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次の日。
平日。
朝の家は、いつもより静かだった。
赫は今日も保健室登校。
時間に追われる必要がなくて、鞄を背負ったまま、少しだけ立ち止まる余裕があった。
(……昨日のままじゃ、無理だ)
胸の奥に残った違和感が、
一晩たっても消えなかった。
学校に着くと、
赫はそのまま保健室には向かわず、
職員室の前で足を止めた。
深呼吸、一つ。
「……よし」
学年主任の先生の名前を確認して、
軽くノックする。
「失礼します」
先生は顔を上げて、赫に気づくと、少し驚いたように目を見開いた。
「どうした? 体調は」
「……大丈夫です」
赫は、まっすぐ立った。
「今日は、お願いがあって来ました」
先生は椅子を引いて、
赫に座るよう促す。
「話、聞こう」
赫は、膝の上で拳を握った。
「……俺、
証拠になった動画を、見せてほしいです」
一瞬。
先生の表情が、固まる。
「……理由を、聞いてもいいか」
「はい」
赫は、逃げなかった。
「俺、守られたって言われました」
声が、少しだけ震える。
「誰かが、自分を後回しにして。
俺の代わりに、やられてたって」
「でも……」
赫は、唇を噛んでから続けた。
「それが誰かも分からないまま、
安心して守られてるの、俺、嫌です」
先生は、しばらく黙っていた。
机の上に置いた手を組み、
慎重に言葉を選ぶ。
「……気持ちは分かる」
「でも、昨日も話した通りだ」
「動画の提供者、
そして映っている被害者については、
本人の同意がない限り、見せられない」
赫は、少しだけ俯いた。
でも、すぐに顔を上げる。
「……じゃあ」
「条件、教えてください」
「条件?」
「その“本人”が、
どんな状態になったら」
赫の声は、静かだけど必死だった。
「“もう本人の同意とか言ってられない”
そう判断されるのは、どんな時ですか」
先生の目が、はっきりと揺れた。
「……それは」
一拍置いて、低く答える。
「命や心身の安全に、
明確な危険があると判断された時だ」
赫の喉が鳴る。
「……もう、そこまで来てる可能性は?」
先生は、答えなかった。
答えない、という答え。
その沈黙が、
赫の胸を強く締めつける。
「……俺」
赫は、立ち上がった。
「俺、
その人を守られて終わりたくないです」
「守られたなら、
今度は俺が、ちゃんと向き合いたい」
先生は、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
「今は、見せられない」
「でも」
視線を、赫にまっすぐ向ける。
「気づいた違和感は、
絶対に無視するな」
「それが、
誰かを救うきっかけになる」
赫は、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
職員室を出たあと。
廊下の窓から、校舎裏の方角が見えた。
死角。
赫は、無意識に、
そこから目を離せなくなっていた。
(……誰だよ)
(俺の代わりに、苦しんでたのは)
その答えが、
すぐそばにあることに、
まだ気づかないまま。
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