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それから一週間程度過ぎた頃の放課後。
あのわら半紙の一件から、なんとなく嫌な日々になっていた。
天宮さんと顔を合わせるとあの一文が浮かんできた。
K(僕): 「今日も終わった。 帰ろうかな?」
小石さん: 「K、ちょっといい?」
1学期と2学期の女子副会長の小石さんから話しかけられた。
小石さんは天宮さんとは同じ吹奏楽部で、小学校の時に同じクラスであったので、天宮さんと仲が良かったようだ。
小石さん: 「いろいろさっちゃんの秘密知っちゃったし、Kの好きな人、教えなよ。」
唐突に言ってきた。
最初は聞き間違えかと思った。
小石さん: 「だから誰が好きなの?」
やっぱり僕の好きな人を訊いてきた。
K(僕): 「何で好きな人を言わなければならないの? それに秘密なんて知らないし・・・。」
小石さんと話したことは同じクラスメートなので多少あったが、プライベートを話する仲ではなかったので、「なんでお前なんかに」と正直思っていた。
小石さん: 「教えなよ。 不公平だよ。」
現在の俺: (そもそもなんで僕の好きな人なんて聞き出そうとするんだか、分からなかった。 小石さんも天宮さん同様、中学2年で初めて同じクラスになったわけで、特別親しいわけでもなかったわけだし…。 それに小石さんは同じクラスの男の子と付き合っていて、その二人で学級副会長をやっていたから、僕が誰を好きかなんて興味があるわけないし…)
僕はむっとしながら視線を外した。
小石さん: 「さっちゃんのこと、好きでしょ? 」
思わず僕は小石さんの顔を見直した。
思わず「えっ」って言いそうだって、小石さんの顔をみた。
現在の俺: (ここであの頃の僕が天宮さんのことを好きだって初めて指摘された。 天宮さんの「秘密」って言っていたから、わら半紙の内容かと思われたが、仮に「僕」のことを気になってくれたのかもしれないけど、わら半紙を返したあの時の態度からそれはないと思っていた。 天宮さんの秘密は僕以外の他の人を天宮さんが好きだってことかもしれないけど、実名をあげていたわけでもないし、「秘密」っていう秘密でもないと思っていた。)
俺の予想では…
ある日の吹奏楽の練習中、学園祭も終わり、部活も一息ついていた頃、
さっちゃん: 「小石さん、ちょっといい? 困ったことがあるの。」
小石さん: 「そうそう、私も困ったことがあるの。」
さっちゃん: 「私の方は…、言いづらいから後でいいよ。」
小石さん: 「ほんと? あのね、さっちゃんと同じ班になりたいんだけど、Kが2学期もとっちゃうからなれないんだよね。
3学期こそは一緒の班になりたいんだ。 修学旅行の班にもなるしね。 ところでKと同じクラスになったことないし、どういう人?」
さっちゃん: 「どうって言われても・・・、普通の男子じゃないかな? でもね、真面目で…、ちょっと優しい面もあるかな?」
現在の俺: 【すみません、次の展開のことも考えて、そういうことにしてください…】
小石さん: 「なになに、優しい面って。」
さっちゃん: 「この前、教科書見せてくれたし…。 そうそう、夏休みに班のみんなで古墳を見ていったときに、行き止まりでみんな階段脇に自転車を押しながら上って行ったんだけど、私だけできなくてね…」
小石さん: 「まさかKが上げてくれたの?」
さっちゃん: 「うん。 『いい』って言ったのに、やってくれたんだ。」
小石さん: 「Kはそんなことするんだ。 それもさっちゃんにだけ?」
さっちゃん: 「だって里見ちゃんは自分でできていたし、私だけだったから。」
小石さん: 「だからといってなんとも思っていない男子が、それも「いい」って言われているのにそんな事する?」
さっちゃん: 「可哀想だと思ったんじゃない?」
小石さん: 「いや、やっぱりね…。 これは怪しい。」
さっちゃん: 「やっぱり?」
小石さん: 「いいのいいの。 それでさっちゃんの方は?」
さっちゃん: 「ちょっと言いづらいんだけど、里見さんと授業中に書いていたわら半紙を落として、そのKに見られちゃったみたい。 次の日にKから渡されちゃった。」
