テラーノベル
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その日以降、空気が変わった。
ジョングクがスタジオに入ると、メンバーたちでさえ、わずかに姿勢を正す。
支配的な気配──それは目に見えなくても、肌で感じることができる。特にSubならば。
ミンジュは、抑制剤の服用を一段階上げた。
過剰摂取すれば副作用があるとわかっていても、今はそれしかない。
「大丈夫か?」
ある日、ユンギがぽつりと声をかけてきた。珍しく。
「ええ、大丈夫です。少し疲れているだけです」
「お前が“疲れる”なんて、珍しいから」
その目は、探るようだった。
だが、ミンジュは目を逸らさなかった。
Subだと悟られたら、終わる。誰よりも近くに“最上級Dom”がいるこの現場では、特に。
⸻
それから数日後──
深夜の練習が終わり、スタジオの空気が一気に静まった頃。
「…逃げてますよね」
背後から聞こえた声に、ミンジュの心臓が跳ねた。
振り向けば、そこにはジョングク。
Tシャツ一枚、汗が滲んだ髪を無造作にかきあげ、こちらをじっと見ている。
「何のことですか」
「俺から。逃げてる。近づくと、目も合わせてくれない。呼吸も変わる。…あなま、Subでしょ?」
その言葉に、空気が凍りついた。
「違います」
即答した。声が震えそうになるのを、歯を食いしばって抑える。
「ふーん」
ジョングクは近づいてきた。
一歩、また一歩。
距離が詰まるたび、ミンジュの抑制剤の効力が軋む。
「じゃあ、試してみます?」
「…っ、来ないで」
声が出てしまった。拒絶の気配がにじむ。
「ねぇ。俺のこと、怖いですか?」
その問いに、答えることができなかった。
怖い──だけじゃない。
自分の中の何かが、熱を帯びて反応している。それが何かは、わかっていた。
“つがいの適合”。
──まさか、SSクラスのDomと、自分が?
「触れませんよ。無理やりなんて、しない。ただ…ヌナの匂いが、どうしても気になる」
ジョングクはそのまま、背を向けた。
「逃げなくていいです。俺は、待てますから」
そう言い残して、スタジオを出て行った。
⸻
ミンジュはその場に膝をついた。
心臓が、うるさい。
なぜ、涙が出るのかもわからない。
だが、自分の中の何かが確かに変わった。
ジョングクの匂いが、脳に残っていた。
そして、熱く疼くような違和感が腹の奥で目を覚まし始めていた。
──つがいが目覚める前兆。
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