「さてと、これは、きっと、何かの証拠、と、いうことね、お前様?」
橘は、書き付けを、集めると、髭モジャに、そっと目配せしながら言った。
「あー!それ!橘様!きっと、きっと、守近様の荷受けの記録ですよ!」
「ほお!!女童子《めどうじ》よ!新《あらた》が、言っておった、守近様宛の、荷か!!!」
「紗奈《さな》、そうかも、知れないわね。屋敷に、これだけ、輩に入り込まれていた、と、いうことは、不明の荷物、の、記録かも。今日や昨日の話ではないだろうし……」
「兄様!中身を改めて見ましょう!」
「あ、いや、それは、ダメじゃ、女童子よっ!!」
髭モジャが、必死に紗奈を止めた。
その様子から、やはり、と、常春《つねはる》は、思う。
橘も、髭モジャも、おそらく、中に、書かれていることを知っている。そもそも、晴康《はるやす》の正体を知っているということは、その、事情も、知っている事になる。
やはり、紗奈には、真実を、まだ伝えない方が良いということなのか。
それで、二人して、紗奈の気を晴康から、逸らしているのだろうが……。
紗奈は、なかなか、引かない。まあ、事の始まり、といってもいい、謎の一つがこれで、解けるかもしれないと、思い込んでいる様子で、髭モジャに食ってかかっている。
さすがに、本当のことも言えず、このまま、勘違いしてもらいたくもあり、と、髭モジャも困りきっていた。
「紗奈、よさないか!今は、身を守る事が一番だろう!誰が敵で、誰が見方かわからない。しかも、陣地と思っていた所は、敵地だったのだぞ?書き付けは、橘様に預けて、後で調べればよいだろう!」
常春の機転に、すまん、と、言いたげに顔を歪めた、髭モジャがいた。
「……お前様、いつまでも、いて、よいのですか?新に、勘づかれませぬか?」
「うん、そうじゃな、あの様子では、ここも、知っているかも知れぬなぁ」
一気に、皆に緊張が走った。
紗奈の房《へや》に、いることになっている、のに、もぬけの殻、だったならば、さて、どう、出てくるか。
そもそも、紗奈と、橘を追って、居るであろう場所へ、やってくるのならば……、明らかに、押し込みを始める、つもり、ということではないか?
いや、調理場《くりや》で、髭モジャの戻りを、ただ、待っているかも知れない。
が、ここで、動きが読めないと、指をくわえて皆で顔を付き合わせていてもよいのか、と、いう話になる。
「新め!なんとか、仕返ししてやるっ!」
紗奈の鼻息が荒くなった。
「わっ、紗奈、お前、また、無茶をしようとしているな?!今度は、向こうも本気に、なるんだぞ!!」
書き付けの件はなんとか、誤魔化せたのに、今度は、仕返し──。
「兄様、安心して!無茶はしないから!いい考えがあるの!」
だから、それが、一番恐ろしい事なのだと、常春は、思う。
「橘様!ここは、元々、武蔵野様の房でしたよね?ならば、閉じ込め部屋の鍵も、残っているのではないのでしょうか?」
「はあ?女童子《めどうじ》よ、なんじゃ、それは?」
あのね、と、紗奈は、語り始めた。
「ははは!!そうじゃったのか、あの、婆も、いや、武蔵野様も、やるもんじゃのお!」
「そうなのよ!髭モジャ!私が、何かしでかしたら、紗奈!!って、閉じ込め部屋に、連れていかれて、外から、錠前を、ガチャン!なんだから」
「そりゃあ、女童子が、悪さするからじゃろう?」
「えー、だって、私、まだ、子供よ!!あんな、所に、閉じ込められたら、もう、恐ろしくて!」
今使っている、塗篭《ぬりこめ》は、言わば、二代目で、古くなった旧塗篭は、単なる物置小屋として、使われていた。
そして、仕置き部屋として、時おり使われていたのだと、紗奈は言うが、しかし、その存在も、皆、忘れかけている。その場所と、新と、一体……。
「新を、閉じ込めるのよ!」
ふふふと、底意地悪く紗奈は、笑った。