テラーノベル
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金曜の午後、自宅のベランダ
灰色のスウェットに、首元がよれたTシャツ姿で
俺はゆっくりと煙を燻らせていた。
慌ただしい一週間が終わり、ようやく訪れた静かな時間。
行き交う車の音も遠く、マンションの高層階から見下ろす景色は、どこかぼやけて見える。
普段は後輩たちの質問やら相談に真顔で答えているが
今はただ、この独りの時間に浸っていたい。
そんな時、ポケットのスマホが振動した。
誰だ、と思いスマホを取り出して画面を確認する。
そして自然にため息をついた。
相手は後輩でお調子者のテキスタルデザイナー、米田だった。
部屋に戻って、ベランダを閉じてタバコを机の上の灰皿に擦って
火を消すとソファに体を沈ませて通話ボタンをタップし、耳に当てる。
「あ、先輩!やっぱ起きてましたね」
「んだよ、こんな夜に。また合コンの勧誘じゃないよな。何度誘われても俺行かないから」
「そんな宗教の勧誘みたいに言わなくても!」
「じゃあなに?」
「いや、合コンですけど!そんな頑なに拒否しなくてもいいじゃないですか〜」
「興味ない。他当たれ」
気怠げにそう返して通話終了のボタンに指を伸ばすと
思い返すことこんな会話もう8回目で、さすがに米田も察するのか
「あっちょっとまだ切らないでくださいよ?!」
大声が耳に飛んできて直前で指を止めた。
「うっさ」
「いいじゃないですか、合コンのひとつやふたつ行っても!減るもんじゃないでしょー?」
「労力と金と時間が減る」
「どんだけめんどくさいんですか…合コンに行くと死ぬ呪いでもかかってんですか?」
「あーそうそう呪われてる、合コン行くと呪われんだわ、じゃあそういうことだから」
「ちょちょちょちょ待てよ!」
「キムタクなんな」
「ほんっとうにだるそうですね…てか、返し冷たすぎません?オフモードだからですか?」
「別に普通だろ、相手お前だし」
「どーーーしても合コン来てくれませんか?!」
「無理」
「えぇ…」
「逆に8回も断られてんのに電話かけてくる神経を疑うわ」
「いや~、先輩ってめんどくさがりつつも俺たち後輩の相談1時間余裕で聞いてくれるじゃないですか」
「ワンチャンあるかな~って……大体、なんでそこまで嫌がるんですか?」
「相手はΩだろ、別に番作ろうと思ってないし。運命の番とかも信じてないから、それなら家で新しいデザイン考えてたいだけだ」
「うーわ、つまんない大人っ!!どんだけ仕事命なんですか!」
「うるさい」
「めちゃくちゃつまんないですよ!いるかもしれないじゃないですか、いい人!」
「……とにかく無理だ」
「そう言わず1回だけでも行きましょうよ〜!こっちも人手足りなくて困ってるんですよ!」
「今度先輩の好きな高級コーヒーゼリー奢りますから!!人助けだと思って、ね?!」
好物の名前を出されて、つい反射的に「何個?」と食いついてしまった。
「2個までなら奢ります!」
「…3個」
「無理です無理です!1個1200円するんですよ?!」
「んじゃ2個でいい、くれるとしたらそれいつくれるんだ?」
「2個ならまあ、わかりましたよ。あ、明後日でもいいなら……!」
「郵送でいけるか?」
「はい!合コン参加してくれるなら!」
「……んー、じゃあまあ…行ってもいいか」
「お?!まじすか!?言いましたからね!絶対来てくださいよ!!」
「へいへい。そっちも高級コーヒーゼリー2つ送るの忘れないようにな」
「はい!じゃあまた!」
そう言って米田は電話を切った。
スマホを机の上に置いて、頭をガシガシと掻きながら「あー…」と言葉を漏らす。
(コーヒーゼリー出されると断れないんだよなぁ……しかも高級だし)
そんな自分に呆れて思わずため息が出る。
そして1週間後の日曜日に合コンがあるという事実に気が重くなった。
しかし、米田が送ってくるコーヒーゼリー2つは魅力的だ。
(まあ1回だけなら…飲むだけならいいか。ずっと家でデザイン考えてスランプなってもあれだしな…)
そう自分に言い聞かせて俺はまたベランダに出てタバコに火をつけた。
◆◇◆◇
そして当日
時間ギリギリに指定された店に行くと既に何人かは来ていた。
しかし米田たちの座っている席を見つけて近付くと、Ω側か
見慣れた特徴的な軽くウェーブがかかった
ボリュームのある短髪の細身の男がいることに気づく。
頭にすぐ浮かんだのは、最近よく通っている花屋の店主・花宮楓くんだ。
いや、まさかな……こんなところにいるわけないし
と、頭を横に振って米田たちの座っている席に歩を進め
「ごめん遅れた」と声をかける。
一応、念の為確認しておこうと思って楓くん似の男の顔に目を落とすと衝撃を受けた。
それは紛れもなく花屋の彼だった。
いや、なんでここに…?と思いながらも笑顔を作って誤魔化すように
遅れて気づいたように話しかける。
「あれ、花宮さん?」
すると彼は
「え……!?い、犬飼、さん?」
声を上げて、驚きを隠せないようだった。
それからは自己紹介を済まし
立里という小柄の完全に媚びを売ってくるぶりっ子系男に
趣味やらデザイナーの仕事について聞かれているうちに時間が過ぎていき
ふと斜め前の楓くんに視線を移す
(楓くんってばさっきからちょこんと座ってお酒ち びちび呑んでるな…)
(あ、焼き鳥食べた。くくっ…なんかリスみたいだな……)
もしかして俺と同じ参加理由だったりするのだろうか、なんて考えている間にも
立里がいつの間にやら俺の隣に移動してきていて
「犬飼さんってすっごくモテそうですよね!彼女とかいないんですか~?」
と、俺の腕を軽く小突きながら聞いてきた。
その馴れ馴れしい態度に少し苛つきつつも、俺は笑顔を崩さず答える。
「いや、いないよ」
そう返答するなり、立里は
「えーじゃあボクとかどーですかぁ?」
なんて恥もせずアタックしてくるものだから、適当にあしらいつつ
飲むペースを崩さないよう注意して飲み進め
絡めてくる腕に内心ウゲっとしつつ適当に話を流してやり過ごす。
合コンなんて正直どうでもいいが
オフの日の楓くんに会えるというのは結構レアなものだ。
いつものひたむきなひまわりスマイルと違って
慣れてない感じが初々しくてそれもまた愛らしい。
そんな合コンが始まって1時間ほど経った頃だろうか。
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