小石さん: 「なんて書いてあったの?」
さっちゃん: 「Kと最近目が合うとか、Kのこと、二人で書いちゃった…。 Kのことはまーくんって偽名にしたから大丈夫だと思うけど。」
小石さん: 「まさかKのこと…好きなの?」
さっちゃん: 「まさか…、 違うよ。」
天宮さんは慌てて強く否定した。
小石さん: 「本当に?」
さっちゃん: 「うん。 でも…、目が合うのは事実かも…」
小石さん: 「なるほど… やっぱり目が合うんだ。」
さっちゃん: 「え、どうして?」
小石さん: 「Kって、さっちゃんの方ばっか、見ていない? 最近そう感じるんだよね。」
さっちゃん: 「そんなことあるわけないよぉ。」
小石さん: 「だって、目が合うんでしょ。 Kが見ていなきゃ、目も合わないでしょ。」
さっちゃん: 「うーん…、たしかに…。 でもたまたまじゃないの?」
小石さん: 「これはきっとKはさっちゃんのこと、好きだね。」
さっちゃん: 「えー、それはないんじゃない…。」
小石さん: 「あるって。 さっちゃんだって、よく目が合うって感じているんでしょ。」
さっちゃん: 「そうなのかな・・・。」
小石さん: 「これは絶対Kはさっちゃんのこと、好きだ。 間違いない。 だから同じ班に2回もさっちゃんを獲るんだ。
なるほど…。」
さっちゃん: 「ちょ、ちょっと…、勝手に話作らないでよ。」
小石さん: 「あー、さてはさっちゃんも、もしかして…。 Kのこと、好きなの?」
さっちゃん: 「やめてよ、そんなんじゃないから。」
天宮さんはもう一度、否定した。
小石さん: 「本当に?」
さっちゃん: 「……」
小石さん: 「あれ?」
さっちゃん: 「正直に言うとね、気にならないって言ったら嘘になるけど、好きかどうかって言われると…」
小石さんはニヤッとした。
小石さん: 「さっちゃんもそれなりに気にはなっているんだ、Kのこと。 きっと好きの始まりだよ。 私たちみたいに付き合っちゃいなよ。」
さっちゃん: 「え? そうなのかなあ? そもそもK自身が私のことなんか、好きかどうか分からないじゃんない?」
小石さん: 「ううん、絶対好きだって。 訊いてきてあげる。」
さっちゃん: 「ま、待って。 私自身が本当にKのこと、まだ好きかどうか分からないんだから。」
小石さん: 「まあ、Kの気持ちを訊くだけ訊いてみるから。 さっちゃんのことは言わないから安心して。」
さっちゃん: 「変なこと、言わないでよ…」
現在の俺: 「さしづめ、そんな感じじゃないのかな?」
いきなり言われた。
図星のことを直球で言われると、とぼけることもできすタジタジとなった。
K(僕): 「な、なんのこと?」
平静を装ってみたが、自分の顔が火照るのを感じた。
小石さんはそれを察知してか、畳み掛けるように話してきた。
小石さん: 「さっちゃんのこと好きかって訊いているの。」
K(僕): 「なんで?」
僕の心臓は激しく鼓動していた。
小石さん: 「早く教えなよ。 教えないともうさっちゃんと話できなくなるよ。」
K(僕): 「どういうこと?」
小石さん: 「好きじゃないなら三学期、さっちゃんはうちの班にもらうから。」
K(僕): 「え・・・、それは別に・・・いいけど…。」
僕は嫌な事言われて顔に出たかもしれなかった。
小石さん: 「本当に、本当にいいの? 本当にさっちゃん、もらうよ。」
K(僕): 「それは・・・」
小石さん: 「ナイショにしてあげるからさ、教えて。 お願い。」
かなり自信げにいってきた。
K(僕): 「どうしようっか?」
現在の俺: 「お前の思った通りにしたほうがいい。」
K(僕): 「わら半紙の文面から、万が一、里見だったとして、先に里見が天宮さんに相談した場合、今後絶対天宮さんが遠慮して僕に振り向いてくれる可能性は絶対ないでしょ。 それに、あの意味不明な一文から天宮さんが他の誰かを好きだっていうことも否定できない今、先にその事実を確実に知ってしまうと、今後もし天宮さんに告白するチャンスがあったとしても、僕はもう天宮さんに告白することはできなくなっちゃうし、天宮さんがほかの誰かとつき合ってしまったらそれこそ僕の気持ちは封印しなきゃいけないと思うんだ。」
