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第28話:シエナの棲家、世界に響く
都市樹の東端、風と光と虫の声が静かに交差する場所に――
ひとつの**棲家(すみか)**があった。
それは命令で築かれたのではない。
記録にも、地図にも、コードにも残されない。
ただ、「ここに棲んでもいい」と都市が頷いた、ひとつの場所だった。
そこに棲むのはシエナ。
ミント色の羽根は枝と葉のあいだに溶け込み、
透明な尾羽は光を吸い、空気の動きでそっと揺れる。
声を持たず、歌も持たないシエナは、
ただ、そこに“棲んでいる”。
棲家の形は、自らの姿に合わせて変化する。
強く結んだ枝ではなく、
やわらかく折れた蔓と、自然に重なった葉で形作られている。
命令の節が刻まれていない構造。
けれど、風が通り、虫がとどまり、
都市がその存在を“受け入れている”ことだけは、明確だった。
肩には、いつものようにウタコクシ。
翅を開いたまま、音ではなく振動で世界を感じている。
ある日、シエナが尾脂腺から**「これがわたしの居場所です」という香り**を放った。
柔らかな根皮の匂いに、熟しきる前の果実の酸味が混ざった、
“棲家の宣言”と呼ばれる化学調和。
それに応じて、棲家の枝がふるえた。
葉が光を返し、風が流れを変える。
遠くの枝にいた記録虫たちが、誰に命じられたわけでもなく近づいてきた。
ウタコクシが、低く鳴いた。
その音が、都市の“枝脈”を通じて、世界の端にまで届いていく。
記録されない。コードも持たない。
けれど、「ここに棲む」という意思だけが、
虫たちの通路、枝のきしみ、風の跡として伝わっていく。
「……これは棲歌じゃない。けど……これは、歌だ」
ルフォが近くの枝で、そっと呟いた。
かつての操作士としての感覚が、
この“棲家のリズム”に、静かに打ち消されていく。
シエナは歌わない。
けれど、その棲家が“存在の詩”になっていた。
誰にも命令せず、
誰からも命令されず、
ただ棲んで、風と共にあった結果、
都市がその律に“共鳴してしまった”。
やがて都市の遠くにある枝が、
ひとつ、静かに揺れた。
それは、まるで答えるように。
歌えない者の“棲む音”が、世界に波紋を広げ始めた。