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第7話: 【川キャンプ】おい、お酒、くれ。【手抜き生活】
川の音が聞こえた。
村の東側。
新しくできた防壁の向こう。
木々の間を抜けた先に、細い流れがある。
昨日まで、そこはただの川だった。
水をくみ、手を洗い、時々子ども達が石を拾う場所。
ロッカにとっては見張る場所で、ミレナにとっては地図に線を引く場所で、リクにとっては石の音を試す場所だった。
ナギにとっては、まだ少し遠い場所だった。
けれどその朝、川はやけに騒がしかった。
「最高だなああああ!」
村まで届く声。
ナギは目を開けた。
桶が枕元で言った。
「起きてえらい!」
「桶、そこにいたのか」
「置かれてえらい!」
「会話が成立してるようでしてない」
スマホが震えた。
転生タイムライン。
【 川キャンプ最高!】
投稿傾向
川キャンプ
野外生活
お酒依存度、高
ナギは画面を見て、しばらく黙った。
「最後の一文が不安すぎる」
外へ出ると、もう皆が集まっていた。
ロッカは短剣を腰に差し、川のほうを見ている。
ミレナは帳面を開きかけている。
リクは木の棒を持って、石を叩く気満々。
マヒロは朝から声出しをしている。
カイは眠そうに地形を見ている。
ひなたは子ども達を後ろに集めていた。
また声が響いた。
「川! 石! 枝! 流木! 水音! 全部ある! もうここキャンプ地!」
ナギは深く息を吐いた。
「もう面倒くさい人っぽい」
ロッカが言う。
「見に行くぞ」
「だよな」
川辺へ向かう道は、カイが昨日作った木札のおかげで迷わなかった。
川はこちら。
足元注意。
ぬれた石に気をつけて。
木札がぴこぴこ揺れている。
ナギはそれを見るたび少し笑ってしまう。
川へ出ると、そこに男がいた。
短く刈った茶色の髪。
モカ色の上着。
丈夫そうなズボン。
背中には古びたリュック。
腰には小さなナイフや小鍋。
片手には木製カップ。
男は川のそばにしゃがみ込み、石を組んでいた。
「ここを炉にして、こっちに寝床。あっちに干し場。水場は近いけど近すぎると危ない。風向きはこっち。木は倒れてるやつだけ使う。最高。ここ、最高」
早口だった。
ナギはそっとロッカを見る。
「話しかける?」
「お前が行け」
「こういう時だけ押し出すなよ」
男が顔を上げた。
目が合った。
次の瞬間、男はぱっと笑った。
「人! よかった! 俺、川辺ダイチ! 自宅の横の川でキャンプしてたUP主です!」
ナギは手を上げた。
「久瀬ナギです」
ダイチはナギの手を握り、ぶんぶん振った。
「ここ、いい川だな!」
「初対面で川を褒められても」
「水の流れがいい。石もいい。薪もある。虫は多いけど、それも味」
ロッカが眉を寄せる。
「ここは村の近くの川だ。勝手に住まれては困る」
ダイチは真剣にうなずいた。
「住むんじゃない。キャンプ村にする」
「もっと困る」
リクが目を輝かせる。
「キャンプ村、いいっすね」
マヒロも乗る。
「ライブできる?」
カイは川辺を見て言った。
「地面は少し整えたほうがいい」
ミレナは帳面に書いた。
「到着直後から拠点化を始める。川への愛着が強い」
ひなたは子ども達を後ろに隠しながらも、少し興味を持っていた。
「子どもが遊んでも安全にできる?」
ダイチは胸を張った。
「できる。水場は危ない。だからルールを作る。浅い場所、入っちゃだめな場所、休む場所、火に近づく時の合図。キャンプは自由だけど、雑じゃだめだ」
ナギは少し驚いた。
「ちゃんとしてる」
ダイチはうなずいた。
「ちゃんとしてないと楽しくないからな」
その時、ダイチの動きが急に止まった。
手にした石を見つめる。
置きかけた枝を見つめる。
目がすっと遠くなる。
ナギが首をかしげた。
「どうした?」
ダイチは震える声で言った。
「ない」
「何が」
「お酒」
全員が黙った。
ダイチは膝から崩れ落ちた。
「お酒がないと、設営が進まない……」
ロッカが冷たい目で見る。
「帰れ」
「帰る場所がない!」
マヒロが口元を押さえる。
「そこだけ切実」
リクが小声で言う。
「能力の燃料っすかね」
ミレナはスマホをのぞき込んだ。
ナギの画面には、能力欄が浮かんでいた。
能力名
川辺キャンプビルド
効果
最低限の道具と自然素材で、巨大なキャンプ拠点を作る。
補正
川への理解。
野外生活の経験。
火起こし成功率。
一口目の幸せ。
注意
お酒がない場合、作業速度が著しく低下。
ナギは顔をしかめた。
