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We will go home

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We will go home

1 - 起

♥

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2024年07月10日

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蝉の声がぐわんと響く。鳥の鳴き声に合わせて信号が青に変わりゾロゾロダラダラ黒山の人集りが流れだした。コンクリートに蜃気楼が揺れて、逃げ水がぼぉっと瞬いている。

夏。

汗もかけないような湿気の中、ヴァン・ダーマーは空を見上げていた。高いビルとビルの間で入道雲がグラグラ揺れていたから不思議に思ったのだ。トリミングされた彩度の高い青にどこまでも真っ白な入道雲が突き抜けていく。重量に引かれ、首がぐるんと回る。体から力が抜ける。遠くなる世界がやけにスローモーションに見えた。

道路に仰向けでぶっ倒れる。

吐き気がする。頭が痛い。1mmも動きたくない。

暑い。

見事な熱中症だった。

日本に来ても長袖長ズボン手袋スタイルだったダーマーは、炎天夏茹だる東京の洗礼を受けていた。




額に冷たいものが乗せられ、ダーマーは目を覚ました。狭く薄暗い室内にモニターがひとつ。ソファを伝って、遠くからシャンシャン音楽が聞こえる。

揺らぐ視界にカラフルなアロハシャツが映りこむ。

「よーお、放浪オジイチャン。はるばる日本で徘徊とは御苦労なこった。帰った方がいいぜ」

「……つぼ浦?」

「おう。久しぶりだな」

「なんで、ここに」

身を起こそうとするが、腕に力が入らない。

「寝とけ寝とけ、無理だ今は」

「このワシが、なぜ……」

「中度の熱中症。ゲロ吐いてたんだぜアンタ。覚えてるか?」

「……」

「真夏の日本で長袖長ズボンは死ぬ。冗談抜きでな」

「なる、ほどな」

「飲めるか?」

つぼ浦はOS1ゼリーの蓋をパキッと回しながら聞いた。ダーマーが頷けば、頭の後ろにクッションが追加される。甲斐甲斐しいまでの介助だ。

「……何が、目的だ?」

「ア? 俺はお巡りさんだぜ。人命救助に決まってるだろ」

「信じられんな。大方、それに毒でも入ってるんじゃないのか?」

つぼ浦は首をひねって、「放浪癖の人間不信とは、イヨイヨだぜ半チャーハン」と肩を竦めた。そのままパウチを口にくわえ、躊躇いなく一口飲む。

「しょっぺ。まだ毒見するか? 不味いから勘弁してほしいが、やれってんなら飲むぜ」

「……ヴァン・ダーマーだ」

「おぉ、わりいな。ほれ、飲め」

ダーマーの唇に触れるか触れないかのところに白いプラスチックの飲み口が差し出された。まるで餌をもらうひな鳥だ。MOZUのボスとして屈辱を感じたが、確かに、酷く喉が渇いていた。大人しく吸い付けば塩味が舌を刺激する。薄いスポーツドリンクが、今のダーマーには天国の甘露のようだった。体が芯から求めている味だ。

「着替えはあんたの旅行鞄から。汚れた服はコインランドリーに持ってったぜ」

「……此処は?」

「カラオケ」

「なぜお前は、日本に?」

「旅行中だぜ。今は関東巡り。そういうお前は?」

「仕事だ」

「へえ。悪いことじゃないよな?」

「どうだかな」

「冗談だろ、俺非番だぜ? 休暇中」

「なら関係ないじゃないか」

「俺の中の正義感が放って置かせてくれねえ。街の外だからなおさらな」

「何故? つぼ浦、お前は好き勝手気ままに動く特殊刑事課だろう」

「おう。だがその前に市民を守る警察だぜ。ロスサントスより命の危険が多いだろ、ここは」

つぼ浦は両手を天井に向けて、「市長いねえし」と首を横に振った。

「……」

「こっちじゃ、本当に死ぬ可能性があるからな。一応」

「つまり、お前は私を守らなくてはいけないと考えている?」

「おう」

「ハハハハハ、私が死ぬと思うのか」

「現に死にかけてただろ熱中症患者が」

「……だが、助かった」

「俺のおかげでな。日本に不慣れなお爺ちゃんには介護が必要だぜ」

「お爺ちゃんはやめろ、私はまだ40だ」

「じゃあオジサンだな。……イヤだな。やっぱなし」

「オジサン呼ばわりして挙句ナシとは、どちらにせよ不快だ」

「うるせえ、こっちの事情だ」

「ほーお? 気になるな」

「身内の話だからな、犯罪者に喋る訳ないぜ。お前みたいな家族人質に取ってきそうなギャングには特にな」

「不愉快なガキだ」

「その通り。そのガキに世話焼かれるお前も可哀想にな、ハンバーガー」

「ヴァン・ダーマーだ!」

「すまん間違えた! けどこんだけ間違えられんだ、改名したほうがいいぜ」

「どこまでも喧しい。ワシは寝るぞ」

「オーオー寝てみろよ病人」

つぼ浦はニヤニヤ笑って、デンモクを指でポチポチ押した。マイクを構え、息を吸い。爆音。

「EVERYBODY DANCE NOW!」

叩きつけるようなハイトーン・シャウト。

ノリのいいダンスミュージックが続く。ダーマーはギョッと目を開いてつぼ浦を見た。とても一人の男が歌っているとは思えないほど音域が広い。声を張り上げることに抵抗がないから、そこらの路上ミュージシャンよりも抜群に上手かった。ダーマーの人差し指が無意識にリズムを刻む。つぼ浦が立ち上がって体を揺らす。小さなカラオケボックスは一瞬でダンスフロアになってしまった。スポットライトが足りないな、とダーマ―は思った。それからミラーボールとカメラ。つぼ浦匠がプロとしてステージに立つ姿を夢想しながら、ダーマーはこのリサイタルを眺めた。

