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第71話:夜の安心点検
夜の集合住宅。
薄緑の壁に囲まれたリビングで、まひろ(10)は水色のパジャマ姿で宿題ノートを広げていた。短く切った前髪が少し寝癖で跳ね、鉛筆を握る小さな手が止まる。
母はベージュのパジャマにカーディガンを羽織り、壁に埋め込まれた「安心端末」の前に立った。画面は淡い緑色に光り、中央にカナルーンの入力欄が浮かんでいる。
母は声に出して入力する。
「トウロク → アンズイ」
ピッ、と音が鳴り、画面に「安心確認完了」と表示された。家の中に、淡いチャイムが響く。
「今日もこれで安心ね」
母は振り返り、やさしい笑みを浮かべた。
まひろは鉛筆を置き、首をかしげて聞いた。
「もし入力、忘れたらどうなるの?」
母は一瞬だけ目を伏せた。
彼女の黒髪は肩で揺れ、頬に落ちる影が淡く揺れる。
「……安心点検を忘れると、ネット軍の人が来て確認するの。けど大丈夫よ。忘れなければ“安心”でしょ?」
窓の外を見れば、団地のあちこちで同じように緑の光が点滅していた。
すべての家庭が、同じ時間に「夜の安心点検」をしているのだ。
団地の空には監視用の小型ドローンが浮かび、光の点滅と入力ログを照合していた。
まひろは窓辺に立ち、ノートを抱えたまま夜空を見上げる。
どこまでも規則正しく点滅する緑の光。
そして胸の中で、小さな声で呟いた。
「安心って、どこまで続くんだろう……」