「注意欄がひどい」
ダイチは地面に手をつき、低くつぶやいた。
「水はある。川もある。火も起こせる。だが、足りない」
ロッカはため息をついた。
「村に酒は少しある。祭り用だ」
ダイチが顔を上げた。
「本当か」
「だが渡さん」
また崩れた。
ナギは頭をかいた。
「お題……」
ロッカが止める。
「待て。何をする気だ」
「お酒を出すのは危ないから、違う方向で」
ダイチが顔を上げる。
「出せるのか?」
「出さない」
「なぜ!」
「話が進まなくなるから」
ナギは川を見た。
流れる水。
石。
木の影。
朝の湿った匂い。
一口目の幸せ。
本当に必要なのは、お酒そのものではないのかもしれない。
設営の始まりにある、気分が上がる何か。
川辺で飲む一口の、あの顔になる瞬間。
ナギは息を吸った。
「お題。キャンプ好きがお酒なしでも設営を始められた理由とは」
ダイチが祈るように見た。
ナギは答えた。
「川の水が、一口目だけ最高にそれっぽい気分にしてくれる」
川の表面がきらりと揺れた。
ダイチの木製カップに、水が少しだけ跳ねて入る。
ダイチはそれを見つめた。
「……いいのか」
「水だぞ」
「でも、気分は?」
「たぶん補正が入る」
ダイチはゆっくり飲んだ。
一口。
その顔が、ぱあっと変わった。
「っかああああ!」
ロッカが引いた。
「水だぞ」
ダイチは立ち上がった。
「始めるぞ! 川キャンプ最高!」
その瞬間、地面に四角い光ではなく、柔らかい円の光が広がった。
石が集まる。
枝が並ぶ。
古い葉がよけられる。
流木が転がる。
川辺の草が、寝床に向いた柔らかさへ整っていく。
ダイチは動き始めた。
速い。
石を三つ置く。
そこに枝を渡す。
小鍋を引っかける。
水場から少し離して炉を作る。
風下に煙の逃げ道を作る。
ぬれた場所には足場を敷く。
最低限の道具しかない。
けれど、手が迷わない。
リクが感動して木を叩いた。
「作業音、いいっす」
ダイチが笑う。
「音があると進むな!」
リクがすぐにリズムを入れる。
とん。
かん。
とん。
かん。
マヒロが歌う。
川の歌。
朝の歌。
火を待つ歌。
ひなたは子ども達に言う。
「川に近づく時は、大人と一緒だよ」
子ども達がうなずく。
カイは地形を見ながら、簡単な足場を作る。
「こっちはぬかるむ」
ダイチが親指を立てる。
「助かる!」
ミレナは書き続ける。
「最低限の道具で拠点構築。周囲の協力で速度上昇。水一口で作業再開」
ナギは少し離れて見ていた。
ただの川辺が、変わっていく。
炉。
寝床。
干し場。
食事場。
休憩場所。
子ども用の安全な浅瀬。
見張りの小台。
雨をよける屋根。
村とは違う。
家ではない。
でも、外にいても安心できる場所。
巨大キャンプ村。
ダイチは止まらなかった。
「ここに薪置き場! こっちに鍋! ロープ代わりのツタ! 石は踏み場! 泥は使い方次第で壁! 川の音は精神安定!」
ロッカがつぶやく。
「うるさいが、役に立つ」
ナギは笑った。
「うるさい人、多いなこの村」
桶が遠くから言った。
「みんなえらい!」
ダイチが振り向く。
「しゃべる桶! 最高のキャンプ道具!」
ナギは桶を抱えた。
「持っていくなよ」
桶が言った。
「運ばれてえらい!」
「桶が乗り気なのが困る」
昼前には、川辺は別の場所になっていた。
火は小さく安定している。
煙は村のほうへ流れない。
子ども達は安全な場所で石を並べている。
マヒロは小さな歌を歌い、リクは川の石で静かな音を作る。
ひなたは布人形を川辺仕様にして、ころころ転がしている。
カイは木陰に小さな休憩台を作った。
ダイチは鍋をのぞいた。
「よし、川辺スープ完成」
ナギがのぞく。
「何が入ってる?」
「食べられる草、根菜、村でもらった豆、あと気合い」
「最後の素材名が怖い」
ダイチは木製カップを掲げた。
中身は川の水だった。
「では、乾杯」
ロッカが目を細める。
「水だろ」
ダイチは真顔で言った。
「気分の問題だ」
ナギもカップを受け取った。
「まあ、それなら」
マヒロが笑う。
「乾杯!」
リクが鍋ぶたを鳴らす。
しゃん。
ひなたが子ども達と一緒に言う。
「乾杯!」
カイは眠そうにカップを上げる。
ミレナも帳面を片手に持ったまま、そっとカップを上げた。
ダイチは満足そうに笑った。
「川キャンプ最高!」
皆で飲む。
ただの水だった。
けれど、川の音を聞きながら飲むと、少し違う気がした。
ナギは小さく笑う。
「たしかに、気分は出るな」
ダイチは大きくうなずいた。
「だろ?」
