コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「この間もかき氷食ってたけど、よく飽きないな」
「ん~氷にシロップかけるっつゥだけのお菓子だから、何か美味しくってさァ」
「いや、答えになってねえし」
双馬市の祭りの出店の数は異常だ。両脇からいいにおいがしてきて、あれもこれもと食べたくなってしまう。大量の百円玉を持ってきたが、足りるか分からない。朔蒔は、物珍しそうに、あれは何だ、これは何だと聞いてきて、いちいち説明するのが大変だった。でも、それだけ、興味津々で、楽しんでくれているならいいかとも思った。多分、俺は此奴に甘いんだと思う。
「星埜は何食ってんの?」
「林檎飴。お前、さっき焼きトウモロコシに並んでただろ? あの時に買ってきたんだよ。くう?」
「くれんの?」
「全部はやらないけどな」
と、真っ赤な砂糖に包まれた林檎飴を差し出せば、朔蒔はそれをぺろりとなめた。彼の長い舌が真っ赤に染まっていくのが見える。
「ん、あまっ」
「まあ、飴だしな」
そんなやりとりをしながら、俺達は、出店が立ち並ぶ道を歩いて行く。少ししたら、開けたところに出るが、そこも、きっと今日は人で溢れかえっているだろう。ならば、目指すは人気の無い神社か。
「そういえばさ」
「ん?」
「朔蒔、その浴衣、どうしたんだよ。夏祭りいったことなかったんだろ?」
「んーママンに、星埜と夏祭り行く! っていったら、買ってくれた」
「一日のためだけに?」
「そっ。ママン、星埜のこと好きっていってたじゃん。まあ、星埜っていうか、俺にともだちが出来たこと、すげェ喜んでて、『星埜くんのこと大事にしなきゃダメ』って。それで、買ってきてくれた」
「いい、母親なんだな」
「ん、ママンはうん、まあ、いいママンだと思う」
少し、躊躇ったあと、朔蒔はそういって、俺の方を見た。何か言いたげに、していたが、俺がそれに気を取られている隙に、俺の林檎飴を奪い取ってかぶりつき、バリバリとあっという間に食べてしまった。
「おい、俺の林檎飴」
「じゃァ、返してやるよ」
「……!?」
そういうと、朔蒔は俺の唇を奪った。そのまま、俺の口の中に何かを押し込んでくる。
それは朔蒔の舌で、彼の唾液と共に何か固いものが入ってきて……
(此奴、口の中に入れたものを……)
口の中で何かがピッと当たって、切れるような気がした。それは、朔蒔が舐めていた林檎飴の飴の破片で……
「おま……痛い」
「返したぜ。これで、文句ねえだろ♥」
「大ありだわ……はあ、いった」
口の中が切れた。でも、それ以上に、甘い刺激が、激甘なものがねっとりと口の中を覆っていて……
俺が顔をしかめると、それをみて朔蒔が笑った。
そして、俺の手を取って、歩き出す。俺は、その手を握り返しながら、前を向いて歩く。
朔蒔が、自分自身の過去とか、家庭環境とか話してくれるたび、少しずつ近付いていっているんじゃないかって、感じている。朔蒔はそんなこと考えそうにない、本能的な人下だけど、俺は理論立てて、道筋立てたい派だから、慎重になってしまう。相性が悪いと言われれば、まあ、そうなのかもだけど。
「お前が、母親と、仲が良いのが、何か意外だった。それだけ」
「意外ってひでェな」
そんな風に見えないって言ったら、また怒るだろうかと思って、俺は言葉を選んだ。でも、凄く羨ましいっていう気持ちは膨らんできて、これはぶつけちゃダメだと、俺は踏みとどまる。何で、今頃になって、母さんのことが思い浮かんでくるのだろうか。
さっきからずっと、朔蒔と話すたび、朔蒔の顔を見るたび、母さんのことも、楓音のことも浮かんできて、ぐちゃぐちゃだった。悲しい思い出、とひとくくりには出来ないが、普通なら塞いでいたい記憶が顔を出す。何故か。
朔蒔を見ていると、そんな記憶がまとわりついてきて、鬱陶しかった。
俺は、自分の思いだけに集中したいのに。過去が、記憶が、俺を離してくれない。
ならば――
「朔蒔」
「何だよ、星埜」
「俺、お前の事、知りたいって思った。俺は……お前の事、何も知らないかも知れないって思ったから」
「急にどうした?」
と、当たり前のように、朔蒔に不信感を抱かれてしまう。まあ、無理もないだろう。だって、俺は、これまで、散々嫌々と、いってきたから変だって思われてしまうだろう……でも。
「……俺、琥珀朔蒔っていう人間のこと知りたい。それで――」
――俺の事も知って欲しい。
なんて、少し恥ずかしくて言えなかった。朔蒔は「それで? 何?」と首を傾げながら俺を見る。俺は、何でもないといって、次は射的でもしにいくか? と、朔蒔を誘う。朔蒔は何だそれ? と興味を示す。予想通りの反応で、安心した。俺の言葉に疑問ばかり抱かれて、突っ込まれたらどうしようと思ったから。
「ふーん。俺の事知りたい……ね」
「ダメかよ。とも……だち、とか、のこと知りたいって思うの」
「まあ、俺も、星埜のこと知りたいっていう欲はあるけど。俺の事知りたいって言われたのは始めてかも」
本当に俺のこと知りたいの? と、朔蒔は言ってくる。俺は、その声に、視線にびくついて、固唾を飲み込んだ。
「あ、ああ。知りたい」
「俺が、どんな奴でも?」
「これ以上、嫌いになるなんてこと無いだろう」
と、俺は言ってやった。だって、これまで散々……
そう思って、朔蒔を見れば、何か考えるように顎に手を当てた後、俺の手を引いた。
「それより、射的だって。星埜、しょーぶしようぜ?」
「あ、ああ。そう、だったな」
手を引っ張られ、俺は朔蒔に着いていく。
(まあ、今はこれで……)
花火の時間になったら、そこで思いを伝えようと。それまでは、ただこの瞬間を楽しもうと思った。