現在の俺: 「でしょうね。」
K(僕): 「それならチャンスがあるとしたら今かもしれない。 一か八か、天宮さんのこと、好きだから、言おうと思う。」
現在の俺: (告白を含めて言わないって選択肢もあったと思うけど、あのときはもう天宮さんのことが好きで自分の気持ちを抑えられなかったと思う。)
小石さん: 「協力してあげるから、教えてよ。 絶対に他の人には内緒にするから。」
僕は大きく深呼吸した。
K(僕): 「・・・うん。天宮さんのこと・・・好き・・・かな・・・。」
そう言って小石さんの顔をちらっと見た。
小石さん: 「やっぱりね。 そうだと思った。」
小石さんは真剣な顔から、笑顔に変わった。
K(僕): 「え?」
小石さん: 「何とかうまくするから。 またね。」
そのまま小石さんはどこかに行ってしまった。
K(僕): 「言っちゃった。 天宮さんにも内緒にしてくれるかな・・・。 なんで僕の好きな人なんか、訊いてきたんだろう?」
小石さんは、吹奏楽の練習前に…
小石さん: 「ねえねえ、さっちゃん。 いいこと教えてあげる。」
小石さんはにやにやしながら天宮さんに近づいてきた。
さっちゃん: 「え、何?」
小石さん: 「何だと思う?」
さっちゃん: 「そんなの分からないよ。 なあに?」
小石さん: 「ついに…、すごいことが…」
さっちゃん: 「だからなあに?」
小石さん: 「Kのこと。」
さっちゃん: 「え? もう訊いてきたの?」
天宮さんはびっくりした。
小石さん: 「じゃじゃーん、やっぱりさっちゃんのこと、好きだって。 訊いちゃった。 モテるねえ。
」
さっちゃん: 「うそぉ。」
小石さん: 「ほらね、思ったとおりでしょ。 班員選びで同じ人を2回連続で、それも最初に獲るなんて、好きじゃないとしないでしょ。」
さっちゃん: 「里見ちゃんだって、一学期も二学期も一緒だよ。 そんなことないんじゃない?」
小石さん: 「2回とも1番先に獲ったのが、さっちゃんなんだから。 あいつも意外とやるね。 これで全て疑問は解けた。」
さっちゃん: 「本当かな・・・?」
小石さん: 「好きだってK本人が言っていたんだもん。 これ以上の確かなことってないよ。 どうする?」
さっちゃん: 「えー…。 本当に? どうしよう。」
小石さん: 「OKする?」
さっちゃん: 「どうしよう…」
小石さん: 「タイプじゃない?」
さっちゃん: 「そんなこともないけど。 突然のことで…。」
小石さん: 「もう見つめあってるんでしょ。」
さっちゃん: 「違うよ、目が合うだけだよ。 ・・・・。 どうしよう・・・・」
小石さん: 「じゃあ、今日一日ゆっくり考えな。」
さっちゃん: 「うん・・・・」
天宮さんは帰宅してからも考えていた。
天宮さんは机に向かってぼそっと独り言を言った。
さっちゃん: 「本当にKは私のこと好きなのかな? たしかに自転車のときもすぐに助けに来てくれたけど…」
さっちゃんのママ: 「どうしたの? 随分悩んでいるみたいだけど…」
さっちゃん: 「なんでもないよ。」
さっちゃんのママ: 「恋の悩みとか?」
さっちゃん: 「何でもないってば。 勉強するからお母さん、あっち行ってよ。」
さっちゃんのママ: 「はいはい。」
天宮さんのママは部屋を出て行った。
さっちゃん: 「そうねぇ、最近よく目が合うけど・・・。 どうしよう・・・」
次の日の放課後の吹奏楽部活の練習の休憩中で。
小石さん: 「考えた?」
さっちゃん: 「うーん。 好きか嫌いかって言ったら嫌いじゃないけど・・。 小石さんが言うからなんだか意識しちゃうよ。」
小石さん: 「えー、私のせい? Kがさっちゃんのこと、見てるからでしょ。」
さっちゃん: 「そうなのかなぁ・・」
小石さん: 「そこまで気になるなら、つきあっちゃいなよ。」
さっちゃん: 「でも…。」
小石さん: 「じゃあ、やめる?」
さっちゃん: 「どうしよう…」
小石さん: 「嫌いじゃないんでしょ。 いいじゃん、つきあっちゃいなよ。」
さっちゃん: 「……」
