コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……それならきちんとチェーンをかけて、おまえが入れないようにしておくさ」
「そんなことをするなら、ずーっとピンポンを押し続けよーっと」
「無視する」
「だったら無視できないコトを、扉の外でしちゃうかも。たとえば陽さんが感じやすいところを、大声で斉唱してみるとか!」
(どうしてコイツは、斜め上を行くようなことばかり言いやがるんだ。お蔭で反論する気にもなれない)
「他にも好きそうな体位を、いろいろあげてみるのもいいかもしれない!」
「馬鹿なことを言うよりも、俺が提案したことを実践したほうが、建設的だと思うがな」
告げられる数々のセリフを聞き、渋い顔で頭を抱えた橋本の声を聞くなり、宮本の表情が途端に険しいものになった。
「今日の仕事と部屋の整頓……でしたっけ?」
「ああ。俺のことをあげ連ねる簡単なことよりも、今日の仕事で汗水垂らして働いたり、部屋の整頓をきちんとやった上で、欲しいものを貰うほうが、ドМのおまえの性癖にピッタリだと思う」
公衆の面前で自分のことを大声で言われたら敵わないと、まっとうな理由をつけた橋本。それを耳にするなり、宮本の顔がふたたび崩れる。
「陽さんってば俺のすべてを、隅から隅まで理解してますよね。愛されてるなぁ♡」
「……そういうことにしておいてくれ」
顔が崩れていようが、変なやり取りを恋人としていても、宮本の運転はまったく乱れがなく、安心して同乗することができた。同じドライバーとして、こういうところに凄さを感じずにはいられない。
「照れちゃって。陽さんかわいい」
「うっせぇぞ、クソガキ」
「大好き……」
噛みしめるように告白した宮本は、橋本の右手首を素早く掴むなり、手の甲にちゅっとキスを落とした。
「そういうの、いきなりするなよ」
「だって陽さんの手、空いてるじゃないか。暇そうにしてたからしたんだけど」
「同乗者にちょっかいかけるな。危ないだろ」
「だったら、はい!」
注意した橋本の言葉もなんのその、宮本は掴んだ右手首を引っ張って、自分の股間に触れさせる。
「おいおい、余計に危ねぇだろ……」
「陽さん専用ですよ☆」
無理やり下半身を触れさせたてのひらを押しつけるように、橋本の手の甲に触れる。宮本の体温がてのひらの前後からじわじわと伝わってきたせいで、自分の頬がぽっと赤らむのがわかった。
「好きな人にこうして触ってもらえるのって、幸せなことだなぁと思います」
「強引に触らせてるくせに」
「陽さんの手を拘束するような、無理な力が入っていないというのに――って、おっとっと!」
橋本の右手に触れていた宮本の手が、シフトチェンジのために使われる。突然フリーになった橋本の右手。元に戻すのは簡単なのに、それができなかった。
橋本が下半身に触れた数秒後に、宮本自身がちょっとだけ硬くなった。それをてのひらで感じ取った瞬間、余計に外せなくなり――理由は運転している宮本を困らせたいのがひとつと、好きな男を自分の手で感じさせたくなったから。
「雅輝……」
橋本の心情を表すような上擦った声で、名前を呼んでしまった。昨晩の熱が再燃しているみたいに、躰の奥が疼いて堪らない――。
「なぁに、陽さん?」
それとは対照的に、宮本の声は弾んでいた。自分だけが欲しているのかと思うと、なんだか気落ちしてしまう。
(恋の舵きりをすべく、主導権という名のハンドルを握りしめているのは、宮本のほうが実際は多いのかもしれない。たが俺だって男なんだ。好きなヤツをとことんまで追いつめて、徹底的に翻弄させたいと思うのが普通だろ)
橋本は気を取り直して宮本の耳元に唇を寄せるなり、フーっと息を吹きかけた。すかさず宮本の股間に触れている右手に、ちょっとだけ力を込める。
「真昼間からこんなコトをさせた責任を、今夜きちんと取れよな。わかってるだろう?」
「いっ、言われなくても、仕事を手伝ってくれたお礼を含めて、サービスするつもりでいましたけど」
「そんな義務じゃ嫌に決まってるだろ。雅輝の気持ちの全部をぶつけてくれなきゃ、俺は満足しねぇぞ」
橋本が告げる誘うような言葉の連続に、宮本の喉がごくんと鳴った。
主導権のハンドルを見事に奪還した瞬間、どこに辿り着くかわからない恋の迷宮で彷徨うことを、橋本は知らなかった。
だって相手は宮本、一筋縄ではいかないことが決まっているのだから。