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「な、なんだ!? 誰だお前!」
背後から久世の襟元を掴んで、力任せに引っ張られたのだろうか。ちょうど柚の視線の先にあった電柱に勢いよく彼が鈍い音を響かせ激突した。
その久世の反動でふらついた柚を、抱き止めるようにして。
「うるっさい男だな」
つばの深いキャップにサングラス姿の男性が、怒りに満ちたよう、低い声を響かせる。
(……え、なんで)
優陽がここにいるのだろうか。
店に来た優陽に、ここまで送ってもらったことならあるが直接柚のアパートの前まで来たことなどない。
予想もしなかった登場に、先ほどからの恐怖よりも驚きが勝る。
「なんの権利があってお前如きが人のもんに触ってんの?」
ポンっと柚を軽く押して、アパートのプロック塀に寄せたあと、優陽は久世の目の前に向かう。
「ひ、人のもんって……こいつは俺の……っ!!」
「はあ? なに? 死にたい? それ以上言ったら殺すけど」
いつもとなんら変わらない飄々とした言葉を投げかけながら、その手は自分の背丈よりもほんの少し小柄なだけの久世の首をギリギリと締め付ける。
力の差というよりも、久世の劣勢はこんな状況の場数がないからではないだろうか。
では?
優陽は?
人を痛めつけるその手に躊躇を感じ取れない。
「ま、待ってください、ゆ……」
名前を呼びかけて、柚は慌てて口をつぐんだ。
森優陽の名前は、軽率に口にするには有名すぎる。久世が認知しているかどうかは別として、どこで誰が聞いているかもわからない。
「どうしたの、柚。ちょっと待ってね」
やはりいつもとなんら変わらない口調で優陽は柚に言ってから「で?」と、久世に再び声を向ける。
「死ぬ? ここからすぐに離れる? 選ばせてやるけど」
片手で大の男の首を掴み電柱に押さえつけたまま優陽は久世に答えを求めた。
「だ、ダメです、やめてください!」
何をしてるんだこの人は!? このままではいけない、ただそれだけの思いで柚はやっと声をあげた。
「そ、そんな状態じゃ答えられないし……な、なにより騒ぎになります、困りますよね!?」
優陽さんが! と、最後のひと言を声にできないけれど、含ませたつもりだ。
ふぅ、と息を吐いた優陽が久世から手を離す。
「柚が困るって。よかったね」
伝わってなかったようだ。
その場に崩れ落ちた久世は荷物を手にし、逃げるようにしてその場を去った。
いまだ状況を把握しきれない柚に対し「ね、とりあえず車乗ってくれない?」と、優陽は口元に笑みを作っていた。目元はサングラスに隠されていて見えないけれど、きっと見慣れてしまった胡散臭い笑顔が隠れている気がした。