小石さん: 「あいつはさっちゃんのこと、好きだからさー。 あ、そうだ。 家庭科のプリンをKにあげてみたら。」
さっちゃん: 「そんなこと、恥ずかしくてできないよ。」
小石さん: 「私に考えがあるんだ。 彼氏から聞いたんだけど、今男子は技術の授業でちりとりを作っているんだって。 そのちりとりをもらう代わりにプリンを渡すことにすればいいんじゃない? そうすればさっちゃん発信じゃなくなるから。 もともと、Kがさっちゃんのこと好きなんだから、大丈夫、私に任せて。」
さっちゃん: 「なんか楽しんでない?」
小石さん: 「そんなことないよ。 さっちゃんとKの二人のために協力しようっているんだから。」
さっちゃん: 「どうしよう・・・」
小石さん: 「Kは悪い奴じゃないと思うけどね。」
さっちゃん: 「そうじゃなくて・・・」
小石さん: 「やめとく? でも嫌いじゃなければ試しに付き合ってみてから考えれば。」
さっちゃん: 「うーん・・・。」
小石さん: 「じゃあ、Kのちりとりもらってくるね。」
さっちゃん: 「待って。 もうちょっとよく考えたほうが…」
小石さん: 「さっちゃんはいくら考えてもずっと『どうしよう』って言って決まらないから。 それより早くしないとここ数日でちりとりできちゃうよ。 そうなると、きっかけがなくなっちゃう。」
さっちゃん: 「うーん・・・。 ・・・・。 じゃあ、そうしようかな…」
小石さん: 「そうでしょ。」
小石さんに僕の気持ちはばれたものの、天宮さん本人も含めてクラスのみんなも別によそよそしいとか、ひそひそ話されるとかはなかった。
K(僕): 「(やっぱり天宮さんにも、みんなにも黙っていてくれてるんだ・・・。 でもあれはなんだったんだろう?)」
天宮さんに無視されることもなかったし、いつも通りだった。
現在の俺: (まあ、いつも照れてる感じで恥ずかしがり屋さんだし、天宮さんからも話してくるタイプでもなかったので意識していても「僕」がその変化に感じづらかったのかもしれない。)
学園祭の前から男子は技術の教科で、ちりとりを作っていた。
僕は体育、美術に加えて、技術も苦手であった。
それでも中学生が作るのだから、鉄板を折り曲げて、ハンダでとってをくっつけただけの平凡なちりとりができた。
その日の放課後、帰りの仕度をしていると、そこに1週間ぶりに、小石さんがやってきた。
小石さん: 「ちりとり作ったでしょ。」
K(僕): 「あ、これ?」
机の下にしまったあった銀のちりとりを取り出した。
小石さん: 「そのちりとり、ちょうだい。」
K(僕): 「なんで?」
小石さん: 「さっちゃんに渡すから。」
K(僕): 「天宮さんに?」
僕はすぐには状況がつかめなかった。
小石さん: 「もらっていくよ。」
K(僕): 「なんで? それにあまり上手くできなかったし…。」
小石さん: 「いいの、いいの。 早く渡して。」
そう急かされ、右手に持っていたちりとりを半ば奪っていった。
暫くして、天宮さんが僕の方にむかってきた。
右手には僕の拙いちりとりを持っていた。
さっちゃん: 「ありがとう。」
小声で天宮さんはいつものように恥ずかしそうにやや上目遣いで言った。
K(僕): 「う、うん…」
やっぱり状況がつかめない上に、大好きな天宮さんが僕の前にいて、僕のちりとりを天宮さんがもっていることにどう反応していいか分からなかった。
その後、天宮さんは小石さんと一緒に廊下へ出ていった。
K(僕): 「そもそもあんなちりとり、もらってどうするんだろう?」
僕は結局丸一日、というか理解するのにしばらく時間を要した。
2年3組の前の廊下では
小石さん: 「これで作戦成功だね。 後はさっちゃんがプリンをあげれば、カップル成立だ。」
さっちゃん: 「カップルって…」
小石さん: 「手作りプリンを渡せば、絶対Kから告白してくるよ。 さっちゃん、心の準備していてよ。」
さっちゃん: 「告白…? なんかきょとんとしていなかった? 本当に大丈夫なのかな?」
小石さん: 「大丈夫だって。 きっと照れてるんだよ。」
数日が過ぎた頃、家庭科室では・・・。
さっちゃん: 「プリンできたけど・・・、本当に渡すの?」
