テラーノベル
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彼女は、困惑しながらも、通話アイコンをタップさせた。
「…………もしも……し……」
優子は、思わず周囲を見回しながら、おずおずと応答した。
『…………久しぶりだな…………優子』
「…………ごっ……ご無沙汰……してます…………専務……」
電話の相手は、かつての上司でもあり、売女として優子を買った松山廉だった。
『元気そうで……何よりだよ』
低く、落ち着いた声色は、三年前、毎週のように会っていた時と変わらない。
けれど、年月を重ねたせいなのか、廉の声音に、渋さと円熟味が増したように感じてしまう。
優子は、ブースから背を向けてしゃがみ込み、通話を続けた。
『皮革工房…………立ち上げたんだな』
画面の向こうから、穏やかに廉から話し掛けられた優子は、彼が皮革工房の設立を提案してくれた事もあり、胸がいっぱいになってしまう。
でも、なぜ廉が優子のショップを知っているのか、と疑問が掠めるけど、彼女はそのまま、スマートフォンを耳に当てた。
「は……はい。オンラインショップ限定ではありますが…………やっと…………軌道に……乗り始めて……」
事件から今日まで、皮革工房で成功するために邁進してきた三年間を思うと、優子の視界が、ぼんやりと滲む。
「これも、専務が…………横浜で同伴した際、アドバイスをしてくれたお陰です。ありがとう……ござい……まし……た……」
優子は、通話を続けながらも、ペコリと頭を下げる。
『いや、俺は何もしてないよ。あの時、君が刑務作業で製作した黒革の財布を見て、思った事を言ったまでだ』
「でも、専務の提案がなかったら…………私は……今も適当な人生を……送っていたかもしれません……」
『そうか。俺は…………君の人生を……大きく変えたって事になるのかな』
画面の向こう側から、廉の快活に笑う声が聞こえてくる。
『それに…………』
彼が、言葉を詰まらせたのか、黙ってしまった。
深いため息が優子の耳朶を震わせた後、廉がポツリと言葉を零す。
『……エストスクエアマルシェの優子の店…………かなり盛況だったな』
「…………え……?」
優子は、跳ねるように立ち上がり、広場に身体を向けると、キョロキョロと見渡した。
コメント
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え?ここにいるの?