その時、見張り台にいたロッカが急に立ち上がった。
「川上!」
全員が振り向く。
川の上流から、水が濁って流れてきた。
枝。
泥。
大きな葉。
そして、低い唸り声。
川の中に何かがいる。
ダイチの顔が変わった。
「全員、岸から離れろ!」
さっきまでのゆるい声ではなかった。
太く、鋭い声。
子ども達がひなたのほうへ走る。
マヒロが歌で落ち着かせる。
リクが鍋ぶたを握る。
カイが足場を高くする。
ロッカが短剣を抜く。
川の中から、長い影が現れた。
魚のようで、魚ではない。
背中に硬いこぶ。
口は大きく、石ごと噛み砕きそうだった。
ダイチは小鍋を置いた。
「川を荒らすなよ」
ナギはスマホを握る。
「どうする?」
ダイチはリュックから細いロープを出した。
「まず、流れを読む」
「戦うんじゃないのか」
「川では、先に川を見る」
ダイチは水の動きを見た。
濁りの筋。
波の高さ。
石に当たる音。
魔物の向き。
さっきまでお酒がないと動けないと言っていた人間とは別人みたいだった。
「リク、一定の音をくれ。低めで」
「了解っす」
リクが木箱を叩く。
どん。
どん。
どん。
「マヒロ、子ども達を歌で後ろへ」
「任せて」
マヒロの声が広がる。
「カイ、あの岩の横に足場」
カイが木槌を振る。
こん。
石の足場が現れる。
「ナギ」
「何?」
「変なこと、頼む」
「俺への理解が早い」
ダイチは川の魔物を見据えた。
「流れをこっちに寄せたい。攻撃じゃなくて誘導」
ナギはうなずいた。
お題。
川の魔物を怒らせずに、動かす方法とは。
水。
流れ。
キャンプ。
ダイチ。
ナギは叫んだ。
「お題! 川で暴れる魔物が、つい進路を変えた理由とは!」
魔物が水しぶきを上げる。
ナギは答えた。
「川下に、めちゃくちゃ整ったキャンプ場案内が流れてきた!」
川面に木札が浮かんだ。
こちら安全な流れ。
浅瀬あり。
暴れる方はご遠慮ください。
魔物の目が木札を追う。
ダイチが笑った。
「いいぞ!」
水の流れが少し変わる。
木札が魔物を誘導するように流れていく。
魔物はそれを追う。
ダイチはロープを投げた。
ロープは石に引っかかり、流れの中で弧を描く。
魔物の進路が少しずれる。
カイの足場が支える。
リクの低音が水面を震わせる。
マヒロの歌が子ども達を落ち着かせる。
ダイチが叫ぶ。
「今!」
ナギは次のお題を出す。
「キャンプ場で一番守らないといけないマナーとは!」
答える。
「川を荒らしたら、川本人に静かに注意される!」
川が、ざあっと鳴った。
音が言葉のように聞こえた。
しずかに。
魔物がびくっと止まった。
川がもう一度鳴る。
しずかに。
魔物は少しずつ力を抜いた。
ダイチがロープを引き、流れを逃がす。
濁った水が横へ流れ、魔物は深いほうへ戻っていく。
最後に、尾が水面を叩いた。
ざぶん。
それきり、川は落ち着いた。
ダイチはその場に座り込んだ。
「ふう……川キャンプ、怖い時もある」
ロッカが短剣をしまった。
「判断が早かった」
ダイチは首を振る。
「川では遅いと危ない」
ひなたが子ども達を抱きしめる。
「みんな無事」
マヒロがほっと息を吐いた。
リクが木箱を軽く叩く。
「今回の低音、地味だけど効いたっす」
カイは足場を確認しながら言う。
「補強する」
ミレナは震える手で記録している。
「川辺キャンプビルド、防災にも効果あり。水辺の知識が戦闘回避に直結」
ナギはダイチを見た。
「お酒がないと進まないって言ってたのに」
ダイチは木製カップを掲げた。
中身は水。
「気分があれば進む」
ナギは笑った。
「便利な言い換えだな」
ダイチも笑った。
「でも、本物のお酒があったらもっと進む」
ロッカが即答する。
「渡さん」
「ちょっとだけ!」
「渡さん」
桶が言った。
「我慢してえらい!」
ダイチは桶を見た。
「桶に言われると効くな」
ナギは桶を撫でた。
「この桶、説得力あるんだよ」
夕方。
川辺のキャンプ村は完成した。
村から続く安全な道。
水くみ場。
火を使う場所。
食事場。
寝転がれる木陰。
子ども用の浅瀬。
見張り台。
雨よけ。
荷物置き。
そして、小さな看板。
川キャンプ最高
でも川をなめるな
ロッカが看板を見た。
「いい言葉だ」
ダイチはうなずく。
「最高と危険は、わりと近い」
ナギはその横に小さな木札を足した。
お酒がなくても進め
ダイチが悲しそうな顔をした。
「それは厳しい」
桶が言った。
「進めてえらい!」
皆が笑った。
スマホが震えた。
転生タイムライン。
川キャンプ最高!