小石さん: 「また言っている。 決めたんじゃないの?」
さっちゃん: 「そうだけど…。 もらってくれるかな?」
小石さん: 「大丈夫、Kは絶対さっちゃんのこと、好きだから。 あげるために作ったんでしょ。 まずくても食べてくれるよ。」
さっちゃん: 「それ、ひどくない? 一生懸命作ったんだから。」
天宮さんはちょっとふくれてみた。
小石さん: 「ほら、Kのところに行くよ。」
放課後に教室でまた小石さんに呼ばれた。
小石さん: 「帰らずにちょっと待ってて。」
K(僕): 「今度はなに?」
小石さん: 「もうちょっと待って。 すぐ来ると思うから。」
K(僕): 「誰が?」
そうすると天宮さんが小走りでやってきた。
K(僕): (天宮さん・・・)
またもや状況がつかめずにいた。
天宮さんは何か袋をもっていた。
K(僕): (天宮さんがいる・・・)
小石さん: 「ほら、さっちゃん。」
小石さんに背中を押されて天宮さんが近づいてきた。
さっちゃん: 「家庭科で作ったプリンだけど…。」
K(僕): 「プリン?」
さっちゃん: 「食べてくれる?」
K(僕): 「(なんで僕にプリンをくれるんだろう?)」
この期に及んでも僕はそう思った。
だけど今こうして天宮さんがプリンの入った袋を手渡そうとしていた。
天宮さんが作ってくれたものを食べないなんていう選択肢はあるわけない。
K(僕): 「僕に? ありがとう。」
ドキドキはしたけど、意外にも普通にもらった。
さっちゃん: 「帰ったら食べてね。 でもあまり期待しないでね。」
またうつむき加減で、天宮さんは小走りで教室から出て行った。
幸いにも誰にもばれずにもらうことができた。
当然帰りの自転車では、天宮さんからもらったことに対して、うれしさのあまり、にやけて帰った。
それも天宮さんから手作りのプリン、それを食べられることに最高の幸せを感じた。
K(僕): 「ただいま。」
帰ってくるなり、台所からスプーンを取り出し、自分の部屋に入った。
机の上で、もらった包装紙に包まれた袋から、プリンを取り出した。
小さなカップに入っていた、一口サイズのプリンだったけど、上にクリームが乗っていた。
食べようとすると、手紙が入っていた。
さっちゃん:の手紙: 家庭科で作りました。 お口に合わなかったら、ごめんなさい。 天宮
わら半紙の件から見慣れてきた天宮さんの字でそう書いてあった。
隣の席でノートに書いている、優しい丁寧な、女の子らしい字でだった。
初めてもらう手紙だった。
でも不安も少しあった。
K(僕): 「天宮さんからのプリン、うれしいけど、大丈夫かな・・・。 普段はプリンはあまり食べないし、食べても市販のプリンくらいで、本格的なプリンは食べれないんだよな。」
現在の俺: 「食べないなら俺が食べようか?」
K(僕): 「だめ、天宮さんからもらったんだから。 でも未来の僕が食べたなら、食べれるんだ。」
ドキドキしたまま、スプーンを持って、一口、プリンをすくった。
当時の僕はプリンはあまり好きではなく、食べてもプッチンプリンだけだった。
K(僕): 「いつものプリンじゃないけど、天宮さんからもらったプリンは特に美味しいなあ。」
現在の俺: 「そりゃそうだろ。 たとえ家庭科で残ったプリンだとしても、天宮さんからもらえばね。」
一口、また一口、ゆっくり少しずつ「堪能」して食べた。
母: 「あら、プッチンプリン以外は食べれないのに珍しいね。 どうしたの?」
ニヤニヤしていた。
流石、母親だけあってどういうプリンかは察知したようだった。
K(僕): 「もらったんだ。」
妹: 「誰に?」
K(僕): 「クラスの女の子…。 誰だっていいじゃん。」
妹: 「お兄ちゃんにあげるなんて、変わった人ね。」
K(僕): 「あのなぁ。」
妹: 「夏休みに来た人の中にいる?」
K(僕): 「えっ? なんで。」
妹: 「やっぱり。 わかりやすいね。」
K(僕): 「いない。」
妹: 「いる。」
母: 「どっち?」
K(僕): 「だからいない。」
母: 「天宮さん・・・って言ったっけ?」
K(僕): 「え?」
母: 「嘘つけないね。」
K(僕): 「・・・。 食べるから、出でってよ。」
