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「それで?その後は三人で何を話したんだい?」
「ほとんど婚約の報告だよ。『式には是非来て欲しい』とか、そんな。何とか気さくに話しかけたつもりではいるんだが、終始硬直してて顔面蒼白だったから……どんな印象子だとかは何とも言えないな」
「表向き、対人恐怖症らしいからね。しょうがないかもしれないよ、それは」
「突っ込みどころ満載な対人恐怖症だな。まぁ、んでもアレだ。俺がお前の学生時代からの友人でもあるって話にだけは簡単に釣られてくれたな」
「……え!?」
ドクンッと、少し心臓が跳ねた気がする。
「すんげぇ嫌そうな顔しながら真剣に俺の話を最後まで聞いてくれたよ。お前、相当嫌われてるな」
「い、嫌そうだったのに、話は最後までしたんだ」
(根性あるな、武士!)
「『それで?』だ『何をしていたんですか?』だ何だって突っ込んで訊いてきたからな、話を止めるに止めれなかったんだよ」
「へぇ……そう、なのか」
自然と顔がニヤけてしまい、僕は咄嗟に口元を隠した。
「しかし、学生時代の話なんて、俺に訊かないで直接お前に訊けばいいのにな」
「そ、それは無理だよ!僕等は……面識がほとんど無いんだしね」
「……おい、今更嘘言うな。あの家、新品の家具ばっかで超浮いてたぞ?しかも全部お前等が好みそうな物ばっかりだったし。雪乃が居間に入った瞬間『お洒落』だ『綺麗』だと喜んで、それに対してあの子は苦笑いしかしてなかったから絶対にあの子のチョイスじゃない。雪乃には当たり前の物過ぎて気が付いていなかったが、あれは明らかに可笑し過ぎるって」
「そんなに変だったかな……」
美的センスには結構自信があったので、少しヘコんだ。
「変なんじゃなくて、あの年齢のああいった『普通の家』に住んでる子が、海外の超高級お取り寄せ品みたいな家具を買えるかアホ!ってんだよ」
「——なるほど!それは盲点だったよ!!」
僕は膝を軽く叩くと、納得顔で隣に座る武士の方を見た。
「で?雪乃の話じゃないのに随分と喰いついてきたが、あの子はお前の何なんだ?」
膝に右手で頬杖をつきながら、武士が僕の方へ顔を向ける。興味津々といった眼差しがグサグサと容赦なく刺さって痛い。
「あ、あれ?そうだったかい?な、何って、別に……」
続く言葉が出てこない。どう誤魔化そうが武士を気を逸らせるとは思えなかった。
「『無関係』『雪乃の親友』——そういった言葉は通用しないぞ。まぁ、ぶっちゃけ俺に話さないといけない理由も無いんだが、もしお前があの子が好きだって言うんだったら、正直凄く安心出来る」
「それは、僕が雪乃の事を愛しているからかい?」
「……お前が馬鹿じゃない事は知ってる。家族愛以上の好意じゃなく、一線を越える気も無いって信じている。もっとも、もし本心ではその線を超えたくとも雪乃が受け入れる訳が無いんだが……でも俺としては確証が欲しい。お前とは、義兄弟になるんだからな」
「雪乃の事を『一生愛し続ける』って、僕は妹が生まれた日に決めたんだ。それを変える気はないし、変えたくない。それに……正直僕にもよく分からないんだ。僕にって、芙弓が、どういった存在なのか」
「好きなんじゃないのか?」
「他人に対して湧く、そういった感情がどういうものなのか僕にはよく分からないんだよね。『雪乃以外は愛さない』『僕が一生守る』って決めてずっと生きてきたから。だけど……正直な話、ずっと心のどこかで芙弓の事が気になってはいた。『あの子は今、何処に居るんだろう?』『あの人形は本当に君が作ったのかい?』ってね」
「あの人形?あぁ、雪乃が大事そうにしてるお前の模造品か」
「……はい?」
思いも寄らぬ言葉に、一瞬思考が停止した。
「金髪の蒼い目をした、馬鹿みたいにリアルな人形の事だろう?芙弓ちゃんだったかが作ったとかってヤツ」
「そう。それだけど、今……君、『僕の模造』って言ったのかい?」
「誰がどう見てもアレはお前だろ。『昔、思い出のアルバムを二人で見て、次に会った時にはその人形を彼女がくれたんだ』って、前に雪乃が話していたし」
「ど、どうして処女作が『僕』なんだい?」
「アホか、俺が知る訳ないだろ、それこそ本人に訊けよ。まぁ、あらかたお前が初恋の相手とかだったんじゃねぇか?——って、あぁぁぁぁ、慣れない話続きで胸焼けしそうだ」
無造作に髪をかき上げ、武士がぼやくように言った。
「あはは……僕もだよ」
僕がそう答えた時、「——武士さん!両親が帰って来ましたよ、今ここに来ますから」と、雪乃が少し緊張した顔付きで応接室のドアを勢いよく開けながら言った。
「あ、兄さんも帰ってたの?」
僕と目が合った瞬間、雪乃の眉間に少しシワがよった。
「……雪乃が、僕も呼んだよね?」
妹の冷たい視線で背筋にゾクッとしたものが走る。名前に相応しい冷たさがいっそ気持ち良い。
「予定が合えばって思って一応したメールだったから、今日は来ないと思っていたの。兄さんここ最近、異常に忙しくしていたし」
「そりゃぁ、これからの長期休暇の為だったからね!数年ぶりの長い休みを是非雪乃と——」
両手を妹の方へと広げ、ちょっとふざけた声を出す。でも、隣に座る武士の視線が刺さるように痛く、半分本気の冗談はすぐに止めた。
軽く咳払いをし、「向こうの席に移ろうか」と応接室の中央に置かれている大きな来客用のテーブルセットを武士に向かって指差す。
「あぁ」と短い返事と共に軽く頷き、武士はソファーから立ち上がると、彼は着慣れないスーツを少し整え、軍隊行進でもしているかのような足取りで移動し始めた。
「緊張しているな」
雪乃も同じ様に感じていた様で、互いの目を見ながら軽く笑顔になった。久しぶりに雪乃と自然に笑い合えた気がして心の中が晴れやかな気分になっていく。
妹は好きだ、他の誰よりも。
——今でも僕が一番に雪乃を愛していると断言出来る。
……なのに、その『妹』と『親友』が結婚する為に、僕等の両親に挨拶に来ているという今の状況を、僕は驚く程穏やかな気持ちで迎える事が出来そうだ。自分が深く信頼出来る相手との婚姻だからなのか、もっと別の心境の変化が僕の中にあったからなのかは——
正直、自分でもよく分からない。