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第6話 テレビの街
朝の駅は、いつもより少しだけ遠く見えた。
同じ改札。
同じ床の反射。
同じように流れる通勤の足。
それなのに、今日のイオルには、改札の向こうに別の街がつながっているように思えた。
胸ポケットの端末には、芸能施設の入館証が表示されている。
薄い四角の光。
たったそれだけのものが、売場とそれ以外を静かに分けていた。
イオルは改札を抜け、ホームへ降りた。
窓に映る自分を見る。
人の体に、ウーパールーパーの頭。
丸くひらいた外鰓は、朝の湿り気を吸って少しやわらかく見える。大きな目は眠そうに見られやすい。口元は何も言わなくても少しだけ穏やかで、輪郭は人を押しのける強さより、見慣れやすさのほうへ寄っている。
灰色寄りの細い上着。
中はモカ色のやわらかいシャツ。
売場へ行く日と似ているが、今日は少しだけ布の落ち方が軽い。
鏡で何度も見た。
冴えない顔だと思った。
でも、その冴えなさごと持っていくしかない日でもあった。
電車が来る。
乗る。
座れないほどではない混み具合。
つり革を持つ手の先に、小さな震えがある。
喉の奥には、あの熱がもういた。
熱は静かだ。
静かなまま、何かを待っている。
芸能施設のある街は、商業区のさらに先にあった。
大きな駅を出て、連絡通路を三つ抜ける。
そのあいだに、街の輪郭が少しずつ変わる。
生活用品の店が減る。
通勤向けの小さな食堂が減る。
代わりに、撮影機材を運ぶカート、衣装ケースを引く人間、薄い台本を胸に抱えた若い顔、呼ばれて急ぐスタッフの靴音が増える。
看板も違った。
番組名。
制作会社名。
収録時間の表示。
それぞれの建物の前には、種別対応の案内がまとめてひとつに収められている。
湿度調整区画。
低温休憩区画。
羽毛用の整え室。
尾部保護用の通路幅。
聴覚過敏向けの静音待機室。
普通なら街のあちこちに散らばるはずの配慮が、ここでは建物ひとつの中へ最初から織り込まれていた。
種の違いが消えるわけではない。
でも、違いに引っかかるための段差が、最初から削られている。
その感じが、イオルには少し不思議だった。
施設の正面は、思っていたよりも静かだった。
大きいのに、威張っていない。
ガラス面は光を返しすぎず、壁面はやわらかな灰色と茶色でまとめられている。入口の上には番組名ではなく、建物名だけが控えめに浮いていた。人の出入りは多いのに、慌ただしい音が外へこぼれすぎない。
入館端末に手をかざす。
表示が変わる。
扉が開く。
その一歩目で、空気が変わった。
駅前の街には湿り気や乾きの偏りがあった。
店ごとに温度差もあった。
ここは違う。
どの種が通っても最初の一息で拒まれないように、ぎりぎりのところで均されている。湿りすぎず、乾きすぎず、冷えすぎず、こもりすぎない。
誰にとっても完璧ではない。
でも、誰かひとりだけが外へ押し出される感じがない。
そのことが、イオルには少しだけ救いだった。
#クトゥルフ神話TRPG
53
受付には三人いた。
ダックスフンド頭の男。
メダカ頭の女。
そして、鳥頭の細い輪郭の若い男。
服装も声色も違うのに、案内の手つきだけは同じだった。
素早く、でも急かさない。
入館証の確認。
今日のフロア。
待機室。
収録の変更有無。
それぞれが、種よりも仕事の流れに沿って動いている。
受付のメダカ頭の女が端末を見て言った。
「イオルさん、今日は三階のA待機です」
「はい」
「朝の生活枠のあと、見学許可も出てます」
「見学」
「希望されてたので」
「……ありがとうございます」
「迷ったら、壁の色で見てください」