映像には、川辺へ落ちてきたダイチ。
水一口で復活するダイチ。
最低限の道具でキャンプ村を作る姿。
川の魔物を追い払わず、流れで誘導する姿。
看板の前で笑う皆が映っていた。
コメント欄が流れる。
「川辺ダイチだ!」
「また川の横にいる」
「お酒なしで頑張ってるのえらい」
「水で乾杯してて草」
「でも安全管理ちゃんとしてる」
「川をなめるな、ほんと大事」
「桶が保護者みたいになってる」
ダイチは画面を見た。
そして、小さく笑った。
「見てるんだな」
ナギはうなずいた。
「見てる」
コメントが続く。
「帰ってきたら飲もうな」
「川動画、待ってる」
「異世界でも安全第一で」
ダイチは木製カップを少し持ち上げた。
「帰れたらな」
その声は明るいのに、少しだけ川底みたいに深かった。
夜。
キャンプ村には火がともった。
小さな火。
大きすぎない火。
近づきすぎるとダイチがすぐ注意する火。
リクが静かなリズムを叩く。
マヒロが小さく歌う。
ひなたが子ども達に人形劇を見せる。
カイは木陰で眠っている。
ミレナは火のそばで記録を書く。
ロッカは川の流れを見ている。
ナギはカップの水を飲む。
ダイチは火の前で、満足そうに座っていた。
「川キャンプ最高」
ナギは笑った。
「今日だけで何回言った?」
「数えたら負けだ」
「その理屈、好きだな」
ダイチは川を見た。
「こっちの世界でも、川は川なんだな」
「違うと思ってた?」
「全部違ったら、きつかったかもな」
ナギは黙った。
違う世界。
違う村。
違う魔物。
違う力。
でも、川の音は少し似ている。
ダイチは木製カップを揺らした。
「お酒はないけど」
ロッカが遠くから言う。
「まだ言うか」
「言うだけならいいだろ」
桶が言った。
「言うだけでえらい!」
ナギは吹き出した。
火が揺れる。
川が鳴る。
村とキャンプ村の間に、細い道が続いている。
スマホがまた震えた。
次の転生者を準備中。
投稿傾向
おもちゃ
本気演奏
レース参加
ナギは画面を見て、目を細めた。
「次は、おもちゃか」
リクが顔を上げる。
「演奏も?」
マヒロが笑う。
「レースって何?」
カイが寝たまま言う。
「道、必要?」
ダイチが即答する。
「キャンプ村の横は走らせるなよ」
ロッカがうなずく。
「絶対に騒がしい」
ひなたは子ども達を見た。
「楽しそうではあるけどね」
ナギはスマホをしまった。
転生タイムラインは、まだ止まらない。
好きなことで、生きていく。
川の横で。
火のそばで。
水の音を聞きながら。
それが、この世界では村を広げる力になる。
ダイチはカップを掲げた。
「川キャンプ最高!」
皆が、なんとなくカップを上げた。
中身は水。
でも、その夜の水は、少しだけ特別だった。
コメント
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第7話、めっちゃ良かったわ! 「川キャンプ最高!」のノリと、ダイチさんの本気のキャンプ技術がガチで刺さった。お酒がなくて落ち込むところから水の一口で復活する流れ、気分大事だよなって思った。川の魔物も攻撃じゃなくて誘導で解決するところが、能力の使い方としてすごく上手いし、村の雰囲気に合ってて好き。桶の「えらい!」連発もクセになるし、次回のおもちゃ・演奏・レースの予感も気になる!
#魔道具職人
こはる
338
742
#異世界転生
しめさば
6,417