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「いやー、どーもーッス」
公都『ヤマト』、冒険者ギルドの応接室で―――
短い赤髪をしたアラサーの男が、その半開きの目で
軽そうな口調で語り掛けてきた。
「お、お久しぶりです」
「しかし、また新しい料理が出来ているなんて」
灰色の、白髪の混じった短髪を持つ、上司とは
裏腹に目つきの鋭いアラフォーの男と、
まだ少女の幼さを残した、生意気そうな
三白眼をした女性が続けてあいさつする。
「まあ食ってからでいい。
どうせ王都に行く途中なんだろ?」
彼らの目の前には、各種料理や飲料、
そして出来たばかりの乳製品も並べられていた。
「うぃす。
例の、誘導飛翔体の件と―――
マルズ国王都であり首都・サルバルでの騒動の
解決、そしてハイ・ローキュストの群れの撃退に
ついて……
一通り賠償っつーか報酬が決まったんで、
その通達に。
それが終わったら、正式にこちらにも」
筋肉質の、白髪交じりのアラフィフのギルド長の
問いに、アラウェンさんはあっさりと答え、
「?? 今ここで通達しちゃマズいッスか?」
黒髪・褐色肌の、陽キャといったイメージの青年が
疑問を口にするが、
「まずは王家でしょ!
国同士のやり取りなんだから―――」
妻である丸眼鏡のタヌキ顔の女性が、夫である
レイド君に頭をはたきながらツッコミを入れる。
まあ確かに……
以前、マルズ国で感謝の式典に呼ばれた事は
あったけど、あれは自国内で祝い事でもあったし、
他国で、そこのトップの頭越しに報酬を渡すと
いうのは、いろいろと角が立つ。
ましてや王家同士だと面子もあるだろう。
「メンドイねー」
「人間の世界というのは複雑だのう」
「ピュ~」
黒髪セミロングで、アジアンチックな顔立ちの
妻と、
同じ黒髪のロングだが、モデルのような掘りの深い
目鼻立ちの妻が、子供と一緒に会話に入る。
「まーウチらとシンさんの仲ですし?
口頭でなら話しても構わないッスよ。
金貨20万枚が、シンさん一家に報酬として
出される事が決定してまっす」
金貨一枚=約2万円。
つまり40億円が……
それを聞いた室内は一瞬静まり返るものの、
「ま、妥当だな」
「そうッスねー」
「国を救った報酬にしては、ちょっと安い気も
しますけど」
ギルド長とレイド君・ミリアさんが驚く事なく
それを流す。
「だ、妥当……?」
「金貨20万枚ですよ?」
遅れて、フーバーさんとルフィタさんが
目を白黒させるが、
「この前、ウィンベル王国から金貨3万枚
もらっているしねー」
「これくらいでいちいち動じたりせぬわ。
100万枚なら驚いたかも知れぬがの」
「ピュ!」
メルとアルテリーゼは事もない、といった
感じで、
ラッチはいつの間にかルフィタさんの
腕の中に収まり、そこで声を上げる。
「あの、ところで―――
王都に行くと言ってましたが、いつ頃
行かれるのですか?」
「すぐ戻って来ますけど、今日は泊まっていって
明日向かう予定です。
つーかドラゴンかワイバーンで送ってもらうと
ひっじょーに楽なんですけど、ダメ?」
一応申し訳なさそうに頼み込んでくるが、
そんなアラウェンさんに向かってジャンさんは、
「正式な使者だろうが。
ダメに決まってんだろ。
緊急で、お前らだけならともかくよ」
話によると、滅茶苦茶豪華な馬車で来たと
言ってたもんなあ。
それをここに置いて行って……というのは
さすがに無理か。
「ほんじゃまあ、王都に行く前に……」
そこで彼はごそごそと書面を取り出す。
そしてそれをそのままテーブルの上に広げ、
「これをちょっと―――
シンさんに見て頂きたいと思って」
「私に、ですか?」
料理を避けるようにして置かれたそれを
全員でのぞき込む。
「何だこりゃ?」
「見た事のない絵ッスね」
「古い書類のようですが―――」
ギルド長と次期ギルド長、その妻が首を傾げる。
それは、イラストのように絵が描かれたものと、
その下に説明がついたような書式で、
「コレ何? 船?」
「妙な馬車じゃのう。
いや、馬がおらぬから荷車か?」
「ピュピュ」
家族が感想を口にする中―――
私の目は、しばらくそれに釘付けになっていた。
「シンさん?」
「どうかしましたか?」
アラウェンさんの部下二人に問われ、
私は大きく息を吐き―――
「……場所を変えましょう。
ギルド長、支部長室の許可を」
私の顔色が変わった事を察したのか、
「わかった。
アラウェン、フーバー、ルフィタも
ちと付き合ってくれ」
こうして私たちは、応接室から話し合う
場所を変える事にした。
「アラウェンさん。
私にこれを見せた意図は?」
支部長室で席に着くなり―――
私は詰問するように彼に質問を投げかける。
「いやー、シンさん確か、歴史に興味あるって
言ってませんでしたっけ?