全力で歌って息を切らしたつぼ浦は、ダーマーにマイクを傾けた。

「知ってたか? この曲」

「知らないな」

「あ? まじか、丁度お前の世代だろ」

「流行りの曲など聞いてこなかった」

「じゃあ何なら知ってるんだよ」

つぼ浦がデンモクをいじり、ダーマーに画面を見せてやる。ばーっと並ぶ洋楽の一覧に首をひねって、ダーマーは新たに『The Star-Spangled Banner』と打ち込んだ。星条旗、アメリカ国歌だ。

「まじか!」

つぼ浦が手を叩いて笑う。まだ充電中だったもう一本のマイクをダーマーに投げ渡し、顎をしゃくって歌えと示す。ダーマーはリクエストに応え、低い声を響かせた。陸軍時代に散々歌った曲だ。前奏のトランペットにふっと背筋が伸びる。モニターを見ているが、脳裏に浮かぶのが懐かしい思い出ばかりだった。訓練兵時代、絶望的にリズム感のない同僚がアバラが折れるほど教官に殴られていた。雨の日も風の日も、同僚と舌打ちの代わりと怒鳴るように歌った。銃弾を受けて死にゆくバディに口ずさんでやった。帰らぬ人となった上司の娘が、泣きながら銀のドックタグだけを国旗に包んで墓に埋めた日もこの曲が流れていた。

懐古に声が震えた。息が続かなくなったところで、じっと聞き入っていたつぼ浦が間を埋めるようにマイクを持った。

トランペットの音を最後に、後奏がフェードアウトする。

「……相変わらず物騒な歌詞だぜ」

「どの国もこんなもんだろう」

「あー、まあ確かに。こういう歌が好きなのか?」

「愛国主義者に見えるか?」

「1mmも見えねえ」

「そういうことだ。娯楽に触れる暇もない人生だったというだけさ」

ダーマーは皮肉げに笑った。つぼ浦はそれが寂しそうな顔に見え、黙って次の歌を入れた。カントリー調のギターがタラランと優しく流れる。

「『地上の楽園、バージニアの西。あの澄んだ山際、鹿の遊ぶあの川よ』」

故郷を思う歌詞だ。日本語版もあったけれど、つぼ浦は英語の原曲を選んだ。ダーマーへの気遣いだった。うつむき黙り込むダーマーから目を移して、モニターの文字を歌い上げる。

「『あぜ道よ、家に帰らせておくれ。あの場所に、僕が居たあの場所に』……」

サビで涙がにじんだ。この歌を歌うといつもそうだ。生まれ故郷の思い出が胸を優しく締め付ける。叔父のこと、駆けて遊んだ浜辺、雨の日に死んだ同級生、心無きの父と母、しばらく帰っていない家の茶色い玄関。帰りたいけど、帰りたくない場所。

「『僕を家に帰らせて、あぜ道よ』」

ビブラートが長く響く。曲の終わりまで願いを込めるように歌って、ズッと鼻を啜った。

ダーマーが緩く手を叩く。

「……いい歌だ」

「だろ。この歌は知ってたか?」

「いや。だがバージニアにいた頃を思い出した」

「へえ。行ったことないんだよな。本当に良い所なのか?」

「まさか、地獄だったよ。バディがグズで、朝から曹長に殴られた……」

ダーマーは口を塞いで顎をなぞる。懐かしい歌が記憶を掘り返すものだから、つい喋りすぎてしまった。つぼ浦はジュースを飲みながら、「曹長? 軍にでもいたのか」と言った。

「……昔の話だ」

「ふぅん。ま、気にしねえけどな」

「忘れろ」

「オウ、忘れたぜ」

「お前は、この歌に思い入れがあるのか?」

「何でだ?」

「泣いているからだ」

「欠伸だ、アクビ」

「嘘つけ」

「……ま、人の子だからな。郷愁くらい感じる」

「故郷があるのか」

「……、帰りたくねえ場所をそう呼ぶなら」

「いいじゃないか。私にはもうそれすらない」

「俺は知ってるぜ、お前の帰る場所」

「ほぉ。どこだね」

「ロスサントス刑務所」

「ハハハハッ! ならお前は海の底だ、車ごと沈めてやる」

ダーマーが緩く小突くと、つぼ浦がアハアハ笑った。

「歌えよヴァンダマン、アカペラでもいいぜ!」

「ヴァン・ダーマーだ口の減らないクソガキが!」

日が傾き涼しくなるまで、二人はカラオケを楽しんだ。ヴァンダーマーが歌う『Yankee Doodle』につぼ浦が「殷→周→東周→春秋→戦国カメラのキタムラアルペン踊りを踊りましょう! ハァイ!」と合いの手を全力で邪魔し、つぼ浦の歌う『薬物の歌』にダーマーがツッコミを入れたりしたが、まあ、とにかく。二人はカラオケを楽しんだのだった。


承に続く。

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コメント

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ユーザー

朝から最高の新作をありがとうございます…見たい全てが詰まってます!! 日本の夏、世話焼きのつぼ浦、歌の上手いつぼ浦、軍時代を思い出すヴァンさん、相変わらずの名前ボケ…ありそうでなかった熱中症ネタ、この2人で見れて最高です。カラオケってところがまたいい。続き楽しみにしております!!

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