女はやわらかく笑った。
「水色の線が本線、緑が待機、黄緑が静音経路です」
「わかりました」
種別の案内ではなく、色の流れで人間を動かす。
その簡単さが、妙に気持ちよかった。
三階へ上がるエレベーターの中で、イオルは自分ひとりだけが落ち着かないのだと思った。
だが、扉が開いた先の廊下には、違う種の緊張がいくつも立っていた。
狐頭の女が壁際で台本を握っている。
ダックスフンド頭の若い男が、低い位置の鏡で襟元を直している。
ウーパールーパー頭の別の男が、端末を見つめながら呼吸を整えている。
鳥頭の細い輪郭の女が、静音室の手前で目を閉じている。
ここでは、種の違いより先に、これから見られる人間の顔が並ぶ。
その並びの中へ、自分も入っている。
それが、少しだけ変だった。
A待機室は広く、天井が高かった。
壁沿いに椅子。
中央に低い机。
端に飲み物。
鏡は多いのに、誰もそこに長く立ちすぎない。
視線が交わる。
外れる。
会釈だけする。
その淡さが心地よかった。
売場の休憩室なら、同じ種かどうか、何の売場か、いつからいるか、そういうことが最初に空気へ混ざる。
ここでは、いま何の枠で呼ばれているかのほうが先に漂っている。
イオルは端の席に座った。
台本を開く。
今日の自分の部分は短い。
生活小物の紹介。
一言。
使い心地。
笑顔。
それだけ。
それなのに、待機室の空気がその短さを信じていない感じがした。
隣に、誰かが腰を下ろす。
見れば、前に別室で一度会った狐頭の女だった。
頬の線が細く、目尻の上がり方が静かにきれいだ。今日は淡い茶色の長い上着ではなく、短めの灰色寄りの上着に、モカ色のやわらかい服を合わせている。前より少しだけ軽い印象。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日、初出演だって聞きました」
「そうみたいです」
「そうみたい」
「まだ自分でも、少し」
「わかってない顔してる」
「それ、よく言われます」
「いいことだと思います」
彼女は紙コップの水をひとくち飲んだ。
「ここ、変ですよね」
「施設ですか」
「うん」
視線を待機室全体へ流す。
「外だと、同じ種の人がどこにいるかとか、誰が目立つかとか、すぐ気になるのに」
「はい」
「ここだと、一回それが薄くなる」
イオルはうなずいた。
自分もそれを感じていた。
「たぶん、みんな見られる側に半分寄ってるからだと思う」
狐頭の女が言う。
「種の違いはあるのに、先に画面に残るかどうかで並ぶ感じ」
「残るかどうか」
「変な言い方だけど」
変な言い方ではなかった。
むしろ、いちばん近かった。
ここでは、ウーパールーパーであることより、メダカであることより、ダックスフンドであることより、画面の中にどんな形で残るかのほうが先に問われている。
種の違いが消えたのではない。
でも、一時的に薄くなる。
薄くなったぶんだけ、別のものが濃くなる。
スタッフが名前を呼ぶ。
狐頭の女が立ち上がる。
「いってきます」
「はい」
「初出演、たぶん楽しいですよ」
「そんな顔してません」
「顔じゃなくて」
「何ですか」
「たまに、喉の先が笑ってる」
彼女はそれだけ残して出ていった。
喉の先が笑ってる。
そんな言い方を初めてされた。
イオルは台本へ目を落とす。
文字は変わらない。
でも、自分の中では、待機室へ入る前とあとで、紙の重さが少し変わっていた。
スタッフが見学許可証を持ってくる。
「収録前に、少しだけ歩けます」
「歩く」
「施設、初めてですよね」
「はい」
「迷う前に見たほうが楽です」
案内役は鳥頭の若い男だった。