それで古い書類が出てきたんで」
ケラケラと笑うアラウェンさんの目を、
私はジッと見つめ返す。
すると彼はふざけた態度を止めて、
「……これは、マルズがまだ帝国だった頃―――
初代皇帝の参謀が伝え残したものと言われて
います。
その参謀は今から70年ほど前、突如として
マルズ国に現れました。
強大な魔力・魔法を持ち、前例の無い技術や
考え、方法を広めた―――
誰かさんのようにね」
その言葉に、室内の人間の視線が一斉に
こちらへと向いた。
「初代皇帝はその助けを得て、周辺国を
わずかな期間でまとめ上げた。
だが、その参謀だった者の前歴は―――
恐ろしいほど記録に残っていない。
生まれも、出身国も、幼い頃の話すら。
まるで突然、この世界に現れたかのように」
「…………」
そこで私は、この世界に来る時に出会った、
神様の話を思い出していた。
『次に行く世界は決まっておるのじゃ!
そこは魔法もあれば竜も精霊も魔物もおる!
悪い事は言わん、『能力』を授けて進ぜるから
望みを言ってみるがいい』
『むう……
あれこれ注文する人間はいたが、お主のような
ケースは初めてじゃ』
そうだ。そうだった。
あの神様は、別世界からこちらの世界に来る
人間が―――
私が『初めて』だとは一言も言っていない。
むしろ、すでに何人か来ていたような
口ぶりだった。
ただ、アラウェンさんの言うようなペースなら、
数十年に一度とか、それくらいの間隔があるの
だろう。
だからその可能性に考えが至らなかった。
思い返してみれば―――
『誘導飛翔体』、あの時に気付くべきだったのだ。
あれはこちらの世界にしては……
明らかに一線を画していた。
通常、技術の発達というものは延長で行われる。
弓があるのなら、今度はその飛距離を伸ばす。
もっともこの世界は魔法があるので、あまり
そちらも発展している様子は無かったが。
石弾もあるので、何らかの媒体を飛ばすという
方法を思いつく人間もいるだろう。
だが、それでも―――
あの『誘導飛翔体』は飛躍が過ぎる。
しかも、非人道的ではあるが、人が乗って
操縦するというところまで実現していた。
そんな事を考えられるのは……
「……その参謀の名前は?」
ようやく私が言葉を発すると、
「それが―――
あんまり残ってないんですよ。
この前、人事異動がありましてね。
自分、一応諜報部隊の総司令になったんで、
だいたいの機密情報は閲覧出来るように
なったんですが、
それでもこの人物についての記録は、
ほとんど残っていないんです」
そこで、部下の二人もフォローするように、
「そこは私どもも手伝ったので―――
間違いありません」
「一説によると、その参謀……
男性だったそうですが、自分の記録が残るのを
嫌って、抹消したのだとか」
フーバーさん、ルフィタさんの言葉に、私は
視線で三人を見回し、
「構いません。
出来る限りの事を教えてください。
こちらも―――
事情を説明します」
そこで私たちは、情報共有する運びとなった。
「シンさん『も』別世界から来た……
なるほど……
こちらでは参謀の事を、『境外の民』と
呼んでいたようです。
まあわかっちゃいたんでしょうねえ」
そう言うと、アラウェンさんは一気に飲み物を
飲み干す。
「しかし、周辺国家侵略・支配の目的が
奴隷解放・亜人差別撤廃ッスか」
「何を考えていたんでしょうね……
その参謀は」
レイド夫妻が呆れながら話す。
「私の世界では―――
少なくとも百年以上前に奴隷制は廃止されて
おりましたし……
差別についても厳しく取り締まられて
いましたから、恐らくそれをこの世界に
合わせようとしての事でしょう」
私の説明に、妻二人はきょとんとして、