母: 「はいはい。」
そのまま部屋から出ていった。
僕の西側の窓から夕日が差し込んでいて、ちょうどプリンがライトアップされていた。
K(僕): 「なんで僕にくれたんだろう?」
現在の俺: 「いよいよ、いい感じになってきたねえ。」
K(僕): 「余ったからくれたのかな…」
残りのプリンをまた食べ始めた。
現在の俺: (当時の僕はたまたまもらったような感覚だったなあ。)
K(僕): 「それにしてもおいしいんだけど。」
僕がプッチンプリン以外が食べれることに驚いた。
現在の俺: 「手紙ももらっているし、返事書かないと。」
K(僕): 「えーっ…。 何を書いていいか、緊張するなあ。」
現在の俺: 「でも書きたいでしょ。」
K(僕): 「書かないと、失礼になるような気がするけど、どう書いていいのか・・・。」
そう思いながらも、何とか書いた。
K(僕)の手紙文:大変美味しくいただきました。 こんなにおいしいプリンは初めてでした。
現在の俺: 「普通の文じゃない?」
K(僕): 「そうはいっても変なこと書いたら嫌われちゃうよ。」
いろいろ血液型や星座で調べすぎているから、勝手に思い込んでいた。
K(僕): 「やっぱり恥ずかしいし、どうやって渡したらいいの?」
現在の俺: 「早く名前書いて、封しな。」
K(僕): 「名前?」
現在の俺: 「天宮さんだって書いてあったでしょ。」
K(僕): 「そうだけど…」
TV: 「次のニュースです。10月7日から大阪府、兵庫県、京都府、愛知県のスーパーやコンビニから発見された青酸入り菓子は合計13個になりました。「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」と書かれた紙が貼ってあったようです。」
たまたまつけてあったテレビからニュースが流れてきた。
今年3月ごろから発生したこの事件は、10月になると関西中心にお菓子の中に青酸ソーダが混入される事件となっていた。
K(僕): 「あ、名前は怪人21面相でいいや。」
今思うと、少し不謹慎であったが、この当時の僕はそう書いた。
現在の俺: 「恥ずかしくて、自分の名前が書けないから・・・」
そのまま封をして、眠りについた。
次の日。
朝から僕はいつも通り天宮さんのことを意識していたけど、天宮さんはいたって普通のように見えた。
ただ僕に対する態度はいつもとは何となく違う感じがした。
授業が始まると二人とも隣の席に座っているので距離的に避けられることはなかったが、それでもその雰囲気に僕は躊躇わされた。
そのまま天宮さんに返事の手紙も渡せず、4校時が終わって給食となった。
いつも通り、班全員で向かい合い、僕は天宮さんと机を合わせた。
初めて天宮さんが僕を見てほほ笑んだ。
僕も照れながらも安心して、微笑み返した。
今までの不安はなくなり、僕たちは給食を食べた。
給食が終わると、5時間目が始まった。
K(僕): (この5校時に渡すしかない。)
天宮さんを見ると、前を見て先生の書いた黒板の文字をノートに写していた。
いつもの光景ではあったが、少し見惚れていると、天宮さんは僕の視線を感じたのか、僕の方を見た。
K(僕): 「あっ・・・・」
反射的に視線を外そうとしたが、今日の僕は我慢して天宮さんを見続けた。
K(僕): 「昨日はありがとう。」
誰にもばれないように、小さな声で言って、手紙を天宮さんの机の上に素早く滑り込ませた。
天宮さんは僕の手紙の封を外し、机の下に持っていき、そのまま手紙を読み始めた。
そのまま下を向きながら微笑んで、なにかメモ用紙のようなものに書き始めた。
K(僕): 「?」
今度は天宮さんの方から僕の机に向かってその紙を滑り込ました。
僕も机の下にそれを持っていき、広げて読んだ。
さっちゃん:の手紙文: お褒めの言葉、ありがとう。 怪人21面相さんって、優しいところもあるんですね。
天宮さんを見ると、ニコって照れながらも笑っていた。
K(僕): 「なんか幸せ…」
現在の俺: 「これでよく授業になっていたなあ。」
幸いにも後ろの班員にも、横の班のメンバーにも見られず、二人だけの秘密のやり取りになった。