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一週間後のホームルームの時間。
今回は劇の演目と配役、その他の係などを決める予定になっている。
監督であるミアは教壇に立ち、一つ咳払いをすると演目について語り始めた。
「まず、劇のジャンルですが、これまでの文化祭で上演された演目と観客からの評判の統計から見るに『恋愛物語』が鉄板で一番人気です。ですので、私たちのクラスでも恋愛ものをやりたいと思います」
監督からの期待どおりの説明に、女子生徒たちから拍手が起こる。ルシンダもミアの意外な説得力に思わず感心してしまった。
(これが社会人の力……!)
これも前世の仕事で鍛えた能力なのか、人前で自信たっぷりに話すミアがなんだかいつもより格好よく見える。
「では次に演目……の前に、主役の配役について決めてしまいたいと思います。まず、男主人公はアーロン殿下!」
ミアから名前を呼ばれたアーロンが笑顔を浮かべる。
それと同時にライルは残念そうに溜め息を吐き、エリアスはつまらなさそうに目を逸らした……のだが。
「──と、もう一人。ライル様!」
「え……?」
アーロンとライルがぽかんと口を開ける。
「──さらにもう一人。エリアス殿下!」
「……は?」
ライルだけでなくエリアスまで加わり、三人は理解が追いつかないのか目を丸くして固まっている。
その中で、何とかアーロンが声を絞り出して尋ねた。
「……男主人公が三人もいるのですか? ヒロインは一人なんですよね……?」
「はい、ヒロインが一人、男主人公が三人です」
「それは一体どういう……」
「ふふふ、アーロン殿下。今、恋愛小説市場で次に流行ると言われているものが何かご存知ですか?」
「いえ、分かりませんが……」
「それは……逆ハーレムです!」
ミアがバンッと教卓を叩く。
「逆、ハーレム……?」
男主人公役の三人が不思議そうに首を傾げる。
「そうです。ヒロインが個性豊かな複数の美形男子から想われる、女子的に胸キュンな展開です。我がクラスにはハイスペックなイケメンがこんなにいるんですから、これを活かさない手はありません!」
「な、なるほど……」
「そういうものか……?」
「まあ、男主人公が三人なのはいいとして、肝心のストーリーはどうするつもり?」
エリアスが頬杖をつきながら尋ねる。
「ストーリーはですね、今回は古典作品『白百合姫』をアレンジしたお話にしたいと思っています」
『白百合姫』とは、前世の白雪姫に似た物語だ。
美しく清楚な王女リリィが、女王である継母に妬まれて城を追われ、森での殺害を命じられた狩人に同情されて逃してもらい、森の民であるエルフとしばらく暮らした後に、隣国の王子に見初められて結婚し、めでたしめでたし──。
この世界で子供から大人まで広く知られているお話だ。
「この中の隣国の爽やか王子をアーロン殿下、情け深い狩人をライル様、ミステリアスなエルフをエリアス殿下に演じていただければと思います!」
配役を発表した途端、クラスの女子生徒たちが色めき立つ。
「ぴったりの配役だわ〜!」
「絶対キュン死にしちゃう!」
「もう大成功の未来しか見えない……」
全員うっとりとした表情で、ストーリーと男主人公の配役はもはやこれで決定したも同然だった。
「私は王子役ですね。分かりました、演じやすそうで助かります。……ちなみに、ヒロイン役は誰が?」
アーロンが期待のこもった眼差しを向ける。ミアは満面の笑みを浮かべ、ウインクして答えた。
「ヒロインの白百合姫は、白百合といえば聖女、聖女といえばルシンダ、ということで……ルシンダにお願いしたいと思います!」
「えええっ!? わ、私っ!?」
今までどこか他人事のように話を聞いていたルシンダが驚きの声を上げる。
「わ、私、演技なんてできないよ。セリフだって覚えられるか心配だし……」
