テラーノベル
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セレスティア魔法学園の寮、ヴェルの部屋。
夕暮れのオレンジ色の光が、カーテンの隙間から柔らかく差し込んでいた。
机の上には、開封されたポテトチップスの袋、チョコレートの包み紙、グミの空き袋が散乱し、
四人分のトランプが扇状に広げられている。
ヴェル、カイザ、ビータ、ミラの四人は、床に座り込んでババ抜き大会の真っ最中だった。
「はいっ! ビータの番!」
ヴェルがにこにこしながらカードを差し出す。
ビータは自信満々に指を一本選び、
「これだろ!」と引いた瞬間、顔が青ざめた。
「……ババじゃん……」
「うわははははは!! またビータがババ引いたー!!」
カイザが腹を抱えて笑い転げる。
ミラは無表情のまま、でも口元がわずかに上がっている。
カイザは冷静にカードを整理しながら、
「ビータ、今日すでに三回連続ババだね。運が悪すぎる」
「うるさい……! これは運じゃなくて、ヴェルのイカサマだろ!」
ビータがテーブルをバンッと叩くと、
グミがぴょんと跳ねてヴェルの頭に落ちた。
ヴェルはそれを拾って口に放り込み、
「イカサマじゃないよー。私の震度2魔法はカードには効かないもん」
「じゃあ次は俺が勝つ、 見てろよ!」
ビータが気合いを入れ直し、
今度はビータの番。
カイザは無言でカードを一枚引き、
「……ババ」
「うわっ! カイザまで!?」
部屋が一瞬にして爆笑に包まれる。
ミラが珍しく小さく「ふふっ」と笑い、
ヴェルは涙を拭いながら、
「やばい、腹筋痛い……ビータの顔が最高すぎる……」
そんな中、ヴェルはふと窓の外を見た。
夕陽が沈みかけ、学園の尖塔が赤く染まっている。
今日は——
レクトの誕生日。
レクトが家族みんなでパーティをする日。
(今頃、きっとルナさんと一緒に笑ってるんだろうな……
みんなでテーブル囲んで、ケーキ食べて、乾杯して……)
ヴェルは胸の奥が温かくなるのを感じた。
友達であって家族ではないから、
そのパーティに自分たちは呼ばれていない。
でも、それでいい。
遠くから、ただ、レクトの幸せを願うだけでいい。
「ヴェル? どうした? ぼーっとして」
ビータに声をかけられ、ヴェルははっと我に返る。
「ううん、なんでもない! 次、次!
今度こそビータからババを抜いてやるんだから!」
「舐めんなよ、今度こそ勝つ!」
再びカードがシャッフルされ、
四人の笑い声が部屋に響く。
ババ抜きはどんどん白熱し、
ビータがまたババを引いて絶叫し、
ヴェルが勝利のダンスを踊り、
ミラが静かに「次は私が勝つ」と宣言し、
カイザが「確率的にそろそろビータの運が底を打つはず」とらしくないように冷静に分析する。
そんな楽しい時間が、
どれだけ続いただろう。
突然、部屋のドアがノックされた。
コンコン。
四人が同時に動きを止める。
「誰だろ? この時間に」
ヴェルが立ち上がり、ドアを開けると——
そこに立っていたのは、フロウナだった。
白衣のポケットに手を突っ込み、
いつもより表情が硬い。
「ヴェル、カイザ、ビータ、ミラ。
今すぐサンダリオス家に向かう。
緊急だ」
四人の顔から笑顔が消えた。
「……どういうことですか?」
ヴェルが震える声で尋ねる。
フロウナは、深く息を吐いた。
サンダリオス家の広間は、
さっきまでの賑やかなパーティの残骸が残ったまま、
凍りついたような空気に包まれていた。
テーブルはひっくり返り、
グラスの破片が床に散らばり、
ローストチキンやケーキが無残に転がっている。
中央に、
家族が取り囲むようにして座り込んでいる。
その中心に——
レクトが、横たわっていた。
体はもう、ほとんど動かない。
息は浅く、途切れ途切れ。
皮膚は、ところどころが果物の皮のように薄く透け、
白と緑のカビが、まるで熟しすぎた果実の表面のように、
ふわふわと広がっている。
ヴェルは、部屋に入った瞬間、
足が止まった。
「……うそ……」
声にならない声。
昨日まで、元気いっぱいに笑っていた。
学園の廊下で「ヴェル! またチョコバナナ作ろうね!」と手を振ってくれた。
そんなレクトが、
今、こんな姿で。
「なんで……予兆もなく……!?」
ヴェルが膝から崩れ落ちる。
涙がぽろぽろと落ちる。
フロウナが、ゆっくりと口を開いた。
「いや……思い返せば、予兆はあったんだ」
先生は、自分の鼻を軽く押さえながら、
苦しげに続けた。
「私の果物アレルギー。
最初はただの気のせいだと思っていた。
でも、日に日に……
レクト君の近くにいるだけで、症状が強くなっていった。
くしゃみ、目のかゆみ、喉の腫れ……
まるで、彼そのものが、果実の塊になっているかのように」
先生は拳を握りしめた。
「なぜ、もっと早く気づけなかったのか……
私のせいだ」
その時
カイザが、震える声で叫んだ。
「そんな……じゃあ、どうすればいいんですか!?