「でもシンは別に、そんな事してないじゃん」
「たいていはシンがこちらの世界に合わせて
おるよな?」
「ピュ!」
私は両腕を組んで考え込み、
「ジャンさん。
もしジャンさんが私と同じように別世界へ
飛ばされたとして―――
その世界では洪水とか天変地異の度に、
神の怒りを鎮めるためと称して……
子供たちを数十人生贄にしていました。
としたらどうしますか?」
「まあ、そりゃ止めるだろう。
ただ止める理由―――
それと後の事を考えなけりゃならねえが」
ギルド長の答えにフーバーさん、ルフィタさんが、
「止めるだけではいけないのですか?」
「何の意味も無い事でしょう?」
当然の反応を見せるもギルド長は、
「習慣とか伝統とかは、そんなものだ。
意味が無かったとしても、納得させる何かが
必要なんだよ。
それに生贄を止めさせたところで、また
天変地異が起こったら―――
それも、前より酷い天災が起きたら……
『生贄を止めたからだ』
『もっと生贄を捧げなければ』
って事になりかねんだろ」
さすがは組織のトップというところか。
影響や結果をきちんと考えている。
いくら正しい考えや行いだったとしても―――
それが良い結果になるとは限らないのだ。
「実際、こちらの世界でも生贄を捧げるというのは
広く行われてきましたが……
やがて動物にしたり、人形にしたり、
何かを代用にして―――
少なくとも人間を捧げる事は無くなって
いきました」
「歴史を紐解けば、いくらでもそんな例は
あるでしょうね」
諜報部隊の総司令が追認するように語る。
「……シンが奴隷や、今のこの世界の制度に
口出ししてこなかったのは、そういう理由?」
メルが、私の顔をのぞき込んでくるように
聞いてくる。
「どんな影響が出るか怖くて動けなかった……
という方が正しいかな。
魚や鳥を獲るのも、競争相手がほぼいなかった
からだし、新技術を導入する時はなるべく魔法を
絡める事を心掛けてきた」
そこで私はいったん一息ついて、
「それでも―――
東の村の仕事を奪ってしまったし、
『足踏み踊り』ではここの孤児が狙われ、
王都では多数の孤児がそれ目当てで攫われた。
カルベルクさんのギルドから、冒険者を
引き抜いた形になった事もあるし……
過激な思想の連中にも目をつけられたりと、
悪影響が無かった、とは言えない。
今までは本当に『運が良かった』だけだと思う」
するとアラウェンさんは両目を閉じ、
「ウチの参謀とやらも―――
シンさんくらいの慎重さというか、思慮深さが
ありゃ良かったんですけどねえ」
「そういえば、奴隷制はフツーにどこでも
あるッスよね?」
「それに亜人差別も……
新生『アノーミア』連邦にいたあの司祭、
リープラス派も」
レイド君とミリアさんが、
新生『アノーミア』連邦の現状について問う。
「まあそれは―――
『機密』というわけではありませんが」
「なるべくしてなった、という方が正解
でしょう」
フーバーさんとルフィタさんは、重たそうに
口を開いた。
奴隷解放・亜人差別撤廃―――
周辺国を支配下に置いた帝国は、その二つを宣言。
それらは確かに理想としては分かりやすかった。
だが結果は……
「もともと、新生『アノーミア』連邦で亜人と
いえば獣人族で、そりゃ少数派の彼らの足元を
見る連中はいたでしょう。
そこへ降って湧いた亜人差別撤廃の命令。
ほとんどの商人がその時に、獣人族との取引きを
停止したって話です」
外国の、諜報部隊のトップの言葉に、
「へっ? そりゃどうしてッスか?」
「正当な取引きであれば、別に問題は無いん
ですよね?」
レイド夫妻が当然の疑問を口にするが、
「今までやってきた商売に、突然制限が
付くんだぜ?
