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「そういえば、ルーのクラスは文化祭で何をやるか決まった?」
ある日の放課後、生徒会室で仕事の手伝いをしていたルシンダにユージーンが尋ねた。
「あ、私のクラスは演劇をやるんです」
「演劇か。ルーは何か役をやるの?」
「私はヒロインの役を……」
「ヒロイン!? すごいじゃないか!」
「えっと、ミアが推薦してくれて……」
「ミア嬢が? へえ、なかなか見る目があるじゃないか。ところで、何の劇なんだ?」
ユージーンの問いかけに、生徒会室に手伝いと称して遊びに来ていたミアが得意げに答えた。
「白百合姫をベースにした私のオリジナル脚本で、ヒロインが狩人とエルフと王子に愛されるのですが──」
「は? 狩人とエルフと王子に愛される?」
「はい、ちなみに男主人公三人の役はそれぞれライル様、エリアス殿下、アーロン殿下がやります」
「だめだ! そんなの許可できない!」
案の定、ユージーンがクレームをつけ始める。
「もっと他に健全でいい話があるだろう?」
「たとえば?」
「たとえば、ヒロインが美味しい料理やスイーツを食べて幸せになる話とか、ヒロインが色々なドレスを着て可愛くなる話とか……」
「……それ、劇で観て面白いですか?」
「僕は面白い」
ユージーンの重度のシスコン思考にミアは軽く目眩を覚える。
「はぁ、残念ながらユージーン様お一人のためにやる劇じゃありませんので。それに安心してください。男主人公たち三人はヒロインに告白しますが、全員振られます」
「振られる? 全員?」
「はい。ヒロインは全員振って継母を倒し、女王になって、めでたしめでたしです」
「ははっ! それはいいな」
ミアの説明を聞き、すぐさま機嫌を直すユージーン。最終的に振られるのであれば、途中の男主人公たちからのアプローチもなんとか我慢できるようだ。
ユージーンは、ひとしきり笑った後、ルシンダの頭を愛おしそうに撫でた。
「最前列で鑑賞しないとだな。ルーの演技を楽しみにしているよ。ミア嬢には録画用の魔道具の準備を頼みたい」
「はいはい、分かりました。まったく、そんなにルシンダにベタベタしていると、クリス様に叱られますよ」
ミアがクリスのほうをちらりと見ながらユージーンに釘を指すと、クリスは意外な反応を見せた。
「……いや、仲が良いのはいいことだ。ユージーンはルシンダの兄のようなものだから」
「クリス……急にどうした……?」
クリスなら、こんな風にルシンダに馴れ馴れしくするユージーンを見れば不快そうに注意しそうなものだ。なのに、苦言を呈するどころか、二人の親しさを肯定するようなことを言い出すものだから、ユージーンとミアは驚いて顔を見合わせた。
「別に。僕のエゴよりルシンダのほうが大切というだけです」
クリスは淡々と返事をし、書き終えた書類の束をまとめて揃える。
「ルシンダ、僕も劇を楽しみにしている。きっと上手くできるから自信を持つんだ」
「はい! ありがとうございます、お兄様!」
クリスからの励ましに、ルシンダが嬉しそうに笑う。
その屈託のない笑顔を、クリスはまるで目に焼き付けるかのように、いつまでも見つめていた。
◇◇◇
それから二日後の登校時。
「やった! 完成したわ!」
目の下にクマをたたえたミアが、原稿のようなものを掲げて駆け寄ってきた。
「台本ができたの?」
ルシンダが尋ねると、ミアは解放感に酔いしれるようにクルリと一回転して破顔した。
「そうよ! やっと書けたの! さあ、今日から演技の練習に入るわよ〜」
今までは台本が出来上がっていなかったため、劇に出る生徒たちは待機で、衣装や小道具、大道具の準備を始めていた。
「もう、男主人公たちがあれこれ意見を出してくるから、忖度したり却下したりするので疲れちゃったわ」
「ミア、大変だったんだね。お疲れさま。今日から練習頑張るね」
「ありがとう、ルシンダ! ちゃんとカッコ可愛いキャラクターに書いておいたからね」
「うん、演技指導よろしくお願いします」
「もちろん! じゃあ、私はみんなの分をコピーしてくるから、先に教室に行っててちょうだい」
「わかった、また後でね」
ルシンダが教室に行くと、エリアスが声をかけてきた。
「ルシンダ嬢、おはよう」
「エリアス殿下、おはようございます」
笑顔で挨拶を交わし合っているところに、アーロンとライルもやって来る。
「アーロン、ライル、おはようございます」
二人にも挨拶したところで、そういえば、とルシンダが切り出した。
「今朝、劇の台本が完成したそうですよ。後で、私たちの分の台本がもらえるみたいです。今日から演技の練習をするってミアが言ってました」
「やっと完成したんですね。ルシンダはもう読みましたか?」
「いいえ、まだです。アーロンたちは台本の内容に助言されたりしたんですよね? 素晴らしいです。私はそういうことを思いつかなかったので……」
ルシンダが反省して言えば、アーロンが爽やかに微笑んだ。
「私は、ヒロインと王子の邂逅がより印象的になるよう、アイディアを出しただけですよ。それよりも、私たちということは、エリアス王子やライルも台本に口を出したということですか?」
水を向けられたエリアスが、むっとしたように言い返す。
「口を出すって言い方はどうかと思うな。僕だって、エルフの人物像を自分なりに解釈して伝えただけだよ」
「そうだぞ、アーロン。俺も、狩人の優しい面が観客にもっと伝わるように、こういう演出はどうかと言ってみただけだ」
ライルも心外だと言わんばかりに答えると、コピーした台本の束を抱えたミアがやって来た。
「あら、皆さんお揃いでちょうどよかったです。台本ができたのでお渡ししますね」
冊子の形にまとめられた台本が四人に配られる。
パラパラとページをめくって読み始めたアーロンが、形のいい眉を不機嫌そうに寄せた。
「……エルフはこんなにヒロインと距離が近かっただろうか? もっと淡々と見守る人物だったような……」
原作のイメージとかけ離れた描写に疑問を呈すると、エリアスが素知らぬ顔をして答えた。
「長い時間独りだったエルフは、きっと暇を持て余していて、突然現れたヒロインに好奇心を抱いたはずだ。気になってつい近づくのも当然のことさ。というか、この狩人のほうがおかしくない?」
「おかしいってどこがですか?」
批判の矛先を向けてきたエリアスにライルが首を傾げる。
「森で怪我をしたヒロインと偶然再会して、手当てをして送り届けるって、これ必要かな?」
「このシーンがあるからこそ、狩人の誠実さとヒロインへの想いが際立つんじゃないですか。劇のクオリティのためにも必要です。それに、狩人のシーンよりも、王子のシーンのほうが違和感があるような……」
「違和感? そんなものありますか?」
アーロンがにこにこと尋ねる。
「初対面なのに、髪に口づけて頬に触れるだなんて、やり過ぎでは?」
「でも、原作からして王子は初登場時からヒロインに愛を囁いているでしょう? そもそも男主人公の中で一番最後の登場なんですから、このくらいのインパクトは必要では?」
「それは……」
ぐだぐだの論争をする三人に、ミアがピシャリと言う。
「お三方の要望はちゃんと取り入れたんですから、文句言わないでください。台本はもうこれで決まりですからね。それと、今日の放課後から練習を始めますので、それまでに一通り目を通しておいてください。ルシンダ、もうすぐ授業が始まるから席につきましょ」
「あ、そうだね!」
そうしてルシンダをかっさらっていくミアに、三人はぐうの音も出ないのだった。