細い首元に入館証を下げ、濃い茶色のシャツをきっちりと着ている。嘴は短めで、目元の印象はやわらかい。歩幅が一定で、後ろの人間を置いていかない。
廊下へ出る。
三階は待機と小さな収録。
四階はメイク。
五階は大きなスタジオ。
地下は機材と静音室。
そう説明されながら歩くのに、説明より先に、建物の癖が目へ入る。
通路の幅がところどころ変わる。
鏡の高さが複数ある。
壁際のベンチが種ごとではなく、姿勢の取りやすさごとに形を変えている。
乾燥用の整え室のすぐ隣に、湿度が少し高い休憩室がある。
尾部の長い者向けの通路が、撮影機材の搬入口と自然につながっている。
誰かのための配慮が、誰かを特別扱いする形ではなく、最初から街の一部みたいに置かれていた。
「ここ、外とちがいますね」
思わず言うと、鳥頭の案内役は少しだけ笑った。
「よく言われます」
「種の違いが、あまり」
「薄いですか」
「はい」
「それは、建物の勝ちですね」
「勝ち」
「引っかからないよう作ってあるので」
軽い言い方だった。
でも、その言葉はすとんと落ちた。
建物の勝ち。
そうかもしれない。
売場のように、乾きや湿りや高さで自然に棲み分かれる場所ではない。
ここは、最初から違いが仕事の邪魔になりすぎないよう作られている。
そのぶん、人間の中身が前へ出る。
五階の大きなスタジオ前を通った時、扉が半分開いていた。
中に見えたのは、別の番組の収録らしい。
笑い声。
高い照明。
司会らしき大きな身振り。
その脇を、種の違う出演者たちが自然に行き交っている。
誰かの外鰓。
誰かの尾。
誰かの羽。
誰かの短い脚。
違いはちゃんと見える。
見えるのに、そこだけを見ている空気がない。
イオルは扉の脇で少し足を止めた。
「見ますか」
案内役が聞く。
「いいんですか」
「少しだけなら」
中をのぞく。
収録中の一角では、ウーパールーパー頭の女が立っていた。
肩までの髪を軽くまとめ、灰色寄りの細い服を着ている。輪郭はやわらかいのに、笑った瞬間だけ、きらりと視線が集まる。その隣では、ダックスフンド頭の男が低い位置からテンポよく言葉を返している。反対側では、鳥頭の女が短いコメントを入れ、そのたび場が少し締まる。
種は違う。
出方も違う。
でも、画面の中での役割が先に見える。
その並びが妙に綺麗だった。
扉が閉まる。
廊下へ戻る。
イオルは自分の胸の内側に、小さな静けさが増えているのを感じた。
ここでは、同種が多いことも、平凡な輪郭も、少しだけ重さを失う。
失っているのではなく、後ろへ下がる。
その代わり、別の問いが前へ出る。
何を残すか。
どんなふうに立つか。
どこへ届くか。
待機室へ戻る途中、メイク前の小さなラウンジを通った。
そこには、リクヤがいた。
同じウーパールーパー頭。
やわらかな茶色の上着。
短めに整えた外鰓。
体の線は軽く、壁際の低いソファへ半分だけ腰掛けている。隣には、鳥頭の細い輪郭の女がいて、端末を見ながら何か確認している。
リクヤがイオルに気づき、手を上げた。
「見学してた?」
「少し」
「どう?」
「変です」
「いい変さ?」
「たぶん」
リクヤは笑う。
「外より楽でしょ」
「少し」
「ここ、種のこと忘れやすいから」
「忘れる」
「正確には、後ろへ下がる」
それは、さっき自分が感じたことと同じだった。
リクヤはソファの背へ肩を預ける。
「同種が多い少ないって、外だとすぐ比較になるけど」
「はい」
「ここだと、比較の軸が変わる」
「何に」
「残り方」
また、その言葉。
イオルは少し笑った。
「みんな同じこと言いますね」
「みんなそれで見てるからだよ」
鳥頭の女が端末から顔を上げずに言う。
「建物が違いを薄くして、画面が残り方を濃くする」
「……」
「だから、外より残酷かも」
残酷。
