第72話:安心の執刀(セリオ編)
大和医療総合研究病院。
灰色がかった髪を後ろで束ね、緑色のスクラブにドクターコートを羽織った セリオ・ハヤセ(52) が、手術室に立っていた。
胸元には「安心医療研究部」の緑バッジ。深い皺を刻んだ顔には疲れがにじむが、その瞳は驚くほど静かで強かった。
ライトに照らされ、彼の指は鋼のようにぶれない。
メスを握る手は若々しいほど確かで、助手の医師たちはただその動きを見守るしかなかった。
「……心拍安定。出血コントロール良好」
モニターに表示された安心マークが点灯し、機械音声が告げる。
大和国の手術は「数値の安心」を徹底管理する仕組みで、ネット軍の監視回線が常に映像を送信していた。
術後、患者の母親が泣きながら頭を下げた。
「先生……協賛ありがとう。本当に助かりました」
セリオは穏やかな笑みを返す。
「お大事にしてください。ここでは“安心”がすべてですから」
だが廊下に出ると、その笑みは消える。
研究棟へ向かう途中、壁一面のスクリーンには「安心医療フェア」の映像が流れていた。
笑顔の子どもたちが「協賛ありがとう!」と合唱し、セリオの開発した解析システムが“教育ツール”として使われている。
白衣のポケットで拳を握る。
雨国出身で、各国の戦地や被災地の診療所に立っていた頃を思い出す。あの時は「自由に動ける医師」だった。
だが雨国が無い今は、病院と研究所の間を行き来するだけ。入国の代償は「出口のない国」だった。
ガラス越しに研究棟を見上げ、彼はひとり呟く。
「執刀は自由だ。だが、俺の未来は縫い合わせられてしまったのかもしれない」
モニターの赤いランプが彼の声を拾い、静かに点滅した。
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