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「……そう。それはちょっと注意が必要ね」
牧野《まきの》さんの報告を聞き、篠塚《しのづか》課長が言った。
「担任からも聞き取り調査をしましょう。その上で、児相の介入が必要かを判断します」
「わかりました」と、牧野さん。
「次は、桑畠《くわはた》さん」
「はい。先週の金曜日に柳《やなぎ》さんとT小学校を訪問してきました。スクールカウンセラーへの苦情が、保護者から五件あり、実態調査として私が保護者を装ってカウンセリングを受けてきました。柳さんと教頭が隣室で立ち会っています。カウンセリングを録画したものが、これです」
柳さんがタブレットを操作し、SDカードに保存されている動画を再生した。
私と女性カウンセラーの真横から撮影されていて、二人の手元や足元も見える。
私は神妙な面持ちで反抗期の息子への接し方に悩んでいると話した。カウンセラーはうんうんと相槌を打って話を聞いているが、私が涙を浮かべて俯くと、机の下でスマホをいじりだす。足は交差し、椅子の背もたれによしかかって、机に頬杖をつく始末。
私がハンカチで涙を拭きながら顔を上げると、瞬時に背中を伸ばす。
相談の内容をメモすることはなく、手に持ったボールペンをクルクル回すだけ。
「なに、これ」と、井田《いだ》くんが呟いた。
「ひどいわね」と、課長が呆れ顔で言った。
「スクールカウンセラーになるのに、ボールペンを回すテストなんてありました?」と、牧野さん。
「確かに、ボールペンを回すだけなら立派なカウンセラーですよね」と、私。
「けど、これだけじゃないんです」
私はSNSの掲示板をプリントアウトしたものを配った。
「嘘でしょ」と、課長がため息をついた。
「カウンセリングの最中に、内容を投稿してたの?」
「はい」
カウンセラーが掲示板にカウンセリングの様子を投稿し、見た人が面白おかしく書き込みをしていた。
『上手く育てられないなら子供なんて生むなよ』
『いやいや。そしたら、私の仕事なくなるじゃーん』
『確かに。話聞いてるだけの仕事なんて、羨ましい』
『くだらない話を聞いてるだけってのもツラいのよ』
「なんてこと……」
「保護者からの苦情の内容にもあったんですが、これで確証が掴めました」
「教育委員会に報告するわ」と、課長が険しい表情で言った。
「よろしくお願いします」
私はタブレットからSDカードを抜き、課長に渡した。
これで、あのスクールカウンセラーは懲戒解雇。応募条件を揃えていても、採用されるのは一握り。特別給料がいいわけでもない。それでも、みんな意義を持って仕事をしている。
同じカウンセラーを名乗るものとして、恥ずかしいのを通り越して怒りを覚える。
「あのスクールカウンセラー、不登校の児童への面談もしてたらしいですけど、解雇となったら新しいカウンセラーが引き継ぐんですよね?」
ミーティングの後、柳さんが言った。
牧野さんと井田くんは先にデスクに戻り、部屋には私と課長がいた。
「新しいカウンセラーに馴染むまで、不登校は続きますよね、きっと」
「そうね」と、課長。
「その子への面談も適切に行われていたのか疑問だけど」
「ですね」と、私も相槌を打った。
「課長はお子さん、いるんですよね?」
「ええ。中学生の息子が二人」
「この仕事をしていたら、子育てに悩みはないですか?」
「そんなわけないじゃない。自分の子供となると全然、別。どうしても冷静ではいられないからねぇ」
「そういうもんですか……」と言って、柳さんがため息をついた。
その表情は、どこか暗い。
柳さんには長く付き合っている年上の恋人がいると、聞いた。結婚を考えているのか。
「どうしたの?」と、私は聞いた。
「仕事、ツラい?」
「あ、いえ。仕事は、やりがいがあります。ただ……、彼と結婚の話が出ていて……」
「辞めるの?」
柳さんが首を振る。
「仕事を続けることは彼も納得してくれているんですけど、早く子供が欲しいって言われてて……」
「この仕事をしていると、子供の笑顔とは縁遠いから色々考えちゃうだろうけど、自分の子は普通に可愛いわよ? 悩みを抱えた子供ばかり見ているから、余計に幸せに笑っていてほしいと思うし」
課長が言った。
部屋の外で話し声が聞こえる。
部屋が開くのを待っているのかもしれない。
「柳さんの子供なら、きっとすごく可愛いわね」と、私は資料を抱えて言った。
「桑畠さんも、子供を欲しいと思いますか?」
課長が、ハッとして私を見た。心配そうに。気を遣わせていることを、申し訳なく思う。
「そうね。でも、その前に相手を見つけなきゃ」
私は笑って答えた。
ふと、龍也の温もりが恋しくなった。