その言葉に、イオルの喉の奥が少しだけ熱を持つ。
リクヤは肩をすくめた。
「でも、薄まるものもある」
「何がですか」
「同じ種だからこう、みたいな決めつけ」
「……」
「ここの中では、ウーパーだから親しみやすいとか、ダックスだからテンポがいいとか、そういう雑な見方が少しだけ効かなくなる」
「その代わり、本人が出る」
鳥頭の女が言う。
「出るか、役が出るか、喉が出るか」
「全部混ざる時もあるけど」
リクヤが続ける。
イオルは返事をしなかった。
全部混ざる。
それは、まだ自分には遠い言葉に聞こえた。
待機室へ戻ると、空気は少し入れ替わっていた。
さっきいたダックスフンド頭の若い男はいない。
代わりに、肩幅の広い狐頭の男が台本を伏せて目を閉じている。ウーパールーパー頭の若い女が、椅子の背に片手をかけて立ちながら、低い声で自分の台詞を反復している。メダカ頭の細い輪郭の男が、机の上の紙コップを二つ並べて片方だけをじっと見ていた。
どの種もいる。
どの種も、それぞれに自分の前へ出るものを整えている。
イオルは席へ戻り、台本を開いた。
さっきまでの紙と違って見える。
短い台詞の向こうに、画面の街がある。
朝の部屋。
棚。
司会の笑顔。
視線の集まり。
でも、それだけではない。
この建物自体が、小さな街みたいだった。
違いを持ったまま働ける街。
違いを一回薄めて、別のものを前へ出す街。
テレビの街。
その言葉がふと浮かび、少しだけ胸の中で残った。
名前を呼ばれる。
収録前の確認。
イオルは立ち上がる。
廊下へ出ると、向こうからメイクを終えた司会のメダカ頭の女が歩いてきた。
近くで見ると、画面より少し疲れが見える。けれど、その疲れごと整えてしまう空気がある。髪も服もやりすぎていないのに、照明の中へ入る準備が終わった顔だ。
「慣れました?」
「まだです」
「いいことです」
「いいんですか」
「慣れすぎると、最初のきれいな緊張が消えるので」
「きれい」
「初出演の人だけにあるやつ」
彼女は歩みを止めず、イオルの横を通りながら言った。
「ここ、変でしょ」
「変です」
「でも、その変さに助けられることも多い」
振り返ると、彼女はもう別の扉へ入っていた。
きれいな緊張。
建物の勝ち。
残り方。
今日だけで、いくつもの言葉が増える。
イオルは自分の喉に触れそうになって、やめた。
触らなくても、そこに熱があるのはもうわかっている。
スタジオへ向かう途中、小さな渡り廊下を通った。
ガラス張りの向こうに、別の棟が見える。
衣装棟。
音声棟。
編集棟。
見上げると、それぞれが空中の細い通路でつながっていた。
街だ、と思った。
店でも会社でもなく。
ひとつの街。
働く場所でありながら、画面の中の時間に合わせて呼吸している街。
その中では、種の違いがなくなるわけではない。
でも、一時的に、同じ速さの人間として並ぶ。
それが、少しうれしくて、少し怖かった。
スタジオ前の待機で、イオルはもう一度だけガラスに映る自分を見た。
同じ顔。
同じ輪郭。
同じウーパールーパー。
それでも、今日はその奥に、さっき建物の中で薄まったものと濃くなったものが、ちゃんと分かれている気がした。
同種の多さ。
平凡さ。
冴えない感じ。
それらは完全には消えない。
けれど、この街の中では、少しだけ後ろへ下がる。
代わりに前へ出るのは、喉の熱。
立った時の残り方。
誰かの朝へ小物を渡す時の、わずかなきらめき。
「イオルさん」
呼ばれる。
進行の若いメダカ頭の男だった。
「位置確認、いきます」
「はい」
歩き出す。
その一歩が、売場へ向かう足とは少し違う。
ここはテレビの街だ。
そしていま、自分はその街の中で、種ではなく出演者として呼ばれている。
