夜の封筒と同じ言葉だ。
俺は息を潜めた。佐竹が電話を切り振り向いた瞬間、冷たい視線が合う。だが彼はただ車に乗り込み去っていった。
午後6時50分。約束の時間まであと10分。豊洲の寂れた倉庫街に立ち尽くしている自分を客観的に見ると、滑稽だ。
なぜ逃げなかったのか?なぜこの場所に来たのか?恐怖と興味が混ざり合い、足が動かない。
裏口の鉄扉が軋んだ。黒いスーツの男が現れる。八木だ。鋭い眼光を放っていた。
「時間厳守だな」
低い声が響く。
「佐竹さんは忙しい。代わりに俺が説明する」
八木が金属製の箱を見せた。
「これが貴様の返済書類だ。額は450万円。そして……」
黒いファイルを開く。そこには『黒煙エンタテインメント主催 サイコロ・エッジ』と書かれた文書が挟まれていた。
「……命懸けのゲームに勝てば借金チャラ。負ければ……察しろ」
八木の薄気味悪い笑み。
「希望があると思えよ?少なくとも生き延びる選択肢は残ってるんだからな」
重い扉の向こうから聞こえる機械音。どこか遠くで何かが始まる予感がした。