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脳内が停止した。

俺を掴んでいる若菜の手とその熱さが、停止した脳を揺さぶろうとする。



“ここで寝て”



手を出さないように―――若菜が安心するように床で寝ようとしたのに、その若菜が俺の腕を離さない。



若菜は真っ赤だった。

頬を膨らませ、睨むようにこちらを見つめる若菜に対し、しどろもどろの声が出る。



「あっ、や、え……っと……」

「………」

「…………うん」

「じゃあ、寝よ」



若菜は俺の腕を引っ張って、ベッドの奥側へ横になる。

反射的に俺も体を横たえようとするが、頭の中は真っ白になったままだ。


一瞬、身を起しかけた。

でもここで横にならなければ、若菜が怒るのは目に見えている。



心を決めて、ぎこちない手で若菜を腕の中に納めると、若菜の髪が自分の喉元にあたった。

一緒に横になると決心したのに、心臓がばくばく言っている。



こうしたい、と思ったことはあるし、付き合ったんだから、いつかは一緒に寝ることだってあるとは思っていた。


でも唐突にその機会が訪れると、スマートになんてできない。

それに、今は今で、若菜にどう思われているかが気になって仕方がなかった。



そろ、と若菜の髪を撫でると、せっけんの香りがふわりと立った。


何度か撫でるうち、緊張より愛おしさが沸き上がってくる。

そうなると、すこしだけ力が抜けた。



「……寝れそう?」

「……まだわかんない」

「そっか」



若菜は身じろぎして俺の胸に顔をうずめる。

とりあえず、寝られるまで背中を撫でていよう。

そう決めて優しく撫で続ければ、若菜の身体の力も抜けてきた。



「……ありがと。ちょっと落ち着いた」

「そっか」

「……さっきの」

「え?」

「変に思った?……ベッドで寝てって言ったこと」

「いや。ほんとはそういうの、俺が言わなきゃいけないかもって思いはした」

「ほんとだよ。湊が言ってくれてたら、顔から火が出そうにならなくて済んだのに」



若菜がうらめしそうな声で言う。

その後、ふっと吐息を吐くように笑った。

息がかかってくすぐったく感じながら、俺も小さく笑みを浮かべる。


「そうだな。今度からは気をつける」

「うん」


若菜の身体が動いた。

そのまま顔をあげた若菜と、目が合う。



顔が触れそうな距離だった。

豆電球の薄明かりの中、お互いの目が合った。



ドキッとしたのは俺だけじゃないと、若菜の表情を見てわかる。


この空気が気恥ずかしい。

恥ずかしくて目を逸らしかけた。

でも俺がとった行動は、目を逸らすでも、照れ隠しに抱きしめ直すでもない。



顔を近づけ、若菜の額に触れるだけのキスをする。


それは本当に無意識で、愛おしさが熱されて、膨らんで、頭より先に体が動いた。



若菜が息をつめたのがわかった。

同時にぶわっと熱が沸き上がる。



やばい。

嫌だっただろうか。



自分でも予想外の行動に動転して、思わず体を離そうとした。

その時、胸のあたりに新たな感触を感じる。



「――――――」



若菜が俺の服を掴んでいた。


それはとても小さな動きだったけど、俺のしたことが“嫌でない”とわかるのには十分で―――ただそれだけで、今のを受け入れてくれたのだとわかってほっとした。

力が抜ける。



もう一度同じ場所に小さく唇をつけた。


衝動といえば衝動的な行為。


でもさっきよりは“そうしたい”という意志があって、ドキドキしているのに、気持ちは落ち着いていた。



若菜が好きだ。



この気持ちはずっと昔から胸の奥にあったものだけど、関係が壊れるのを恐れた俺が、無意識に見ないように、意識しないようにしてきた部分だった。


でももう隠す必要もないし、若菜も俺が好きだと思ってくれている。



一度、二度と口づければ、胸の奥から抑えがたいなにかが沸き上がってくるのを感じた。

若菜は動かない。

嫌がっていないのは感じるけど、どう思っているのかわからないから、こっちを見てほしいと思う。



キスをやめれば、若菜の力がすこし抜けた。

長年一緒にいたけど、こんなことしたことがないから、緊張していたんだろう。

後ろ髪をぽん、ぽん、としながら、愛おしさの塊が言葉になって滑り落ちた。



「若菜。好きだ」



恥ずかしいとか、かっこ悪いとか、そういうことをとっぱらった、正直でまっさらな気持ちだった。



普段これを言うのは、俺にとって勇気がいる。

でもこうして距離が縮まれば、触れ合っていれば、込みあがってくる温かな気持ちがそのまま言えた。



「……うん。私も、湊が好き」



小さな、でも、確かな声が胸元から聞こえた。

胸が温かく震える。



お互いのことを言葉にしなくても分かり合えていると思っていた。


それでよかったし、それでも満足していた。


でも、今言葉にして、言葉にしてもらって、よりお互いの気持ちが確かだとわかる。


若菜といて温かな気持ちになることは何度もあったけど、感じたことのない満ち足りた気分だった。




好きだ。



シンプルで温かくて絶対的な想いが、心の真ん中から浮き上がってくる。


それからはもう、あんまり覚えていない。


若菜の柔らかさだとか、ぬくもりだとか、絡め合った手の力強さだとか……そういったものが断片的に思い出されて、自分の中に吸い込まれて焼き付くようだった。



息ができないほど若菜を求めて、若菜に溺れて、大事にしたいと何度も何度も思って。

若菜にしがみつかれたところが熱くて、焦がれるように痛くて、ただ全身で若菜を感じて、愛を覚えた。



終わった後は、若菜を抱きしめながら、言葉にならない気持ちも抱えていた。


喜び。安堵。ぬくもり。


そしてなにより、“ようやくここへ来られた”という気持ちが、一番近いかもしれない。



ひねくれて気づかないふりをしていたけど、本当は、若菜とこうなりたかった。

今これだけ満たされていたら、こんなに満ち足りた気分なら、『若菜と恋人になりたかった』と素直に認めざるを得ない。




腕の中に若菜がいる。


今、本当の意味で一番近くにいる。


これからもこの先もずっと―――この場所にいたい。



“幼なじみ”



俺たちを表すものは長年『幼なじみ』だった。

それだけの関係は卒業して『恋人』へ、その先は『家族』へ向かって進んでいきたい。




薄いカーテンの裏から、陽の光が射してくる。

穏やかなに眠る若菜から目を外して、何気なく光のほうに視線を向けた。



気持ちが高揚していたからか、眠らないまま夜が明けた。

不思議と眠気はない。

心は穏やかで、いつまでも若菜の髪を撫でていられそうだった。



光が明るさを増し、部屋の中も次第に明るくなる。

若菜を起こさないようシャワーを浴びて部屋に戻ると、若菜はまだ眠っていた。



……寝顔を見たのは、若菜が居酒屋で眠りかけた時以来かな。

あの時は俺のベッドで若菜が眠っているなんて、想像することすらなかった。



自然と頬が緩む中、スマホを手に取る。

時計表示は07:57。



(若菜は13時から仕事だって言っていたっけ)



ここから電車で二時間はかかるし、そろそろ起こさないといけないか。



ローテーブルに置きっぱなしだったコップをさっと洗うと、そこに水を注いで飲んだ。

その時、後ろで気配が動く。


30歳になっても、ひとりなら。

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