泣きそうな顔でぶんぶんと手を振るルシンダをミアが優しく諭す。
「大丈夫、ヒロインのセリフはあまり多くしないようにするわ。それに、ルシンダなら絶対に可憐なヒロインを演じきれると思うの。夏休みに公爵邸で見たあなたは素晴らしい役者だったわ! ね、お願い! わたし、今年もルシンダと一緒に文化祭で最高の思い出を作りたい……」
両手を組み、うるうるとした瞳で上目遣いに見つめてくるミアの姿は、ルシンダの心をかなりの力で撃ち抜いた。
「ミア……そんなに……」
「ルシンダ、わたしのためだと思って……だめ?」
最後のダメ押しのように、こてんと小首を傾げてお願いをされ、ルシンダは陥落した。そもそも親友からここまで頼まれて断れる性格ではないのだ。
「……分かった。私、やってみるね」
「ありがとう、ルシンダ!」
一瞬、「計画通り」とでも言うような表情が見えた気がしたが、きっと気のせいだろう。
ルシンダは気持ちを切り替え、みんなと楽しい思い出を作れるように頑張ろうと決意した。
他の女子生徒たちも「あのお三方を相手にするなんて、私だったら演技する前に気絶しちゃうわ」「セリフなんて絶対飛んじゃう!」「ルシンダさんが適任だと思います」と口々に言い合っていて、どうやら異存はないらしい。
「ルシンダ、お互い主役として頑張りましょうね」
アーロンがルシンダの席までやって来て片手を差し出す。ルシンダは慌てて立ち上がって握手した。
「あ、はい! よろしくお願いします!」
アーロンは満足そうに微笑むと、ミアを振り返って尋ねた。
「……ちなみに、最終的にヒロインと結ばれるのは、原作どおり王子なのですよね?」
確信をもった、ただ期待どおりの答えを聞くためだけの問いに、ミアが明るい笑顔で答える。
「違います」
「えっ!?」
想定外の返事に愕然とするアーロンをエリアスが鼻で笑う。さっきまで明らかに退屈そうだったのに、ヒロイン役が決まってから急に楽しそうな表情になっている。
「じゃあ、ヒロインは王子からの求婚を断って、エルフとずっと森で暮らすことを選ぶんだね?」
「それも違います」
「は?」
憮然とするエリアスを差し置いて、今度はライルが慎重に問う。
「……ということは、もしやヒロインは狩人の優しさに絆されて──」
「残念、違います」
「違うか……」
薄々そんな気はしていたものの、ばっさり否定されてライルが肩を落とす。そんな様子を哀れそうに見やり、レイが困惑したように訊く。
「つまり、誰ともくっつかないってことか?」
もっともな質問に、ミアの口元が自慢げに弧を描く。
「ふふ、それがこのアレンジのいいところなんです。ヒロインは三人の男主人公に想われながらも、女王の悪政を正すために恋の道を捨てて謀反を起こし、自らが女王となります。男主人公たちはヒロインに永遠の愛と忠誠を誓い、終幕。下克上ざまぁ成り上がり要素もある胸熱の展開ですね!」
「それはそうかもしれないが……恋愛ものをやりたいんじゃなかったのか?」
「いいですか、レイ先生。考えてみてください。それぞれに熱いファンのいるお三方の中で明暗が分かれてしまったら、確実に不満が出てきてしまいます。そして何より、ルシンダが劇とはいえ誰かと結ばれることになったら、どんな手を使ってでも妨害しかねない人物がいます。こうした懸念をなくすためには、こうするのが一番なんです」
「あー、たしかに……」
ミアの熱弁にレイも三人も、臨海学校で水泳の授業を無くしてしまった、ある人物を思い浮かべる。
「ミア嬢の仰るとおり、このストーリーが私たちが攻められる限界かもしれませんね」
「劇自体を潰されたらかなわないからな」
「……避けられる争いは避けたほうがいいかもね」
「でしょう? では、これで決定ということで! はい、次は他の役と係もサクッと決めていきましょう」
こうして、今年の出し物もすっかりミアの思惑どおりになっていくのだった。