その事実が、喉の奥の熱を静かに細くした。
位置確認は短かった。
棚。
小物。
床の印。
司会の立ち位置。
カメラの寄り。
やること自体は売場に似ている。
物を持ち、角度を整え、人へ見せる。
なのに、ここではその一つ一つが、画面の奥へ残るかどうかに繋がっている。
鳥頭の女が少し離れた場所から見ている。
リクヤは別枠の確認を終え、スタジオ端で台本を閉じている。
ダックスフンド頭の司会が軽く肩を回し、メダカ頭の司会が飲み物をひとくちだけ口にする。
種も役も違う。
でも、照明が上がる前の静けさだけは、みんな同じようにまとっていた。
イオルはその静けさの中で、不思議と息がしやすいことに気づいた。
外では、同じ種が多いだけで、自分の輪郭が少し薄くなる。
売場では、生活感のある顔だと言われる。
ここでは、その輪郭がいったん薄まり、別の軸へ並び直される。
それが、自分を軽くしていた。
収録の本番前、ほんのわずかな待ち時間ができた。
スタジオ脇の小さな休憩用の腰掛けに、イオルはひとり座る。
すると、隣に誰かが静かに腰を下ろした。
見れば、あの狐頭の女だった。
朝、待機室で話した人。
「もう本番?」
「たぶん」
「その返事、まだ使ってるんだ」
「便利なので」
「ほんとに便利」
彼女は笑った。
今日は先ほどより少しだけ表情がほどけている。灰色寄りの上着の肩が、照明の下ではやわらかく見えた。
「わたし、さっき短い再現終わった」
「どうでした」
「種のこと忘れてた」
「忘れる」
「うん。ここにいると、たまに」
彼女は天井を見上げる。
「自分が狐だとか、向こうがメダカだとか、そういうのが一回後ろに行く」
「わかります」
「代わりに、声が届くかとか、顔が残るかとか、そういうのばっかり前に来る」
「それ、ちょっと怖いですね」
「怖い」
彼女は素直にうなずいた。
「でも、外で同じ種と比べてるより、少しだけ自由」
自由。
その言葉は、イオルの胸に静かに落ちた。
外では、ウーパールーパーが多い。
多いから埋もれる。
多いから親しみやすいと言われる。
多いから、同じ種なのに、と比較される。
ここでは、ウーパールーパーであることはちゃんと見えるまま、そこだけで決まらない。
自由。
たしかに、その感じがある。
進行の声が飛ぶ。
「本番、三分前です」
狐頭の女は立ち上がる。
「いってらっしゃい」
「そちらも」
「もう終わった」
「じゃあ、お疲れさまでした」
「初出演、たぶん忘れないよ」
彼女はそう言って去っていった。
忘れない。
その言葉を追う前に、スタジオの空気が変わる。
本番の直前の薄い膜。
スタッフの動きが少しだけ早くなる。
司会の笑顔が整う。
照明の熱が上がる。
イオルは立ち上がり、床の印へ向かった。
その途中で、ふと思う。
もし、この施設がただの建物だったら。
もし、種の違いがそのまま引っかかる場所だったら。
たぶん、自分はこんなにまっすぐ立てなかった。
この街の中だから、自分の輪郭が一時的に別の並びへ移される。
そのおかげで、喉の熱も、立ち姿も、少しだけ前へ出られる。
テレビの街。
その名前のない名前を、イオルは心の中で静かに呼んだ。
本番の直前。
カメラが動く。
司会の二人が笑う。
スタジオのすべてが、画面の朝へ変わっていく。
イオルは床の印の上で、ほんの少しだけ肩を落とした。
ここでは、自分がウーパールーパーであることも、冴えない顔であることも、消えてはいない。
でも、いまだけは、その上に別のものが乗る。
出演者であること。
残るかどうかで見られること。
そして、誰かの朝へ届くこと。
その感じが、売場よりも少しだけ自由で、売場よりもずっと残酷で、なぜか少しだけやさしかった。