「ねぇ、私、忙しいんだけど」
私はノートパソコンのディスプレイから目を離さずに言った。
「だから、飯を作りに来たんだろ」と、龍也《たつや》はジャケットを脱ぎ、シャツの腕をまくる。
「じゃあ、ご飯作ったら帰ってよ」
「うわ、冷てー」
「昨日は合コンだったんでしょ? いい子、いなかったの? 若い子揃いだって張り切ってたじゃない」
冷蔵庫を開ける龍也の背中を見ながら、言った。
「若けりゃいいってもんじゃないな」
「なに、それ」
龍也は自分が買って来た食品を冷蔵庫に入れ、入っていたいくつかの食材を出す。うちの冷蔵庫の中身は、私より彼の方が詳しい。
「なんかさぁ、あのノリに疲れちまって」
「やめてよ、おっさんみたいなこと言うの」
「お前こそどうなんだよ。前の男と別れて結構経つだろ」
トントントン、とリズミカルに包丁がまな板を叩く音がし始めた。
「誰と付き合っても、どうせ別れるんだし……」と、私は小声で言った。
「ん? 何だって?」
「仕事が忙しくて、それどころじゃないだけよ」
私はわざと音を立ててキーボードを叩いた。
龍也が作ってくれたのは、もやしとネギたっぷりの味噌ラーメン。私一人ならカップラーメンだったろう。
「夜は何、食いたい?」
「昼ご飯食べながら夜ご飯の事なんて、考えられない。——つーか、ラーメン食べたら帰ってよ。本気で忙しいんだから」と言いながら、ズルズルと麺をすする。
寝室の隅に置かれた、龍也のスポーツバッグには、いつも着替えが入っている。泊まるつもりで来たのだろう。いつも、そう。
「わかったよ。今日は一回でやめるから」
「何もわかってない!」
「わかってるよ。忙しいんだろ? ホントは二回のところを一回にしてやるって言ってんだから、いいだろ」と、感謝しろと言わんばかりに頷く。
「欲求不満なら、昨日のうちに若い子捕まえとけばよかったじゃない」
「あのなぁ、俺はそんなにお手軽じゃないんだよ。顔が好みとか、身体がいいとか、若いとか? そんなんだけでヤりたくなるほど欲求不満じゃねーんだよ」と、箸先を私に向ける。
「だったら、ヤらずに帰って」
「晩飯はあっさりがいいよな」
こんな調子で、龍也は毎週末のように私のアパートに泊まっていく。平日も、必ず一日は来る。
龍也に彼女がいない時は。
私に彼氏がいない時は。
二か月前、私が彼氏と付き合いだしてから別れるまでの半年間は、会うどころかメッセージの交換すらしていなかった。
それが、私たちのルール。
どちらかに恋人がいる間は、他人。
私と龍也は同じ大学のサークル仲間だった。その名も『OLC』。O大学ルーズサークル。特に決まった何かをするでもなく、とにかくまったり何かを楽しもう、なんて、サークルと呼ぶにはおこがましい集まり。
私は同じ学科で友達になったさなえと見学に行き、サークルの新田大和《にったやまと》先輩に一目惚れをしたさなえに頼み込まれて、サークルに入った。
二か月ほどでさなえは大和先輩と付き合い始め、五年前に結婚した。
さなえと大和先輩の結婚式で、疎遠になっていたサークル仲間が顔を合わせ、中でも気の合った七人で時々飲むようになった。
龍也とは年も同じで、性別を感じさせない仲間だった。
再会してからも、それは変わらなかった。
龍也との関係が変わったのは、四年前。再会して一年が過ぎた頃。
龍也が友達でセフレになった。
互いに恋人がいない時だけ、友達でセフレ。
自暴自棄になっていた私は、拒まなかった。
龍也とのセックスなんて、気恥ずかしくて笑っちゃうんじゃないかと思っていたのに、意外にも盛り上がった。友達としてじゃない、男と女の顔に興奮したし、相性が良かった。
龍也は大雑把な性格で、サークル内ではムードメーカーだった。
なのに、料理とセックスは几帳面で、とにかく丁寧で、優しい。
『自分勝手に突っ込まれて、ガンガン突かれるのかと思った』と言ったら、本気でしょげていた。
「あきら……?」
耳元で名前を囁かれ、私はハッとした。
「意識、飛んでたろ」
バカ丁寧に時間をかけて全身を舐めつくされ、続けて三度もイかされれば、意識も飛ぶ。
「大丈夫か?」
大きな手で頭を撫でられ、私は再び目を閉じそうになる。
「寝るなよ?」
「じゃあ、早くシて」
私の足の間で存在をアピールしているモノに手を伸ばし、キュッと握る。ゆっくりと上下に擦ると、龍也がはぁっと息を吐いた。
龍也が私の身体を知っているように、私も龍也の感じることを知っている。
龍也は擦れらならキスをするのが好き。というか、とにかくキスが好き。
そして私は、龍也からキスをせがまれるのが、好き。
擦りながら、もう片方の手を裏筋に這わすと、先からヌルッと汁が滲む。
「あきら……。キス……」
苦しそうに、気持ち良さそうに私に顔を近づける。
「どうしよっかな」
わざと焦らしてキスを避ける。
「このままイっても、一回は一回ね」
その途端、龍也が私の手からすり抜けた。
「時間制限はなしだからな」
キスが先か、挿入が先か。ほぼ同時に、攻め立てられた。
「んっ——! あ——っ!!」
両足を肩に担がれ、いちいち奥まで挿入《はい》ってくる。
「あーーー。気持ちいー……」
龍也が眉をひそめて言った。
私の膣内《なか》で感じている龍也の顔が、好き。
こうしている間だけは、嫌なことをすべて忘れられるから。
友達だとかセフレだとか、そんなことは関係ない。
互いの体温を肌で感じている瞬間《いま》だけは、世界のすべては互いだけ。
このまま世界が滅べばいいのに……。
そんなことを願いながら、私は意識を手離した。