サラサラとした砂を踏みしめながら、神殿の中を歩く。聖女殿の近くの神殿とはまた違った、神聖な空気感と、静かさ故の恐怖。そのどちらもを肌で感じながら、私たちは神殿の中を歩いていた。
「エトワール、怖いの?」
「こ、怖くなんか……きゃぁっ!」
ばさばさっと何かが、神殿内を飛び立つ音が聞え、私は思わず、ラヴァインに抱き付いてしまった。それを面白そうに見つめているラヴァインと、腹立たしい、嫉妬、みたいな顔で睨んでくるグランツ。やはり、二人の仲は良くないんじゃないかって思えてしまった。今後、大サソリが出てくる可能性もあるから、連携は大切になってくるんだけど、この二人、大丈夫かなあ、なんて思ってしまう。今は、信じるしかないし、自分の身は自分で守らないと、と私は強く心を持つ。
「そういえば、何でこの神殿は、廃墟になったの?」
「ほんと、なーんにも知らないんだね。エトワールは」
「いちいち、小言挟まなきゃ話せないの?アルベドみたいよ」
「……、兄さんといっしょにしないでよ。俺の方が、何となくハンサムじゃん?」
「はあ?意味分かんないんだけど」
「ジョークも通じないの?エトワールは」
と、ラヴァインは、あり得ないというように、目を丸くした。まん丸なおつきさまがそこにあるなあ、何て思いつつも、馬鹿にされている気がして、そして、その冷たいギャグに対して、どう答えれば良いのか分からず、私は無視をしてしまった。
ラヴァインは、酷いなあ、何て言っていたけど、私とグランツに冷たい視線を向けられれば、黙り込んでしまった。
「それで、答えてくれないの?」
「へいへい」
「……」
「あー、えっとそれで。廃墟になった理由だっけ?まあ、そんなの簡単で、大サソリがでたって言うことと、立地が悪いってことかな。真偽は定かじゃないけど、真実の聖杯が、大サソリの毒によって犯されたせいで、ここら一帯の水が出なくなったとか。それで、人が住めるような環境じゃなくなったせいで、廃墟になったと。ああ、でも、聖女殿の近くにある神殿に移ったっていうわけじゃなくて、ここを手放したっていうのが正解。あっちは、あっちで、ものすごーく歴史が長い」
と、ラヴァインはいうと、頭の後ろで手を組んだ。
私は、ふーんと、興味半分に聞いていたが、もし聖杯を持って帰ったとしたら、ここら一帯は、また酷いことになるんじゃ無いかとも思った。そうなるなら、持って帰って良いものかって考えてしまう。でも、真実の聖杯がないと、自分の無実を証明することが出来ない。
(リュシオルの命もかかっているし)
「まあ、エトワールの考えてることなら分かるよ。本当に優しいね。エトワールは」
「何よ、いきなり」
「大丈夫。安心しなよ。真実の聖杯を持っていっても、ここら辺の状況がさらに悪化するってこと無いから。寧ろ、エトワールの聖女の力で、水を元通りにすれば、いい宣伝にもなるんじゃない?」
「簡単に言うけど……でも、聖女の力なら」
確かに、聖女の力なら可能かも知れないと思った。ラヴァインのいうとおり、自分の名声を上げるためには、良いかもしれないと思う。自分の評判が何をしなくても悪いから、今回、水や、ここ一体をどうにか出来たら、皆の評価も変わってくるかも知れないと。でも、簡単じゃないことは分かっている。
ラヴァインがいってくれたから、少しだけ光が見えた気がした。
まあ、それで、皇帝陛下の気持ちが変わるわけではないだろうし、どうにもならないことは、此の世界に幾つもあるわけで。
「確かに、ラヴィのいうことは正しいかも知れない。聖女の力があれば、もS化したらってこと、出来るかもだし……」
「でしょ?周りの人間が、皆が皆、エトワールのこと嫌っているわけじゃないし、感謝してる人もいるんだからさ、こういっちゃあれだけど、そういう人達も巻き込んで、皇帝陛下の気持ちを変えれば良いんだよ」
「う、うん。ありがとう、ラヴィ」
良いこというじゃん、と思いながら、私は、彼の顔を見る。にこりと笑って、それが、少し胡散臭く見えてしまうのは、いつもの事なんだけど、感謝の気持ちがないかと言えば、あるわけで。
私も素直じゃないなあ、なんて感じつつ、やってみる価値はあると、気持ちを入れ替えることは出来た。まあ、まずは、真実の聖杯を手に入れるところからだけど。
