テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
二人の家を包む夜の帳は、広場の喧騒を遠ざけ、二人だけの静謐な時間を守る結界のようだった。
「さあ、冷めないうちに食べろ。……お前の好きなものばかり作ったつもりだ」
滉斗が椅子を引くと、元貴は感嘆の声を上げた。
卓上には、唐の豊かな香辛料を使った煮込み料理と、日本の繊細な出汁が香る菜の花の和え物。かつて王邸で出されていた豪華絢爛なフルコースよりも、滉斗が不器用な手で皮を剥き、火加減を気にした料理の方が、元貴には何倍も輝いて見えた。
「すごいよ、ひろぱ……。これ、全部一人で?」
「ああ。街の連中に邪魔されたくなかったからな」
まだ少しだけ拗ねたような口調で言いながら、滉斗は元貴の杯に果実酒を注ぐ。
元貴が一口食べ、「美味しい」と顔を綻ばせるたび、滉斗の胸の内にあった嫉妬の火は、穏やかな充足感へと溶けていった。
食事が一段落した頃、滉斗は意を決したように懐から小さな包みを取り出した。
「……これ。本当はもっと、王に相応しいものがあれば良かったんだが」
差し出されたのは、革紐で編まれた簡素な腕輪だった。しかし、その中央には、かつての王都の庭園に咲いていたのと同じ、深い赤色をした椿の彫刻が施された木珠が埋め込まれている。
「これ、もしかして……あの庭の木から?」
「ああ。瓦礫の中から、折れずに残っていた枝を見つけたんだ。お前の術で咲かせていた、あの椿の木だ」
滉斗が一つ一つ、夜を徹して削り出したのだという。かつては人を傷つけるために使われていたその指先が、今は一人の男の笑顔を守るための、繊細な芸術を紡ぎ出していた。
元貴はその腕輪を胸に抱きしめ、視界が熱くなるのを感じた。
地位も権力も失い、ただの「元貴」として生きる今の自分に、滉斗はかつての思い出と、これからの時間を繋ぐ絆をくれたのだ。
「……付けて、ひろぱ」
元貴が細い手首を差し出すと、滉斗は慎重な手つきでそれを結んだ。
白く細い手首に、武骨な指が触れる。その対比さえもが、二人が歩んできた険しくも愛おしい歳月を物語っていた。
「元貴。来年も、その次も……お前の誕生日は、俺が隣にいる」
滉斗が元貴の額に優しく唇を落とすと、元貴は悪戯っぽく、けれど確かな熱を込めて、滉斗の首に腕を回した。
「約束だよ。……来年は、嫉妬して街まで迎えに来るの、もっと早くてもいいからね?」
「……うるさい。それはもう忘げろ」
照れ隠しに灯りを消した滉斗だったが、暗闇の中でも二人の手首にある翡翠と椿は、互いの体温を分かち合うように静かに輝き続けていた。
新しい国で迎えた最初の誕生日は、世界で一番贅沢で、一番静かな幸福に包まれて更けていった。
コメント
2件
リクエスト書いてくださりありがとうございます!