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ルシンダ・ランカスターは豪華な食堂で朝食の席につきながら、黙々とパンを頬張っていた。
ふわふわの柔らかなパンを、小さく愛らしい口でよく噛んで味わい、しっかり味付けされたスープをひと匙すくって、こくりと飲み下す。
同じテーブルには、朝から綺麗に着飾った両親もそろい、燻製のよい香りがするベーコンを優雅に口へと運んでいた。
一見、理想的な貴族一家の朝食風景にも思えるが、残念ながらそれは見る目のない者の見方だ。
なぜなら、ルシンダが「おはようございます」と朝の挨拶をしても、両親は何の返事もしなかったし、今日はルシンダの十歳の誕生日で、両親もそのことを知っているのに、祝いの言葉一つ贈ることはなかった。
(やっぱり私、歓迎されてないみたい……。でも、孤児院から引き取ってもらえただけ、ありがたいと思わなきゃダメだよね)
ルシンダは元々、孤児だった。
四歳の頃に両親を流行病で亡くし、それから孤児院で暮らしていたところ、数週間前にランカスター伯爵家の遣いだという人が現れて、この屋敷に養子として迎え入れられたのだ。
孤児院から貴族の家にもらわれるなんて、滅多にない幸運だ。
空腹でひもじい思いをすることもないし、夜の隙間風に震えて寝られないなんてこともない。毎日美味しい食事が出されて、温かくて柔らかなベッドで眠ることができる。それだけで十分すぎるくらいだ。
(でも……。やっぱり、少しくらい家族みたいな会話ができたらいいな)
義理とはいえ、せっかく新しい両親ができたのだ。誕生日を祝う言葉がなかったのは、もしかしたらうっかり忘れていたり、タイミングを逃してしまっただけかもしれない。
ルシンダは少しだけ期待に胸をふくらませながら、おずおずと話しかけてみた。
「あの……実は今日、私の誕生日なんです」
そう一言伝えると、それまでカチャカチャと鳴っていたカトラリーの音がぴたりと止んで、無表情の義両親がルシンダを見つめた。
「なぁに? プレゼントでもねだろうというのかしら?」
伯爵夫人が冷たい声音で問いかける。
「あ、いえ、そういうことでは……」
期待とは違った反応に焦っていると、伯爵が不快そうに眉根を寄せる。
「ルシンダ、私たちは仕方なくお前を引き取ったんだ。あまり家族らしいことは期待しないでくれ」
伯爵の非情な言葉を聞いた瞬間、ルシンダは頭を思い切り殴られたような衝撃に襲われ、ぐらりと身体が傾いた。
『──瑠美、あんたは仕方なく産んだのだから、私たちに親らしいことは期待しないでちょうだい』
薄れゆく意識の中で、どこか聞き覚えのある女の人の声が響いた。
◇◇◇
ルシンダが目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。
どうやら気絶して倒れた後、ここまで運んで寝かせてくれたらしい。
と言っても、ルシンダが完全に意識を失うまでの間に「嫌だわ、倒れて気を引こうとでもしてるのかしら」だとか「また病弱なのは困る」などという夫妻の声が聞こえたので、実際に運んでくれたのは使用人の誰かだろう。
でも、今はそんなことはどうでもよかった。
気を失っている間に見た、断片的だけれど、やけに現実感のある夢。
ここではない別の世界で、別の人間として生き、そして死んだ夢。
いや、夢ではない。あれは、本当にあったことなのだ。
「……前世の記憶、なのかな?」
そう声に出した瞬間、体全体にもう一人の自分が溶け込むような感覚がして、ルシンダは全てを思い出した。
「私、やっぱりあの時、死んじゃったんだ……」
前世では、桜井瑠美という名前だった。両親と兄と自分の四人家族で、両親からは愛された記憶がないが、十歳年上の兄はとても可愛がってくれ、瑠美も兄が大好きだった。
しかし、十五歳のある日、兄と二人で出掛けた先で交通事故に遭い、以降の記憶がない。おそらく、その時の事故で命を落としたのだろう。
「……これって、もしかして、あの有名な異世界転生ってやつなのかな?」
ふと窓の外に目をやると、庭師が風魔法で小さな風を起こして落ち葉を集めているのが見えた。
そう、前世とは違い、この世界には魔法が存在する。
(そういえば、大きくなったら魔法使いになりたいなんて思ってたっけ)
前世の瑠美の夢を思い出し、ルシンダがくすりと笑う。
瑠美は小さい頃からお伽話やファンタジー小説が好きだった。
小学校高学年くらいになるとテレビゲームに熱中し、特に王道RPGやオープンワールドのゲームをやり込んだものだ。
(『ドラゴンファンタジー』とか『ヴェルダの伝説』とか、かなりハマってたなぁ……。あぁ、思い出したらゲームがやりたくなっちゃった。でも、こっちの世界じゃゲームなんてないからなぁ……)
懐かしくも残念な気持ちに、ひとり打ちひしがれるルシンダだったが、ふと気づいてしまった。
(待って。この世界でなら、頑張れば本当に魔法使いになれるんじゃ?)
そう、ここはいわゆる剣と魔法の世界。
たしか「魔術師」という職業もあったような気がする。
(もし魔術師になれたら、この家を出て、RPGみたいな旅がしたいな)
幸運にも孤児院から伯爵家に引き取ってもらえたが、歓迎されていないのは明らかだ。
それに、さっきは食事と寝床に困らなければ十分だと思ったけれど、せっかく転生して第二の人生を生きることができるのだ。
ただ死なないように生きるのではなく、好きなように生きてみたい。
それこそ前世の分まで。
「よーし、魔術師目指してがんばるぞ〜!」
ルシンダは、もはや朝食での嫌な出来事などすっかり忘れ、新たに立てた目標に胸を躍らせるのだった。