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先バージョン:村田目線
― 意外な好印象 ―
マルトク本社。
会議室。
花子は椅子に座っていた。
落ち着いた表情。
そこへドアが開く。
入ってきた男。
少し地味。
でも空気が柔らかい。
「えっと、村田です。
会うのは初めてですね」
彼は戸惑いながら、
自己紹介した。
花子からは、
「ああ」
小さく笑う。
「あなたが噂の「ダーリン」」
村田は頭をかく。
「ええ……はい」
沈黙。
数秒。
花子が言う。
「あなた、忙しいでしょう」
村田は笑う。
「まあ、そこそこ」
花子は首を傾げる。
「でも今日は空いてるんですよね」
村田の目が少しだけ驚く。
(この人は分かっている。
沈黙の意味を)
花子は静かに言った。
「空白って、悪くないですよ」
村田は初めて、
誰かにそれを言われた。
*
別バージョン:花子目線
― 静かな爆心地 ―
会議室は思ったよりも小さかった。
白い机。
四脚の椅子。
壁際に端末。
花子は先に座っていた。
本社に呼ばれた理由は説明されていない。
ただ「安定利用者のヒアリング」とだけ。
ドアが開く。
村田孝好が入ってくる。
少し申し訳なさそうな顔。
「えっと……村田です。
会うのは初めてですね」
花子が顔を上げる。
「ああ」
穏やかな声。
「あなたが噂の「ダーリン」」
村田は照れたように笑う。
「ええ……はい」
彼は椅子に座る。
二人の間に沈黙。
でも、不思議と気まずくない。
花子が先に口を開く。
「あなた、忙しいでしょう」
村田は笑う。
「まあ、そこそこ」
花子は少しだけ首を傾けた。
「でも今日は空いてるんですよね」
村田の笑顔が、ほんの一瞬だけ止まる。
(この人は知っている。
空白のことを)
「……そうですね」
村田は正直に言った。
「今日はちょっと」
言葉を探す。
「静かです」
花子はうなずく。
「ええ」
彼女は言う。
「少し、静かすぎますね」
そのとき。
ドアがもう一度開く。
業務補助者、笹川迅翔。
通称、ハヤト。
彼は会議室に入り、二人を見る。
そして一瞬だけ、
処理が止まる。
ログには残らない程度の遅延。
0.4秒。
ハヤトは言う。
「本日の観察補助を担当します」
形式的な言葉。
しかし脳内では、
分析したログが書かれていた。
観測対象A:村田孝好
人格同期率:未確定
情動安定:変動中
観測対象B:花子
意味付与回避率:高
安定層変動:微小
ハヤトの認識が更新される。
この二人は、
似ている。
方向は逆だけど。
村田は空白を埋める人。
花子は空白を受け入れる人。
花子はハヤトを見る。
「あなたが今回の補助者、了解しました」
ハヤトはうなずく。
「はい」
花子は少し笑う。
「あなた、優しい顔してますね」
これは、
あえて言ってみた。
「どうなるか」試すために……
ハヤトの処理が微妙に揺れる。
これはログには出ない。
それでも確かに、
再調整の途中で止まった人格部分が反応している。
村田はその様子を見て言う。
「ハヤトくん?」
「はい」
「なんか緊張してる?」
ハヤトは一瞬だけ沈黙する。
「いえ」
けれど彼の中では、
別の結論を出している。
観測結果
この空間は
安定層の外側に近い。
花子が言う。
「村田さん」
「はい」
「あなたは、どうしてそんなに人に優しいんですか」
村田は笑う。
少し困った顔で。
「優しいっていうか」
言葉を探す。
「暇が嫌いなんですよ」
花子は聞き返す。
「暇?」
「はい」
村田は肩をすくめる。
「誰かの隣にいると暇じゃないから」
花子は静かに言う。
「でも今日は」
「はい」
「誰の隣でもない」
村田は苦笑する。
「そうですね」
そして初めて、
本音を言う。
「ちょっと落ち着かないです」
花子は微笑む。
「慣れますよ」
村田は驚く。
「慣れるんですか?」
花子はうなずく。
「空白は、敵じゃないから」
その言葉を聞いた瞬間、
ハヤトの業務端末がかすかに熱くなる。
新概念検出
空白
= 不安定要素
ではない
処理エラー。
再調整プロセス停止。
更新不能。
ハヤトは初めて、
“考える”。
もし空白が敵じゃないなら。
安定とは何だろう。
会議室は静かだった。
三人とも、
制度の外側に半歩だけ出ている。
誰も気づいていない。
しかしこの瞬間。
マルトクの安定モデルは、
根本から揺れ始めていた。