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きたる日曜日
俺は健司に指定された新宿東口に向かっていた。
時刻は午後5時40分、約束の時間の20分前だ。
「鶏の宴」という焼き鳥食べ放題の居酒屋は、どうやらこの近くにあるらしいけど……
スマホで位置を確認しながら歩いていると、目的の店はすぐに見つかった。
店内に入ると店員に案内された席につくと、既に2側は揃っていて
「よお!楓、久しぶりだな!」
健司が手を振ってくる。
「つい数日前に話したでしょ。元気そうだね、健
司」
「おうよ!お前も元気そうでよかったわ」
「あれ、αの人達、まだ来てないの?」
「いや、二人はもう既に来てるぜ。トイレ行っただけだしそろそろ戻ってくるだろ。もう1人はちょっと遅れるってよ」
「そうなんだ」
そんな健司の隣にはもう1人、スマホを触り
「いいαいるかな~正味僕に堕ちるやつなら誰でもいーけどいたら持ち帰ってもらお」
飄々と口にする茶髪の20代前半ぐらいの男がいて。
そちらは…?と健司に聞けば
「俺が今勤めてるIT会社の後輩の立里朱鳥。合コンセッティングしてくれた張本人な。」
と紹介してくれたので
「そうなんだ、よろしくね」と愛想良く言ってみたが
「今日はα捕まえにきてるだけなんで、そういう馴れ合い要らないっす」
と、なんとも冷たい対応で返されてしまい
「そ、そっか」
と黙り込んで目の前のお冷を飲むしか無かった。
なんだか気まずくて、健司に向かって
「そ、そういえばさ、既に来てる二人はどんな人なの?お仕事とか」
なんてベタな質問を投げかける。
「あー、ほら、ヒビカセってファッションブランドあるだろ?3人ともそこの社員らしいぜ」
「え、ヒビカセ?最近どこかで聞いたような…」
「まあ有名どころだからじゃね?」
「それよりも今日の大目玉はこれからやってくるもう1人のαだ!なんと言ってもSSSランクのαだって噂だぞ」
「すご……トリプルとか一番凄いαってことだよね」
「そりゃそうだ、まあ人数合わせで呼んだみてぇだから、お前と同じであんま乗り気じゃねえのかもな」
そんなやり取りをしているうちにトイレに行ってた
二人が戻ってきた。
「あれ、みんな揃ってんじゃーん!」
「君、さっきいなかったよね?名前なんて言う
のー?」
短髪の赤髪男とセンター分けの金髪男が俺に話しかけてきた
「あ、えっと…花宮楓です。」
と言えば、金髪の男が次の瞬間には目をキラキラと輝かせて俺を上から下まで見て
「てかめっちゃ可愛いじゃん!!男の娘?笑」
なんて、大袈裟に言ってくる。
(失礼すぎる…チャラいしなんかもう帰りたくなってきた…っ)
なんて内心怒りを覚えつつも
「あはは…」と愛想笑いをするのが精一杯だった。
すると、後ろから「ごめん遅れた」という聞き覚えのあるハスキーボイスが聞こえて
その人が俺たちの座っている席の前で「あれ、花宮さん?」と
まるで僕のことを知っているような口振りで。
その声の方に顔を向けると
「え……!?い、犬飼、さん?」
思わず驚きの声を上げてしまった。
そこに立っていたのはいつも僕の店に花を買いに来てくれる犬飼さんだった。
彼も驚いたようで、目を丸くしていた。
そんな俺達の様子を見た健司が
「えっなにお前この人と知り合いなん?」と声を上げる。
「いや、知り合いというか…僕のお店の常連さんなんだよ!なんでいるの…?!」
と耳打ちする。
「俺が知るかよ!つーか知ってるやついんならよかったじゃんか」
「そ、それはそうかもだけどさ…」
その間、いつの間にか犬飼さんはα陣の席に座っていて
そんな犬飼さんに対して金髪の男が馴れ馴れしく話しかけている。
「全く犬飼さん遅いっすよ!何やってたんですか?」
「悪い悪い、ちょっとな」
するとさっきまでスマホを弄ってα狩る気満々だった朱鳥
「それじゃあみんな揃いましたし、改めて自己紹介しません?」と声をかける。
さきほどとは打って変わったきゅるんとした口調と声色に
完全に戦闘モードに入ってるんだなと感じざるを得なかった。
(しっかしまさかこんな所で犬飼さんと会うなんて……予想外すぎる)
それに、今まで意識しなかったけど
犬飼さん、αだったんだと驚く。
そりゃあこんなかっこいい人αに決まってるけど…
なんか、気まずいな…
そう思いながらチラリと彼の方を見れば目が合ってしまい、慌てて視線を逸らすことしかできなかった。
「んじゃ、言い出しっぺのボクから!立里朱鳥って言いまーす♥こう見えてIT企業で働いてて〜」
明るい口調で言う彼に続いて健司も簡単な自己紹介をすると
「ほら、次お前だろ」
と肩を叩かれて
「あ、えっと…花宮楓です、一応、花屋経営して
て」
と少し戸惑いながら言う。
「ってことは花屋のお兄さんなんだー?可愛いね」
赤髪の男はからかうように言うので
「か、可愛くないです」
語気を強くして言い返す。
そして続くようにα側も自己紹介を始めた。
赤髪の男が名前と趣味を言うと、次に金髪の男が自己紹介すると同時にパチンとウインクをして見せるので