それに少数派って事は、取引きの数自体
多くもなかったんだろう。
それなら下手に関わるより―――
スパッと止めた方が問題が少ないと
見たんだろうよ」
ジャンさんが噛み砕いて説明する。
規制や制限がかけられた時、対応する事もあれば
撤退する事もある。
リスクを天秤にかけ、獣人族と取引きを続けた方が
得か否かは商売をする人間が決める事。
ましてや侵略された側としては―――
なるべく関わらない道を選んだとしても、
何ら不思議は無い。
「では、奴隷解放の方は」
私の問いに、アラウェンさんは首を左右に振って、
「こっちはもっと酷い結果を招いたそうです。
解放されたのはいいが、すぐ仕事にありつける
わけでもなく……
それでも大人はまだいい方で、子供たちの方は
食わないと生きていけないわけですから。
孤児院はあっという間に満杯、さらに少数派の
獣人族の子供が入る余地は無かったそうで。
そりゃ人間サマの治める国なら、人間優先に
ならざるを得ないわけでねぇ」
どこからともなく、ため息が室内を支配する。
「人間・獣人問わず子供の餓死者が増大し、
盗賊に身を堕とした子供も多くいたそうです」
「ちょうどこの頃―――
名だたる盗賊が獣人の中から出たと
記録にも残っていまして……
新生『アノーミア』連邦や各国で、獣人差別が
根強いのは、この時の影響も強いと考えられて
います」
総司令の部下二名が続けて補足する。
そりゃあねえ……
犯罪に走るか餓死するか、どちらかを選べと
突き付けられたら。
選択の余地など無かっただろう。
しかしものの見事に―――
『理想を押し通した結果』になっているなあ。
「その後、参謀は……
自分の全財産を各国の孤児・獣人の支援に
宛ててくれと申し出たそうですが、
どこからも拒否されたと―――
それ以来、表舞台に出て来る事は極端に
少なくなったとの事です」
恐らく、自分の引き起こした結果に
耐えられなかったんだろうな。
彼が描いていたハッピーエンドは―――
誰も幸せにならなかった。
それどころか多くの怒りと憎しみと混乱を、
まき散らしたに違いない。
一通り説明を終えたアラウェンさんに、
私は向き直り、
「申し訳ありません。
同郷の者が多大なご迷惑を―――」
頭を下げると、異国の三名は飛び上がらんほどに
驚き、
「いやいやいやっ!?
頭を上げてください!」
「もう何十年も前の話ですし、シンさんには
関係ありません!」
「シンさんが責任を感じる必要は……!」
オロオロする彼らを前に、ギルド長が頭を
ガシガシとかきながら、
「別にお前ら―――
シンと同じような『境外の民』とやらのグチを
言いに来たわけじゃないだろ。
さっさと本題に入れや」
強制的に仕切り直され、アラウェンさんが
姿勢を正す。
「そうでしたね。
んで、この書面が―――
当時の参謀からの話を元に残された、
別世界の記録なんですけど」
「これの詳細を知りたいという事でしょうか」
私が先を促すと、彼はいったん視線を天井へ向け、
「それもありますが……
獣人族の児童誘拐、誘導飛翔体の開発責任者、
そしてマルズ国王都・サルバルにおいて―――
魔力収奪装置を仕掛けた首謀者。
アストル・ムラトという男が、この参謀の
資料の写しを持って逃亡しました」
マルズ国諜報部隊・総司令の言葉に―――
ギルドメンバーは顔を見合わせる。
「行先は恐らく海の向こう……
ランドルフ帝国。
我が国より、技術も文化も数段上の国だと
思われます」
「シンさんに確認したいのは、これらの
実現可能性について、です」
フーバーさんとルフィタさんの視線が、私と
書面を行ったり来たりして上下する。
「…………
戦車に軍船、潜水艦―――
高速で走る車両。
飛行機の類もありますね。
うーん……」
挿絵と記述を見ながら、頭を悩ませる。
「という事はコレ、実際にシンの世界にあった
物なの?」
「70年前ぞ?