このままじゃ、レクトが……!」
フロウナは、目を閉じて深呼吸した。
「今は、とにかく……
彼を果物じゃなくて、人間に戻すことだ。
このままカビが増殖し続ければ、
本当に手遅れになってしまう」
アルフォンス校長が、杖を握りしめながら呟く。
「しかし彼の体は……
最初から果物だったのかもしれない
フルーツ魔法と称していたが、それらも違う。
魔法じゃない
果物だから出来た技なのかもしれない。
だとしたら人間に戻すというよりは、「人間にさせる」 方法を探すことになるから、
とても至難の業ではあるが……。 」
ヴェルは、倒れたままのレクトに這うように近づき、
震える手でその頰に触れた。
まだ、わずかに温かい。
「……レクト……
起きてよ……
お願い……」
カビの生えた頰に、ヴェルの涙が落ちる。
サンダリオス家の広間は、もはやパーティの残骸ではなく、
死の匂いが漂う病室と化していた。
暖炉の火は弱々しく揺れ、
倒れたテーブル、散乱したグラスの破片、
踏みつぶされたケーキのクリームが、
床に不気味な模様を描いている。
その中央で、
レクトは動かなくなっていた。
息は浅く、途切れ途切れ。
胸がわずかに上下するたび、
白と緑のカビが、まるで生き物のように蠢く。
皮膚は薄く透け、
内側から果実の果肉のような赤みが透けて見える。
髪の根元には細かな菌糸が絡みつき、
黄緑の髪が、まるで熟れすぎたバナナの房のように変色し始めていた。
ヴェルは、床に膝をついたまま、
震える手でレクトの頰に触れる。
まだ、ほんのわずかに温かい。
でも、その温かさは刻一刻と失われていく。
「……レクト……」
声が震え、涙がぽたぽたと落ちる。
「昨日まで……普通に笑ってたのに……
なんで……なんでこんなことに……!」
カイザが拳を握りしめ、
歯を食いしばって叫ぶ。
「ふざけんなよ……!
こんなの、ありえねぇだろ……!」
ビータは冷静さを保とうと、
しかし声が震えながらフロウナに詰め寄る。
「先生……どうすればいいんですか?
何か方法が……何か……!」
フロウナは、
白衣の袖で額の汗を拭い、
目を血走らせる。
ルナが、唇を噛みしめて呟く。
「……私のせい……?
私が、家族の視線を独り占めしようとして……
彼を追い詰めて……」
「違う!」
ヴェルが、突然叫んだ。
「誰も悪くない!
これは……誰も予見できなかったことだよ!
