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眠狂四郎
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眠狂四郎
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#戦国時代
眠狂四郎
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#戦国時代
眠狂四郎
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スピリタスはウテカ包囲の兵を残すと、
自ら一万五千の兵を率いて、ビスコーネとシファクスの追撃に向かった。
先の夜襲によって、敵軍は壊滅的な打撃を受けている。
このまま追えば、戦いは終わる。
誰もがそう考えていた。
だが――ビスコーネは、まだ終わっていなかった。
大損害を受けながらもウテカを脱出したビスコーネは、
逃げ散った兵をかき集めると、さらに各地から傭兵を募った。
金を払い、武器を与え、隊列を組ませる。
敗戦からわずかな間に、再び二万五千の兵を作り上げていたのである。
そして、バクラダス川。
その川岸に陣を構え、追ってくるグラン軍を待ち受けた。
報告を聞いたラエリウスは、呆れたように言った。
「……また二万以上集めたんですか、あの男」
「らしいね」
スピリタスは苦笑した。
敵ながら、その執念だけは認めざるを得ない。
国を追われても戦った。
スパルーニャを失っても戦った。
ウテカで軍を焼かれても、なお戦う。
ビスコーネという男には、敗北という言葉はあっても――
諦めるという言葉だけはないらしい。
スピリタスは、川の向こうに広がる敵陣を見つめた。
「じゃあ、今度こそ終わらせようか」
一万五千対二万五千。
バクラダス川を挟んで、両軍は再び対峙した。
バクラダス川を前に、両軍は布陣した。
ビスコーネ・シファクス軍、二万五千。
対するスピリタス軍、一万五千。
兵力では、ビスコーネが上回っている。
だが、川の向こうに並ぶグラン軍を見たビスコーネは、眉をひそめた。
「……なんだ、あの陣は?」
グラン軍伝統の歩兵陣ではなかった。
第一列。
その後方に第二列。
さらに第三列。
三列の横長の陣が、奇妙なほど整然と並んでいる。
兵力の少ない軍が、わざわざ戦列を三つに分けていた。
「薄いな」
ビスコーネは笑った。
「正面から押し潰せ」
号令とともに、前列の歩兵が前進を始めた。
対するグラン軍第一列も前進する。
両軍が激突した。
槍と盾がぶつかり、怒号が平原を埋め尽くす。
数で勝るビスコーネ軍は、そのまま敵の第一列を押し潰そうとした。
その時だった。
第二列が動いた。
前ではない。
――右へ。
同時に第三列も動き始める。
こちらは――左へ。
「……何をしている?」
ビスコーネは目を細めた。
第二列と第三列は戦闘に加わることなく、第一列の背後から左右へ伸び続けている。
やがて第二列は第一列の右翼を越えた。
第三列も左翼を越える。
そして――。
「まさか」
ビスコーネの顔から笑みが消えた。
左右へ伸びた二つの戦列が、そのまま向きを変えた。
敵軍の側面へ。
さらに、その後方へ。
気づいた時には遅かった。
正面には第一列。
右翼には第二列。
左翼には第三列。
そして、その先端は敵軍の背後へ回り込みつつある。
二万五千の軍勢すべてが――
一万五千の軍勢に包囲されていた。
「包囲だ!」
「後ろにも敵がいるぞ!」
「下がれない!」
ビスコーネ軍の隊列が崩れた。
正面の敵と戦っていた兵が振り返り、側面を守ろうとする。
側面の兵は背後を気にする。
命令が飛び交い、隊列はさらに乱れた。
それを見たスピリタスが、静かに右手を上げる。
「押せ」
一斉にグラン軍が前進した。
もはや戦いではなかった。
逃げ道を失った二万余の軍勢が、四方から圧縮されていく。
やがて一角が崩れた。
そこから崩壊は全軍へ広がった。
武器を捨てる者。
川へ飛び込む者。
味方を押し退けて逃げようとする者。
怒号は、いつしか悲鳴へと変わっていた。
「シファクス王を捕らえました!」
戦場に声が響いた。
ヌミダス王シファクスは、生きたままグラン軍の手に落ちた。
だが――。
「ビスコーネは?」
スピリタスが尋ねる。
伝令は悔しそうに答えた。
「逃げました。王宮へ向かったものと思われます」
「……また逃げたか」
ラエリウスが呆れたようにつぶやく。
スピリタスはしばらく王都の方角を眺めていた。
そして、小さく笑った。
「じゃあ、迎えに行こうか」
バクラダス川の戦いは終わった。
だが、ビスコーネとの戦いは――
まだ終わっていなかった。
王宮は、完全に包囲されていた。
城壁の向こうには、無数のグラン軍の旗が並んでいる。
逃げ道は、もうない。
ビスコーネは窓辺に立ち、しばらくその光景を眺めていた。
スパルーニャを失った。
ウテカで敗れた。
バクラダス川でも敗れた。
それでも逃げた。
兵を集めれば、もう一度戦える。
生きてさえいれば、まだ何かできる。
そう信じてきた。
だが――ここまでだった。
「ソフォニスバ」
呼ばれて、娘が振り返った。
ビスコーネは何も言わず、卓上に二つのものを置いた。
一本の短剣。
そして、一杯の酒。
ソフォニスバは、それを見つめた。
何のためのものか。
尋ねる必要はなかった。
王宮が落ちれば、自分がどうなるのか。
父が何を恐れているのか。
すべて分かっていた。
やがてソフォニスバは手を伸ばした。
短剣ではない。
杯を取った。
父を見る。
ビスコーネも娘を見た。
何も言わなかった。
止めもしなかった。
ただ、無言でうなずいた。
ソフォニスバは杯を口元へ運んだ。
「ソフォニスバは?」
マシニーサの問いに、スピリタスは答えられなかった。
ほんの少し前まで、彼は約束していた。
国を取り戻そう、と。
王位を取り戻そう、と。
そしてできることなら――
彼が失ったものを、すべて取り戻してやりたかった。
だが、それは叶わなかった。
スピリタスはマシニーサの前に立った。
「すまない」
マシニーサが顔を上げる。
「君の許嫁は……取り返せなかった」
マシニーサは何も言わなかった。
怒ることもなかった。
責めることもなかった。
ただ、静かに目を閉じた。
スピリタスも、それ以上は何も言わなかった。
二人の間に、長い沈黙だけが残った。
コメント
1件
お疲れさまです、眠狂四郎さん。第87話、読ませていただきました。 今回は戦術の見せ場が本当に鮮やかでしたね。三列の陣形が左右に広がって包囲していく描写に、思わず息を呑みました。兵力差をひっくり返す辣腕、スピリタスの冷静な采配がかっこよかったです。 でも、その勝利の裏で——ソフォニスバの選択と、マシニーサの沈黙が、とても重く胸に残りました。あの短剣と酒の卓上の静けさ、読んでいるこちらも息が詰まるようでした。奪還できなかった許嫁……という言葉に、マシニーサのすべてが詰まっている気がします。 戦いの勝敗だけではない、人間のどうしようもなさと哀しみ。とても深い回でした。続き、気になりますね。