それに対して、チャラ、と言いそうになるがぐっと堪える。
(い、イケメンにしか許されない動作…なんかなぁ…)
赤髪男と金髪の男が話終えるとそれに続いて犬飼さんが口を開く。
「犬飼仁です、メンズウェアデザイナー兼チーフデザイナーやってて、趣味はバー巡りとか映画ぐらいかな。」
「花宮さんの店にはいつもお世話になってます。よく仕事帰りに買いに行くんですよ。ね、花宮さん」
犬飼さんは俺に向かって言うので
「は、はい。」と思わず敬語で返事をしてしまった。
そんな俺達のやり取りを見ていた朱鳥がすかさず口を開く。
「たしかヒビカセってブランドでしたよね!犬飼さんオシャレだからチーフなのも納得だなぁ♥」
媚びるような口調と声色でそう言う朱鳥に
「はは、そんなことないよ」と犬飼さんは軽く流すように笑う。
すると俺の向かい側に座っていた金髪が「てかみんな休日なにしてんの?」
なんて話題を振り、それとなく会話が弾み盛り上がってきたころ
犬飼さんが立里と連絡先を交換したかと思うと
俺の方にもきて、結局その場の全員で連絡先を交換し合うことに。
◆◇◆◇
時刻は午後7時30分
そろそろお開きの時間だ。
俺の隣の健司はべろべろに酔っ払っており
俺が「健司飲みすぎだって」と注意するも完全に出来上がっていやがる。
そして朱鳥はと言うと、犬さんの隣を陣取っていて、時折ボディタッチをしているのが見え
(なんか…すごいなぁ)
と思いながらも俺はちびちびとお酒を飲み進めていた。
すると犬飼さんは立里が絡ましてきている手をするりと抜くと
「悪い、ちょっとトイレ」と席を立った。
ああいうの、苦手なのかなと思っていると
そんなとき
「つかさー…犬さんとお前って相性良さそうじゃね?」
と唐突に言い始める健司。
「え、な、なんで?」
疑問をぶつけると
「だって犬飼さんさっきからお前の隣のほうばっか見てたじゃん。」
なんて言われてしまい慌てて言葉を紡ぐ。
「なわけないじゃん、普通にみんなで交換したし」
「でもよ、犬飼さんSSSのαでお前ハイパーΩだし、ははっ、ワンチャンロックオンされてんじゃねえの?」
「ちょ…っ、それ言わないって約束だったじゃん……っ!」
俺は健司のカミングアウトに思わず声を上げてしまった。
すると、そんな俺達の会話に赤髪と金髪が割って入ってきて
「え?マジ?楓くんってハイパーΩなの?!」
「いや、そ、そういうわけじゃ」
「またまたぁ〜隠さなくてもいいじゃん!」
慌てて否定するも、全く聞く耳を持たない。
「ハイパーΩってさ、近くにいるだけでαもβも惹き付けちゃうほどフェロモン強いんでしょ?」
「えー、なにそれエッロ」
面白がるようにニヤニヤ絡んでくる赤髪と金髪。
俺は顔から火が出るかと思った。
「そんなんじゃないし、俺は昔から薬飲んで抑えてるんですよ…そんななりませんから」
むすっとしてそう返しても
「えーもったいないって!」
しつこく絡んでくるのが正直鬱陶しくて仕方なかった。
「てか楓くんさっきから全然飲んでないじゃん?」
続いて耳に入ってくる軽い声
視線だけをそちらに向けると
なんか飲みたいの無い?とメニュー表を手に取って俺に呑ませる気満々の赤髪の男
飲みたいとか一言も言ってないのに
その行動の一つ一つが計算高く見えてしまい辟易するのだ。
「いや、お酒強くないんで…」
「でもほら、これ美味いよ?」
差し出されたのはやけに綺麗な果実酒の入ったグラス。
あまりにもしつこく押し付けられたグラスを受け取ると
「ほらほらー、ぐいっとさ!」
キザな笑顔と、慣れた手つき。
こういうαには何度も会ってきた。
下心なんて見え透いているのに、どうしてこうも堂々としていられるんだ。
どうしてこうもαは……と、警戒アラートが俺の心の中でけたたましく鳴り響いた。
しかし、他の人もいるの中で場の空気を壊さないためにも
否定と苦笑いを繰り返すことしか出来ず。
ちょっと飲むだけなら…とグラスの縁に口をつけようとしたとき
そのとき
「花宮さん」という声が上から降ってきた。
口をつけるのをやめて上を見上げると、そこにはいつの間にかトイレから戻ってきた犬飼さんの姿が。
その手元には、ひとつはカシスオレンジ
もうひとつは烏龍茶の入ったグラスが握られている
俺が、犬飼さん?と声をかける前に
「花宮さんお酒苦手でしたよね?これ、誤って烏龍茶頼んでしまったので、よければ飲んでください」
そう言って、烏龍茶の入ったグラスを俺のすぐ目の前に差し出すように置いて自分の席に戻った。
…もしかして、助けてくれた?
「あ、え、犬飼さん、ありがとうございます……!」
いきなりの登場に少し驚いたが、瞬時に意図を理解し、犬飼さんに向かってお礼を言って
酒を飲まなくて済んだ俺は、ありがたくその烏龍茶を飲んだ。
初めて店で花を買ってくれたときとか
以前にもどこかミステリアスな大人っぽさを感じていたけど
こういうさりげないところが、大人っぽくて余裕がある感じがするのかもしれない。
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