今は……今はとにかく、
彼を人間に戻す方法を探すしかない!」
広間は、重い沈黙に包まれる。
誰もが、答えを探している。
でも、誰も答えを持っていない。
その時——
レクトの指が、ぴくりと動いた。
みんなの視線が、一斉に集まる。
ゆっくりと、
焦点の合わない瞳が開く。
「……ヴェ……ル……」
掠れた、ほとんど息だけの声。
ヴェルは、息を呑んで彼の顔に近づく。
「レクト……! 聞こえる? 起きて……!」
「……みんな……ごめん……
俺……もう……」
言葉が途切れる。
カビが、首筋から顎にかけて急速に広がる。
甘酸っぱい、腐敗の匂いが強くなる。
フロウナが、杖を構え、
必死に魔法陣を描き始める。
「今ならまだ……!
体内の魔法回路を強制的に遮断すれば……! 」
校長が、厳しい声で制する。
「待て。
遮断すれば、確かに果実化は止まるかもしれない。
だが、同時に……
彼の意識そのものが、永遠に失われる可能性が高い」
ルナの目が見開かれる。
「……意識がなくなる……?」
「そうだ。
彼はもう二度と意識が目覚めなくなるということだ。
果実化は止められても、中途半端な植物状態。」
広間が、再び凍りつく。
ヴェルは、震える手でレクトの手を握りしめた。
「……そんなの……嫌だよ……」
涙が、止まらない。
「意識がなくなるなんてやだ……
でも、生きててほしい……
一緒に笑って、
一緒にフルーツ食べてさ、
またみんなで沢山遊びたい……っ!」
そしてビータは言う。
「どうにかして救いたい
彼は……、フルーツ魔法で俺たちを救ってくれたんだから。」
そしてミラが、初めて声を上げた。
「私もそう思う。
植物状態になるリスクがあったとしても、
それでもやるべきじゃないかな……。
果物になってしまうよりはずっと……!」
時間だけが、無情に過ぎていく。
カビは、胸まで広がり、
息がますます浅くなる。
ヴェルは、決意したように立ち上がった。
「……私に、任せて」
みんなが驚いて振り返る。
「ヴェル……?」
「私の震度2魔法なら……
彼の体に「振動」を直接送り込んで、
魔法回路を強制的に揺さぶることができる。
果実化の進行を一時的に止めて……、
内側から人間の形を取り戻せるきっかけを作れかもしれない」
フロウナが、目を大きく見開く。
「それは……危険すぎる!
震度2でも、体内に直接振動を送り続ければ、臓器が耐えきれず……ヴェルまで巻き込まれて……!」
「いいの」
ヴェルは、涙を拭い、
力強く頷いた。
「私が……
彼の力になりたいだけ……!
果実少年じゃなくて、
人間の、
レクトとして、
帰ってきてほしい」
ルナが、震える声で呟く。
「……ヴェルさん…」
「大丈夫。
みんなで……待ってて」
ヴェルは目を閉じ、
深く息を吸った。
そして——
震えが、始まった。
最初は、ヴェルの指先から。
次に、掌から。
そして、腕全体、肩、背中、足元まで。
微細な、しかし確実な振動が、
レクトの体に伝わっていく。
広間が、静かに震え始める。
暖炉の火が揺れ、
グラスの破片がカタカタと音を立てる。
カビが、振動に反応して、
一瞬だけ縮こまる。
ヴェルは、歯を食いしばり、
さらに振動を強めた。
「もっと……もっと強く……!」
震度2の限界まで、
いや、それを超えて。
彼女の体も震え始め、
唇から血がにじむ。
体内に侵入した振動は、
果実化した回路を、
果肉を、
カビの海を、
容赦なく揺さぶる。
そして——
最深部で、
黄金の光が、わずかに瞬いた。
世界を救ったあのバナナの、
最後の欠片。
ヴェルは、震えながら、
その光に意識を集中した。
「帰ってきて……
レクト……
みんな、待ってるよ……
震えて……目覚めて……!」
その瞬間——
広間に、
眩い黄金の光が爆発した。
振動と光が交錯し、
衝撃波が部屋全体を包む。
ヴェルは、力尽きて倒れ込む。
でも、目は開いたまま、
光の中のレクトを見つめている。
光が収まり、
静寂が訪れる。
その、結果は。ー
(お願い……お願い、レクト
戻ってきて……、人間のままでいて……!!)
次話 2月21日更新!
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レクト君!!!!!!