僕等三人がそれぞれ席に座ると、メイド達が新しい紅茶とお菓子をテーブルの上に並べ始めた。
「ありがとうございます」
武士がメイドに礼を言うと彼女達は軽く礼をして部屋から出て行った。それと入れ替わりで「待たせてしまってすまなかったね」と、少しくぐもった声で入って来たのは僕等の両親だ。そんな両親の姿を見て、武士はとても驚いた顔で「——んな!?」と声を上げると、重くて大きなソファーごと後ろへ少し下がってしまった。
「お、お父様!?なんて格好をしてるんですか!」
武士から少し遅れて雪乃が叫ぶ。僕はといえば、両親の姿に対して腹を抱えて大笑いする事しか出来なかった。
「ん?どうしたんだい?雪乃。過度な緊張は一番会話を不味くするからね、これくらいは必要だろう!?」
腰に手を当て、ちょっと偉そうに『父さんだと思われる存在』がふんぞり返る。
「そうねぇ、でも……ちょっとやり過ぎなんじゃないかしら?雪乃ちゃんたら、本気で怒っているわよ?」
のんびりとした声で母さんはそう言うと、『大きな頬』に手を当てて軽く首を傾げた。
「お父様もお母様も、今日は何の日か分かっているんですか?」
雪乃の声と肩が、怒りのせいでぷるぷると震えている。
「もちろん!雪乃の選んだ婚約者に会う日だろう?やぁ、実に見目のいい男じゃないか。世に言う所の『イケメン』ってやつだね、彼は」
父さんはそう言いながら右腕を少し上げると、グッと手を握り、ガッツポーズをとった。
「じゃあ何で……貴方達は二人して、ウサギの着ぐるみ何か着てるんですか!」
真っ赤な顔で雪乃は両親を指差す。
「面白いからだ!」と即答したのはもちろん父さんだ。
「ゆ、雪乃……別に俺は気にしないから」
雪乃が声を荒げる姿を見る機会があまりなさそうな武士がなだめる様に言う。彼的には『ロイの両親だしこんなもんだろ』と受け止めている感じがした。
「はっはっは!君は実に寛容でいいね、僕の若い頃にソックリだ」
「あ、ありがとうございます」
武士はそう父さんに向かい答えたが、白ウサギに言われても納得は出来ないだろう。むしろ『どこがだ!』と言いたいに気分に決まっている。僕相手なら何でも好き放題言えるのに、僕等の両親が相手ではそれが出来ず、武士は少しもどかしそうだ。
そんな武士を余所に、歩き難そうにテーブルのある方へのそのそと両親が揃って移動する。後ろには父の執事が続き、慣れた様子で椅子を引いて、真顔のままウサギな両親を席に座らせる手助けをしてくれた。
「さて、まずは自己紹介からかね」
真剣な声で言った父ウサギに向かい、「まずはその頭を脱ぐ事が先です!」と雪乃が目を吊り上げる。
「あら、そういえばそうね」と言った母さんの方は時既に遅く、ウサギ頭を被ったまま紅茶を口元へ運ぼうとしたのか、白い着ぐるみの口元近くを紅茶色に染め上げてしまっていた。着ぐるみの大きなお手々でよくまぁそこまで運んだものだ。案外母さんは器用な人なのかもしれない。
「お母様!?」
「あらイヤだ、お婿さんの前で私ったら」
「あははは!お前はまた可愛い事をしてくれるなぁ」
母の行動に対し、嬉しそうに父さんが笑った。
「はは……ははは」と空笑いする武士を見て、僕は再び腹を抱えて大笑いした。
——そんなこんなで、僕の発想の斜め上をいく両親と武士の対面を見ながら、終始僕は笑いっぱなしになり、あまりまともに話をする事は出来なかった。まぁ、そもそも僕が何かを話さなければならない事もなかったし、緊張も強制的に解されたおかげで武士は普通に話せていたし、結果的には大成功の引き合わせだったんじゃないだろうか。
雪乃がどう思ったかは……まぁ、この際考えない事にして。
僕としても、この集まりは収穫が多かったと思う。まさか、武士から聞けるとは思ってもいなかった予想外の話で長年の疑問が多少は解けて、心の荷が降りた様な気がするし。
でも、心の整理はまだ出来た訳じゃない。
僕はどうあがいてもやっぱり、『雪乃』を愛している。
『妹』だけを——愛している。
だが、『芙弓』の存在が心の隅に引っ掛かり、引きずり続けているのもまた事実だ。
そんな事からは目を逸らし、無かった事にしようと長年考え続けてきたが、まるで不治の病が身体を侵食していく様に自分にはどうする事も出来なかった。今も尚その侵蝕は心を蝕み続け、『一生雪乃だけを愛する』と決めた僕の信念を崩壊させようとしている。侵蝕される事を拒み、色々と試してはみても、やはり僕の中に存在する『何か』が全く排除出来ない。底無し沼にでも嵌った時の様に『ソレ』から逃げる事は……もしかしたら不可能なのかもしれない。
(さて、抵抗が無駄ならどうする?)
家族の初対面も終わり、僕だけになった応接室の中で一人。ソファーに座り、窓から差し込む月明かりに身を任せながら僕は膝に頬杖をついた。
絶対に認めたくない感情が、目の前にある。
僕が永遠に守りたい者が、自身の意思で『唯一』を得てしまった今、僕はそろそろ本気で目の前の問題に立ち向かうべきなんだろうか……。——そんな無駄な葛藤が心の中で続く中、不意に見上げた窓の向こうに見える月だけは、いつもの様に美しかった。
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