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Side日菜
「はぁ…」
これで何回目のため息だろう。
今日のバイトは、ひときわゆううつだった。
「おい、日菜」
だって、晴友くんとふたりっきりのシフトだから。
入る前は夢にまで見ていたのにな…くすん。
「な、なぁに?」
また怒らるのかな…?
今日はまだなんにもしてないんだけど…。
「今日テレビの取材入るから、おまえが出ろ」
へ…。
これは、予想以上のイジワルです…。
「て、テレビ!?今日テレビが来るの!?」
「ああ。地元のローカル情報番組だってさ。ちょっと新作紹介して、リポーターの相手するだけだから、おまえでもできるだろ」
「そ、そんな…!」
普通のお客さまを相手するみたいに簡単そうに言われても…!
「しょ、祥子さんは!?」
「姉貴は用事で外出中」
「じゃ…じゃあ晴友くんが…」
以前だってテレビに出たの知ってるよ…!
しかも全国版の結構な人気番組で、その時が初めてのテレビ紹介だったんだよね。
ただでさえ口コミで人気が広まりつつあったのに、その紹介を機にいっそうお客さま(特に女の人)が増えちゃって、今もしょっちゅうできる行列は、その時から始まったんだから…!
「俺は絶対に嫌だ。テレビになんて二度と出ねー」
売り上げにはつながるけれど、やっぱり晴友くんは快く思ってなかったんだ。
そうだよね…女のお客さまの相手で毎日大変そうだもんね…。
なにせ、お客さんの前『だけ』は、とーってもやさしいから…っ。
とは言っても…
「…ごめんなさい…わたしテレビになんて無理です…。人前で話するのだって勇気がいるのに…」
「言い訳は聞かねぇ。出ろ」
晴友くんの言葉は厳しかった。
予想していたことだけれど。
「もうちょっとで来るから準備しておけよ。俺は紹介するメニューの準備で忙しいから、話すこととかひとりで考えろ。いつも接客で言ってること言えばいいからさ」
「ま、待って…晴友くんっ…」
お店の奥に行こうとする晴友くんの腕を、わたしは思わずつかんだ。
そんなわたしを見下ろして、晴友くんは驚きと困ったような表情を浮かべる。
「…は。泣きそうな顔してんじゃねぇよ」
だって…あんまし、ひどいから…。
「どうして…」
「…」
「どうしてそんなにイジワルなの…」
どうしてわたしにだけ、イジワルなの…。
痛っ…。
悲しくてつらくて涙が流れ続ける頬を、晴友くんが軽くつねって、独り言みたいにつぶやいた。
「知らねぇよ…んなこと…。こっちが聞きてぇよ」
…どういう意味…?
思わず見上げると、晴友くんはいっそう不愉快そうに顔を歪めて、突き離すようにわたしから離れた。
「じゃあしっかりやれよ。言っとくけど、もし失敗して店に泥をぬったら、おまえ、クビだから」
テーブルに店員の人たちがファクスで送ってくれた紹介内容の詳細と進行表を置いて、晴友くんはホールに出てしまった。
わたしは途方に暮れて立ち尽くした。
なにがなんだかわからないまま、だったけど、でもひとつだけ確信したことがある。
晴友くんは、やっぱりわたしのことが嫌いなんだ。
大っ嫌いなんだ…。
※
「日菜ちゃん」
立ち尽くしてもうなんにも考えられなくなっているところに、暁さんが話し掛けてきてくれた。
「どうしたの。そんなに青い顔して。また晴友にイヂワルされたの?」
さすがこれは…イヂワルだよね…。
わたしは小さくうなづいた。
「実は、今日のテレビ紹介に出ることになったんです」
「え?今日は晴友くんが出るって祥子さんから聞いてたけど」
瞬時に察したのか、暁さんは「あちゃー」と苦笑いを浮かべた。
「わたし…絶対失敗すると思うんです…。もうどうすればいいのか不安で」
「さすがにやりすぎだなぁ、晴友のやつ」
「店に泥をぬったらクビだ、って…。わたし、まだまだここで働きたいです…」
「そんなことまで言ったのアイツ?また心にもないことを…」
「?」
「いやいや、独り言。ま、大丈夫だよ、日菜ちゃん。そんなこと絶対にあり得ないし、結局怒られるのは晴友だから。でも、このままだと、あんまりくやしくないかい?」
「え…」
「こうなれば、晴友を見返してやろうよ」
「ついてきて」と暁さんに手を引かれて向かったのは、休憩室の奥にある倉庫だった。
ここには店員の制服や事務用品がしまってあるんだけど…。
「じゃーん。これ着てみなよ」
そこから暁さんが出したのは、黒いワンピースだった。
「これは…?」
「日菜ちゃんたちホールの女の子の新しい制服だよ。美南ちゃんにはもう渡していたけれど、日菜ちゃんはまだだったろ?」
「は、はい…」
「祥子さん、たぶん日菜ちゃんを見てムラムラっとなって作ったんだろーな。あの人、ほんとこういうことは早いから…。…しっかし。メイド喫茶にでも転身でもするつもりか…?」
って暁さんがぼやくくらいに、制服は今のデザインがちがっていた。