(にしても、薄気味悪すぎる。元は、神殿だったのに、ここまで荒廃するの?普通……)
如何にも、何かが出てきそうな、内装、空気、雰囲気に圧倒されて、私は何も言えずにいた。びくびくと震えてしまうのは仕方ないことで、何か、話していないと、砂が落ちる音や、コウモリが飛び出す音さえも、気になってしまう。
グランツに、何か話して、と彼の方を見てみたが、険しい顔をしていて、いつもよりも警戒心バリバリっていう感じて、何というか、見ちゃいけないって感じもした。
「ぐ、グランツ?」
「……っ、何でしょうか。エトワール様」
「え、ああ……何で、そんな顔してるのかなあって思って。何か気になること、あった?」
「……そう、ですね。静かすぎるっていうことでしょうか」
と、グランツはいうと、辺りを見渡した。
普通は、違う。もっと、騒がしい、とでも言うように聞え、私も辺りを見渡した。変わった様子があるかと聞かれたら一度もきたことがないので、分からない。けれど、雰囲気が変、というのだけは分かる。
「一回、きたこととかあるの?」
「いえ……ですが、静かすぎると思いませんか?」
「ま、まあ……人が住んでいないんだし、こんなものだと思う……けど」
「罠、とか。俺は、そう考えてしまいますけどね」
そういうと、グランツは、剣を鞘から引き抜いて、石畳に向かって振り下ろした。金属音が神殿内に響き、石畳の隙間に突き刺さった剣から、何やら魔方陣が展開し、パリンという音を立てる。
(違う……これって……)
グランツが魔法を使ったのではない。グランツが、ここ一帯にかけられていた魔法を切ったのだ、と私は後から気がついた。私達、いや、この神殿を包み込むような大きな結界。それを、グランツは一瞬にして破壊した。相変わらず、等々だ。っそいて、やることのスケールが大きい、と思いつつ、ちらりとラヴァインを見れば、凄く興味深そうに、彼を見つめていた。
「穴が空くのでやめてください」
「あ、え、ごめん」
「違います。そちらの、紅蓮の方です」
「ん?いや凄いなあ、と思って。さすが、ユニーク魔法。それに、魔法を検知する能力が他の人とは比べものにならないなって思って。凄いね、第二王子様」
「……」
ラヴァインは、そう、馬鹿にするのか、誉めているのか分からない言葉をかけて、乾いた拍手を送った。それが、腹立たしいというように、グランツは、眉をひそめながらも、剣を鞘に戻す。
「ぐ、グランツ、いつから、気づいていたの?」
「魔法のことですか……来たときから既に、嫌な空気が漏れていたので。俺は、ユニーク魔法のおかげでもありますが基本的に、魔力を感知するのが得意なんです。ごく僅かな魔力でも感じ取れる……変装魔法とか、それを見破るのは得意です。エトワール様の、護衛として、役立てる能力だと思っています」
「た、確かに……」
いわれれば、そうだ、とは思うけど、わざわざ口にして言うところを見ると、誰かへの当てつけみたいに思えてしまう。でも、グランツのユニーク魔法は、そんなところにも、発揮されるんだと、確かにそれもそれで興味深かった。ラヴァインが興味深そうに見るのも、納得できる。
けれど、いったい何の魔法がかけられていたのか。神殿一帯を覆うほどの魔力。もしかしたら、聖女殿やその近くの神殿にかけられているような防御魔法では? とも思ったが、グランツの顔を見ているとそうでもないらしい。誰かが、悪意を持って書けた魔法だと。
一体誰が、何のために? と考えていれば、いきなりぐらぐらっと神殿が揺れ始める。
「地震!?」
「いーや、違うね。出てくるよ、彼奴が」
「彼奴?」
ラヴァインが、一気に攻撃態勢に入ったことにより、彼奴の正体が、すぐに分かった。地を揺らし、地面を突き破って、もの凄い砂埃を立てて出てきた、黒い鋼鉄の身体に、大きな毒針を持った魔物が私達に牙を剥く。
「大サソリ……」
ピリッと変わった空気に、私の身体も一気に警戒態勢に入る。学んだとおり、空気感染をしないように、魔法を纏い、私は溜めていた魔力を形にした。
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