「あれがオインク伯爵邸なのね」
「そ、そうです。でも本当に出来るんですか?」
私たちは今この少女の働いているオインク伯爵邸の前で様子を窺っているわ。確かに人相の悪そうなのが何人も玄関前にたむろしているわね。
「お嬢様、無茶はなりませんぞ」
「楽をしてダイエットなんてデブの考えることよ。だから変な薬に飛びつくのよ。その点私は違うわっ。ここで暴れ──もとい正義の活躍をした日には、もう翌日にはナイスバディよっ」
「痩せるまでのプロセスだけがナイスバディ過ぎでございます」
「どういうことかしら?」
「計画が削ぎ落とされすぎてスリムなばかりで結果は伴わないでしょう、と」
「聞いたのが間違いだったわ。行くわよっ」
「おい、急に暗くなったか?」
「あん? 何言ってんだよ。夜なんだからそんなの──おい、月がないぞ」
「本当だ、なんて不吉なっ! ……ぐはっ」
「なっ⁉︎ てめえっどこからっ! ぎゃひぃん」
「月よりの正義の使者、私!」
「さすがですお嬢様。月すらも隠してしまわれるとは」
そんな計算なんてしてないけれど、飛び上がった私の降り立つまでの軌道が彼らからはちょうど月と被ったみたいね。ていうか街灯もあるのにそんなところ気にするのっ?
「すっごおい……お姉ちゃん強いんですね!」
「まあ、ね」
私は自慢の黒髪ロングを手でこう……バサァッてして格好つけてやったわ。
「丸太よりも太い脚から放たれる蹴りは彼らを異世界に飛ばしたことでしょう」
「失礼ね。生きてるわよこいつらも」
伯爵邸の玄関はこれで通れるわね。
「お嬢様、まさかとは思いますが正面から入られるので?」
「当たり前よっ! 屋敷の入り口と言えば玄関でしょ。エントランスよ、エントランス。私はエレガントにエントランスからエンターしてやるわ」
躊躇いなんて一欠片もないわ。勢いよく玄関を開けて私はエンターしてやってこう言うのよ。
「私! 来たわよ!」
「お嬢様は馬鹿であられる……」
「ギルバート。私って本当に人気者よね」
「お嬢様、どこから取り出したのかは存じませんが、その扇子はしまってください。そやつはお立ち台ではありません」
私が入ってすぐに手を出して来た間抜けは脚を掛けて転んだところを踏みつけると静かになってしまったのよ。そうね、この人は私に踏まれたくって来たのだと思ったけど、そんな特殊な人はいないわよね。
「なんだあの肉団子は。舐めた真似してくれるじゃねえか」
「クラークのアニキが行くまでもありませんや。おれっちが──」
「やめておけ。あまりゴタゴタすると面倒になる。らしい。俺が行ってさっさと済ませてやるぜ」
貴族の屋敷らしいエントランスの階段の上でいかにもなゴリゴリの男が腕組みして見ているわね。しゃがんで待ち続けそうな見た目してるくせに何様かしら。
「お嬢様、やつがここの連中の中でも実力者のようです。ここは私が」
「だめよ! あなたには任せられないわっ!」
「お、お嬢様……私の身を案じて──」
「私のダイエットに来たのに奪うんじゃないわよ」
ギルバートが静かになったところで、いっちょやってやりますわよ。コンティニュー画面のあいつみたいにボコボコにしてやるわっ。
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