同じ物があったのか?」
「ピュ?」
メル・アルテリーゼ・ラッチの質問に、
「もちろん同じではないよ。
相当古い兵器や乗り物だ。
ただ、初めて作るのなら手ごろと言えるのかも
知れない」
私の言葉に、諜報部隊の三人は顔を上げる。
「今すぐ、どうこうはわかりませんが、
誘導飛翔体―――
ミサイルを完成させているわけですからね。
ただ性能的にはまだ、ドラゴンやワイバーンに
追いつかれる程度のものですし……
それほど脅威にはならないかと」
アラウェンさんが三人の中で真っ先に口を開き、
「やはり空を飛ぶモノが一番厄介だと
思っていましたが―――
そういう意味では一安心……ですかね?」
「海もあるわけですから、すぐに侵攻される
可能性は無いでしょう」
「ランドルフ帝国にも、ドラゴンやワイバーンが
いたら、話は別ですけど」
そこで私はある生物の事を思い出し、
「以前、ラミア族の湖で暴れていた『ヒュドラ』が
いましたが―――
あれも?」
そういえば、というふうにウィンベル王国側が、
新生『アノーミア』連邦側へ視線を向ける。
「確かに、大型生物の生け捕りと兵器として
利用する事も、その参謀の資料にあります。
ただ、未知の生物を訓練させたり、また
使えるまでに金が掛かり過ぎると―――
現実的ではない、という指摘も残しています」
まず諜報部隊総司令が説明し、
「あの『ヒュドラ』に関しては、麻痺魔法や
誘眠魔法の使い手を何十人と動員して、
それでも多数の死傷者を出しながら捕らえた
そうですが……」
「維持管理にとてつもない経費が掛かっていたと
聞いておりますので―――
廃棄と実験を兼ねて投入したのではないかと」
続く部下の男女の言葉に、
「ラミア族に取っちゃ、いい迷惑ッスねえ」
「特殊系魔法の使い手だけでも、かなり
貴重なのに……
どれだけお金かかるんだか」
レイド君とミリアさんが、違った視点で
感想を漏らす。
「しかし、どっちにしろこりゃあ―――
俺たちだけでどうこう出来る話でもねぇだろ。
いずれ各国の代表なり何なり呼び出して、
相談しなけりゃならんくらいの事だ」
ジャンさんが事の重大さを改めて把握し、
『もっと上の連中で話すレベルだ』と指摘する。
「それはそうなんですけどね。
取り敢えずシンさんに―――
緊急の危険は無いかどうか確認したかったので」
アラウェンさんがホッとした表情を見せるが、
「いや、わかりませんよ。
不安を煽るわけではありませんが……
何も『そのもの』を実現させる必要は
無いわけです。
どうやって利用するのか、またはどう
魔法と組み合わせるのか。
無暗に焦る必要はありませんが、
油断は出来ません」
そこでまた少し室内の空気が重くなるが、
「まーでも魔法前提で来るなら、
シンがいればどーにでもなるし?」
「相手が何をどうしようが、最大戦力というか
最終兵器がこちら側にいるしのう」
「ピュッピュ」
家族の言葉に室内の空気は、『解決済み』という
雰囲気になり―――
ひとまず、会議はお開きとなった。
「何か今日は疲れたねー」
「しかし、シン以外にも別世界から来た人間が
いたのだのう」
「ピュ~」
自宅の屋敷に戻り―――
夕食後、寝室で家族団らんの時を過ごす。
「私と同じ世界から来たとは限らないけど、
あの資料を見るに、かなり近い世界から
来たのは間違いないと思う」
丸テーブルを囲むように座って、今回の話を
改めて語る。
「そういえば、そもそもヒュドラの件って
魔導爆弾を捨てたのがきっかけだし……
多分それも、その参謀とやらが伝えたん
だろうな」
(■55話
はじめての しょくりょうかいつけ参照)
今思えば、あれも遠隔操作付きだったし、
この世界にそぐわないシロモノだった。
その時の『境外の民』とやらが―――
この世界に与えた影響は、少なからず残って
いたのだ。
「で、どーなん?
