【半年後・中国・厦門】
アモイの田園地帯に広がる畑の縁で、百合は汗と土にまみれていた 太陽が容赦なく照りつける中、彼女の手はスコップを握り、黙々と土を掘り返していた
鳥の声が響き、遠くのリゾート地、アモイの潮風がほのかに塩の匂いを運んでくる
「リーファン!」
畑仕事をしている百合の後ろからハオのトラックのエンジン音が響いた、埃っぽい道をトラックが揺れながら近づき、百合の動きが一瞬止まる、すっと立ち上がって百合は被っている麦わら帽子のツバを上げた
「お前にお客さんだよ」
少し腰が曲がったハオのトラックから一人のジャケットを着た中堅の男性が降りて来た
その男は小太りで、いかめしい顔を百合に向けた、陽光の下で男の額に汗が光り、彼の視線は百合を値踏みするようにじっと注がれた
「杉山百合さん・・・ここではリーファンさんと呼ばれているそうですね」
百合は怪訝そうな顔で静かに頷いた、軍手を外して手に持ったスコップを地面に置いた
男は警察手帳を百合に見せた、その手帳の警察紋章が、日本にいた時の遠い記憶を呼び起こす
「申し遅れました、私は日本の「大阪府警の殺人科」後藤田と申します・・・いやはや・・・ここまで来るのに大変な思いをしましたよ、こんな辺境にも人が住んでるんですねぇ」
後藤田警部は情けなさそうにハンカチで額の汗を拭った、彼の声には軽さがあったが、目は百合の些細な仕草も見逃さない鋭さを持っていた、百合は無言で彼を見つめて、やがて言った
「お茶を出しましょう・・・遠い所ご足労様です・・・」
百合は家の縁側で後藤田にお茶を淹れた、古びた木造の家は潮風に晒されてかすかに軋む、 縁側に置かれた急須から立ち上る湯気が、アモイの湿った空気に溶けていく
「いやぁ~!美味い!コーヒーよりも香しくてマイルドだ!」
後藤田の声が弾んだが百合は無表情のままだった、彼女の指は茶碗を握る手に力が入り、微かな緊張が走る
「水タバコは?警部?」
「いえ・・・私はタバコはやらないんです」
「では失礼して」
百合は警部の横で水タバコを吸った、甘い煙が彼女の周りを漂い、まるで過去の記憶を覆い隠すかのようだった、後藤田は彼女の落ち着いた動作を観察し、内心で次の質問を組み立てていた
「お父様はどちらにおられるんですか?何でも中国で有名な陶芸家だとお伺いしましたが」
百合の目が一瞬曇った 彼女は煙を吐き出し、遠くの海を眺める
「父はふもとの病院で入院しています、肺を患っていましてね 、もう長くはありません」
声に滲む哀しみが、ほんの一瞬、彼女の仮面を揺らす、後藤田は同情するふりで首を振ったが、彼の目は冷たく計算高かった
「それはお気の毒に・・・日本からこちらにいらして長いのですか?こんな辺鄙な所で寂しくはありませんか?」
百合の唇が微かに歪んだ、彼女は水タバコのマウスピースを手に握り、言葉を選ぶように間を置いた
「私は夫と離婚してほとほと人間が嫌になってしまいました、特に男性が・・・」
百合の声は静かだったが、その底に潜む憎しみが空気を重くする、 後藤田は膝を軽く叩き、話を核心に近づけた
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