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「大丈夫? 功基」
「ああ……ありがとな」
「いいえー、ナイスフォローだったでしょ。てか予定って、さっきの昴って人のお誘いにいくの?」
「あ、ああー……」
これ以上、邦和と揉めたくはない。そう思う一方で、でもアイツだって他の『お嬢様』と楽しんでいるしという理不尽さが満ちてくる。今日だって、功基の知らない誰かに仕え、囁き、膝をつくのだろう。
(……想像したら、また苛々してきた)
それにもう、この関係だって終わってしまうかもしれないのだ。
邦和の顔色ばかり伺っていてどうする。
「っ、行く!」
半ばやけくそ気味に叫びながら了承の返事を打った功基を見守りながら、庸司は呆れ顔で「気をつけてね」と呟いた。
***
☆
最寄り駅直結のホテルは商業施設の上階にあった。壁一面に嵌めこまれたダークブルーの窓ガラスが漂わせる高級感に首をすくめながら、ロビーへと繋がるエスカレーターを二つ登る。
選ばれた人間しか通れない隠し扉のように、さり気なさをもって景観に溶け込んだ引き手を力いっぱい引いた。重いからと、事前に昴に教えられていた。
艶やかに光を反射する黒壁の廊下を進むと、先に吹き抜けのロビーが見えた。中央には功基の家の浴槽ふたつ分よりも大きな四角い黒石に、どこからか湧き出た水が膜を貼るように流れている。その真ん中に堂々と鎮座するこれまた樽のような花瓶には、和を感じさせる紫と黄色の花がふんだんに生けられていた。
(ホームページでみたやつ……! デケェ!!)
急遽の呼び出しとはいえ、ジーンズとスニーカーで来てしまった場違い感に圧倒されながら、ふらふらとした足取りでホールに踏み出る。気づいたスタッフの一人が功基に声をかける前に、大人の男が寝転がってもゆとりの残りそうな白いソファーに腰掛けた男が、すっくと立ち上がった。
「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「っ、昴さん」
ほっと安堵の息をついた功基に、昴は店の時のように綺麗な微笑みを向けた。後ろで様子を伺っていたスタッフの女性が頬を染めたのが目端に映り、功基は足早に昴に近づく。
黒いスラックスに、少しカジュアルな素材の白いシャツ。薄手の灰色のジャケットを羽織った昴は店よりも大人な雰囲気を感じさせた。こういった場にも、慣れているのだろう。「行きましょうか」と歩く足取りは、いつものように落ち着いている。
そこかしこから漂う肩身の狭い高級感にキョロキョロと周囲を見渡す功基にも、昴はクスリと笑んだだけで咎める事はなかった。
うっかりしていたら気付けないんじゃないかと心配になるほど控えめな到着音をたてたエレベーターに乗り込み、迷うこと無くボタンを押す。光った数字は六。このビルの最上階だ。
人の気配を感じさせないフカフカの廊下を進むと、突き当りの曲がり角横の扉に昴がカードを通した。ピーッと解錠を告げる電子音が鳴り、昴が扉を押す。
「どうぞ」
「っ、お邪魔します」
気合を入れて足を踏み入れると、部屋の正面には大きな窓。それを背にするように、黒いソファーが部屋の端から端まで伸びており、その前にはこれまたお高そうな楕円形の黒テーブルが鎮座している。入り口近くの扉の奥は浴槽やらトイレやらだろう。その右手側にはコーヒーメーカーの置かれたカウンターがあり、足を進めるとキングサイズのベッドと、寝転んでも見れるような形で壁にテレビがかかっていた。
(これが、高級ホテルの室内……!)
「到着時刻をご連絡頂いていたので、アフタヌーンティーは既に依頼してあります。もう間もなく……ああ、来ましたね」
ピンポン、と鳴り響いた部屋の呼び鈴に昴が扉を開けると、ワゴンを押したスタッフが部屋の奥へと進んできた。
口元に微笑みを携えたままソファー前の机横にワゴンをつけると、手際よく三段トレイやら皿やらをセッティングしていく。
「お紅茶はご注文通り、当ホテルのオリジナルブレンドティーをご用意しております。おかわりはお電話にてご注文ください。フードの内容とお紅茶の一覧はこちらに記載しております。では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
深々と頭を下げたスタッフが去ると、昴は「どうぞ」と功基にソファーに座るよう促した。戸惑いながらも腰を下ろすと、少し遅れて昴が横に腰掛ける。ソファーの構造上、当然といったら当然なのだが、こうして隣に座るという近さと新鮮さに、功基の肩につい力が入った。
「そんなに緊張されなくとも、周りの目がありませんので好きに食べて頂いて構いませんよ」
「っ、はい! じゃあ、紅茶頂きます!」
置かれたティーポットに手をのばすと、昴の手がそっと触れた。
「それは、私が」
不意打ちの接触に、功基はつい息を詰めた。思えばこうして昴が触れてくるのは初めてだ。
(って、なにドギマギしてんだよ……)
男同士だし、別に何もここまで緊張する必要もないだろうに。
変に意識している自身に後ろめたさを覚えながら、昴の注ぎ入れる様を見つめる。
「……ダージリンをベースに、アッサムを加えたブレンドティーのようですよ」
そっと落とされた昴の言葉に、功基の意識は紅茶に移った。
(ああ、だからこの水色を……)
光の反射で緑とも見える透き通った水面に、功基の頬がふと緩む。
「……綺麗ですね」
昴は一瞬、瞠目したが、すぐに伏目がちに微笑みを携えコトリとティーポットを置いた。
「……私もそう思います」
静かな声に、功基ははっと顔を上げた。
気をつかわせてしまった。そう思ったのだ。
だが昴の微笑みはどこか寂しそうで、「え?」と虚をつかれたまま何も言えずにいると、三段トレイとは別に置かれていたスコーンの入るバケットを寄せられた。
「ここはフードも美味しいですよ。でも先ずは、やっぱり焼きたてのスコーンからですかね」
「あ、ありがとうございます……」