うーんと、髭モジャが唸った。
自分の策に酔いしれ、ふふふと、低く笑っている紗奈《さな》を見て、一人には、しておけないと、思ったからだ。
かといって、常春《つねはる》では、無理。まして、晴康《はるやす》の事で、弱りきっている今は、分が悪いとしか言い様がない。
相手は、新《あらた》だ。検非違使だった頃、かれこれ手を焼かされた。ならず者達とは、切れて、頭、とまで、呼ばれる立場になったと、髭モジャも、安堵していたのだが、そうでは、なかったようで、どう、考えても、新が、屋敷に潜入している者達へ、指示を送る為に、やって来ているとしか、思えなかった。
そんな、男に、素人が、太刀打ち出来る訳はない。ましてや、紗奈だ。
髭モジャも、ついておいてやりたかったが、外には、外で、子悪党が、待機している。
新からの指示を、恐らく、西市の裏路地長屋にて、待っているはずだ。
そこには、髭モジャが検非違使時代、目をつけていた、スリの集団がいる。そして、新の息子とやらの、八原《やはら》も──。
その、面子が、橘含め、ここにいる者達を、踊らせた。
髭モジャとしては、そちらを、どうにか抑えたかった。
すると、新への援軍を断つことにもなる。
「髭モジャ、心配しないで、鍾馗《しょうき》を借りれる?一緒なら、少しは安全でしょ?」
「鍾馗ですって?!」
橘が、泡を食う。
「紗奈!あれは、体が大きいだけで、新の悪知恵には、無理よ、無理!」
「うん、その体が大きいのが、必要なのよ」
「紗奈!だが、新が、刃物でももっていたら!いくら、体が大きい鍾馗殿でも!」
常春が、慌てて、止めに入る。
「だから、私なのよ、そして、タマ。新も、油断するでしょ?とにかく、鍾馗を呼んで来てほしいの」
「はい、タマの、出番と、いうわけですね!鍾馗様を読んで来ます!」
タマは、あっという間に、房《へや》を出て行く。
「ああ、もう、人の話は最後まできちんと聞きなさい……」
橘は、鍾馗の居場所も知らないくせに、それに、もし、もう、動きが、はじまっていたら、手下に捕まっていたらと、先を読みつつ、心配している。
「女房殿、ワシも、仕返しに出る。紗奈が動いたのじゃ、勘づかれては、皆が危ない。すまんが、直ぐに立つ」
「ええ、そうしてください。お前様。こちらの動きが、伝わる前に……」
「あ!では、私も!髭モジャ殿!」
出て行こうとする、髭モジャを、常春が追うとした。
「ならん。常春殿は、ここで、女房殿を、守ってやってくれ。晴康殿と一緒にな」
チラリと、床に転がる、人形に、髭モジャは、目をやった。
「あら、そうだわ、このままは、まずいわね。葛《つづら》の中にでも、ひとまず……」
言いながら、橘は、まるで、赤子をあやすかのように、優しく、人形を床から取り上げた。
「あ、あの!」
「ダメじゃ、常春殿は残るのじゃ」
いえ、と、常春なりに、観念したようで、髭モジャに、これはなんだと、床に突き刺さっている、刃物を、指差した。
「あー、それか!護身用に、調理場《くりや》から、持って来た、包丁なんじゃがの、色々あって、突き刺さっているのじゃ」
ははっと、笑うと、髭モジャは、真顔に戻る。
「常春殿、そして、女童子や、これ、の、使い方を言っておくぞ」
「髭モジャ?」
「女童子、特にお前は、おなごじゃからな、狙われやすい。お前が、懐に忍ばせておけ。新と、対決するようじゃしな」
「あ、そうだ、紗奈には、私が……」
いいかける、常春を、また、髭モジャが制した。
「女童子には、うちの鍾馗がおる。それに、タマもじゃ。常春殿が、出れば、新も、警戒する。ちいと、抜けた面子なら、新も、油断するじゃろう」
「そうそう、そうなのよ、新も、私と、タマが、仕返ししようと、しているなんて、思ってないはずだから……って、髭モジャ、抜けた面子って!どうゆうことよ!」
「おっと、長居は無用じゃ!女童子よ、無茶はするな。そして、刃物は、襲われた時だけじゃ。振り回さず、どこでも良い、グサリと行け。そして、足払いで、相手を倒せ。無理なら、股間を蹴りあげろ!よいな!」
無茶苦茶じゃないと、言いながらも、紗奈は、頷いた。
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