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村田の空白の日
朝。
村田が区分で借りているタワーマンション高層階。
村田孝好のスマホは鳴らなかった。
それだけで、違和感がある。
彼の予定表は普段、隙間がない。
朝食準備。
通話ケア。
買い物同行。
夕食支援。
誰かの生活の隙間を埋めるのが仕事だった。
だが今日は、通知が一つだけ。
> システム再調整のため、本日の契約業務は全てキャンセルされました。
村田は笑った。
「珍しいな」
洗濯を回す。
部屋を掃除する。
料理の下ごしらえをする。
ここまでは平気だった。
昼過ぎ。
手が止まる。
部屋が静かすぎる。
冷蔵庫のモーターの音がやけに大きい。
村田はソファに座った。
ふと、思い出す。
孤児院の午後。
迎えが来る子ども。
来ない子ども。
名前を呼ばれる順番。
自分はいつも最後だった。
いや、最後ですらなかった。
呼ばれない日。
村田は、ぽつりと言った。
「……あれ?」
初めてだった。
誰のダーリンでもない時間。
そして、胸の奥に浮かんだ疑問。
「俺ってさ」
誰に言うでもなく。
「いなくても平気なのかな」
そして、
村田は社用のスマホを小ぶりの化繊製のバッグから取り出す。
マネージャーの臼井さんと、
いつも送り迎えしてもらっている専属運転手の|飯沢《いいさわ》さん、|柚木《ゆぎ》さんに通話しようとする。
どちらとも、
繋がらない。
「おかしい……」
彼はさらに、
連絡用に使用しているSNSの友だち一覧から今日会うはずだった契約者の一人のトークルームを開く。
しかし、
最後の更新から全く読み込まない。
「なんでだよ……」
加えて、
今日会うはずだった、
他の契約者たちのトークルームも同じ状態だった。
しかも、
通話が誰とも繋がらない。
「どうなってんだ!?」
月影が異常を見つける
データ室。
月影はログを見ていた。
村田孝好。
情動安定値、同期率、満足度。
すべて優秀。
いや、優秀すぎる。
それなのに。
一つだけ。
空白時間。
七時間四十二分。
月影の指が止まる。
そしてもう一度、ログを凝視する。
ありえない。
村田のスケジュールにそんな空白があるはずがない。
誰かがやった。
本部。
強化実験。
彼は理解した。
「……やめろ」
呟きが、誰にも届かない。
と同時に、汗がにじみ出る……
村田は壊れない。
だが、試してはいけない。
彼はシステムじゃない。
人間だ。
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