話の流れ次第では、かなり面倒な事に
巻き込まれる事になると思うけど……」
メルが心配そうに私の顔をのぞき込む。
「そこはもう仕方ないかな、と思っている。
ランドルフ帝国とやらにあの資料が渡って、
そこが別世界の技術を使って攻め込んできたり
すれば―――
ましてや自分の世界と同じ技術が悪用されると
なれば、知らん顔は出来ないよ」
フゥ、と一息つく私を見て、今度は
アルテリーゼが、
「どんな事になろうと―――
我とメルっちはシンについていくぞ」
「ピュー!」
彼女は涼し気な笑顔で―――
ラッチは元気良く声を上げる。
「まあでも―――
すでに自分の情報は、王家は元よりルクレさん、
ヒミコ様、精霊様たち、魔族の方々にも
明かされていたし。
確かにここらで、ラミア族や魔狼、各国の
トップとも共有しておいた方がいいかも」
私が話題を変えると、
「前からそういう話はあったもんねー」
「良い機会、と思う事にするかの」
「ピュウ」
そこでメルが立ち上がり、
「そーいえばさ!
お布団、新しいのに変えたんだよね?」
「ああ、綿が取れたからね。
児童預かり所にも送ったけど、取り敢えず
こちらのベッドにも一式―――」
と、私の説明が終わるのを待たずに彼女は
ル〇ンのようにジャンプし、
「私が一番乗り~!!」
子供のようにベッドに飛び込んだ。
それを『ヤレヤレ』というように私と
アルテリーゼが見ていたが……
「…………」
「??
ど、どうしたのじゃメルっち?」
突然大人しくなった妻を、もう一人の妻が
心配そうにたずねる。
「や、ヤベぇ……コレやべぇ!
起き上がれ……ない……!
か、体が沈む……」
「大げさであろう。
確かに柔らかそうであるが―――」
続けてアルテリーゼが、ラッチを抱きながら
ベッドの上に身を任せるも、
「な、なんじゃこれは……!
まるで雲の上にいるかのような」
「ピュ~……」
さすがに、綿で作った布団の威力は絶大のようだ。
こちらの世界では布団というと―――
布や動物の毛皮を何枚も重ねた物か、袋にした
布の中に干し草などを入れた物が一般的だった。
自分はアウトドアに慣れていた事もあって、
普通にガマン出来ていたのだが……
やはり寝心地が良いに越した事はない。
私も家族と一緒にベッドに入ると―――
その日は今までの一番の早さで、夢の世界に
落ちていった。
五日後―――
ウィンベル王国王都・フォルロワ……
冒険者ギルド本部。
そこで本部長・ライオットは、アラウェンから
渡された手紙を読んでいた。
同室には、金髪を腰まで伸ばした童顔の女性と、
眼鏡をかけたミドルショートの黒髪の女性が、
静かに直立不動の姿勢で壁際に立っていて―――
「なるほど……
という事はお前も、シンの秘密を『共有』
したのか」
グレーの白髪交じりの短髪をしたアラサーに
見える男性は、書面から顔を上げずに話す。
「そのようで。
で、何かここの本部長に渡せば、後は
いろいろと便宜を図ってくれるって
いうんで―――」
アラウェンは一人、ライオットと対峙し、
公都での話し合いで得た情報を提供しながら
語る。
「確かにこりゃ―――
多くの国を巻き込む問題だ。
わかった。
俺から甥っ子に話を通しておくよ」
「??
その人から王家に話が繋がるんですか?」
諜報部隊・総司令の返しに―――
後ろにいた秘書のような女性二人が、
「それは知らされていなかったのですか?」
「本部長・ライオットは―――
前国王の兄、ライオネル・ウィンベル様。
つまり現国王の伯父にあたります」
サシャとジェレミエルの説明に、アラウェンは
しばらく硬直していた。