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We will go home

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We will go home

2 - 承

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2024年07月14日

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カラオケ店の自動ドアが開く。途端、むっとした湿気が皮膚にまとわりつく。見慣れぬ東京の街並みは夕日の赤に染まっていた。

「相変わらず嫌な暑さだ」

「まあな。でも、昼間よりちょっとマシだろ」

つぼ浦がTシャツの襟をパタパタ仰ぎながら「で、どうすんだ?」と聞いた。

「この街の半グレども……、日本だと不良か? が、集まる場所を探す」

「なるほど。治安の悪いとこだな」

「ああ。標的は揃いのタトゥーを入れている」

「どんな?」

「舌に十字架を刺したマークだ。わかりやすいだろう」

「口は禍の元ってか?」

「百舌鳥の早贄に選ばれたとも」

「殺すのか」

つぼ浦が声のトーンを一段低くした。ダーマーは耳をほじりながら、「相手次第だ」と言った。

「警察の目の前で犯罪予告とはな」

つぼ浦の警告は重たく聞こえた。普段のデカい喚き声よりも静かだったからだ。その瞳は正義に燃えている。握られた手錠が冷たく、鈍く光る。

ダーマーにとっては子猫の威嚇だ。両手を広げ、鼻で笑う。

「ほぉ、捕まえるか?」

あからさま挑発だった。

しばらく黙った後に、つぼ浦は「クソッ」と舌打ちをした。証拠がなければ逮捕できない。予告では動けないのがロスサントス警察だ。なにより、今ダーマーと行動を共にしている理由は彼を守るためだ。ここで争っては本末転倒になりかねない。

「それはそれとして態度が気に食わねえな。よし」

「何をしている?」

「指名手配してやったぜ。公務執行妨害! ロスに戻ったら楽しみにしておけよな」

「戻るころには時効だろう」

「忘れず切りに行くぜ俺は」

「そうなったらまた裁判だ」

「ゲェ。絶っ対出廷しねえ」

「させてやるさ。私を誰だと思っている?」

「歌舞伎町も知らねえ日本旅行初心者。ホラ、新宿行くぜ」

つぼ浦が人混みを親指で指し示す。帰宅ラッシュの波だ。雑多な話声と足音が溢れて、ダラダラどこぞへか消えていく。ダーマーにはそれが得体のしれない不気味な自然現象に見えた。こんな量の人間を見たことがなかったのだ。

「……正気か?」

「おう。とりあえず東京駅だからな。わかるか? 赤レンガ」

「ホモサピエンスしか見えん」

「俺もだ、行くぜ」

躊躇なくつぼ浦が歩き出すので、ダーマーもしぶしぶ後を追った。すぐ人の流れに飲み込まれ、1mも歩かないうちにあれだけ目立つアロハシャツを見失う。スクランブル交差点に慣れていないから人の肩にぶつかり、避けようとしてさらに別の人間にぶつかる。左右前後どこもかしこも人間だらけだ。もみくちゃにされ髪が乱れる。足がもつれても転ぶスペースすらない。

「おい、こっちだ」

サラリーマンとギャルの体の隙間からにゅっと日焼けした腕が差し出された。慌てて掴めば、強い力で引っ張られる。

「どれだけ人がいるんだこの街は!」

「7万人たらず」

「減らせ! 虫のようじゃないか、ロスサントスの何倍だ?」

「ざっくり23倍だな」

「発展も考え物だな。私なら間引く」

「そう言うなよ、仕事してるだけで住んでないやつもいるんだぜ」

「退職しろ! 家畜の移動じゃないか、耐えるな!」

「サラリーマンを家畜呼ばわりはやめとけ」

「ではお前ならなんと言う?」

「ゾンビの行進」

「ハッ! 体温がないだけマシだな」

これ以上はぐれないよう、ダーマーはつぼ浦の手首をぎちっと掴んだ。ただでさえ蒸し暑いのにつぼ浦の体温が子供のように高いものだから、触れ合った皮膚からジワリと汗が噴き出す。

「ヴァンダーマー、PASMO持ってるか? ICカード」

「クレジットカードか?」

「OK、切符買うぜ」

スルスル魔法のように人混みを抜けて、つぼ浦は自動券売機に並んだ。なるほど、こうやって見ればこの群衆にも一定の秩序があるらしい。

手を引かれながら、ダーマーはぼんやり行き交う人々を眺めた。一生のうちで見た数を上回るほど人がいて誰も彼もがどこかを目指している。集団を構成する一つ一つがが意思をもって蠢いているのだ。

つぼ浦が居て助かったなァ、と思った。一人だったらきっとこの生活の交錯に圧倒されていた。大多数の人間に飲み込まれて、自分の行先が不安になっただろう。ギャングボスなんてブラックな生業だ、一般人においそれと道を訪ねることも出来ない。駅員に顔でも覚えられたら抗争の火種、大惨事だ。

ダーマーの気も知らないでつぼ浦はぼんやり電車を待っている。西日に照らされたあどけない横顔に、サングラスがオレンジの影を落としていた。

ありがとう、と言葉にするのは癪だ。たった五文字を口に出せず、代わりに2本、自販機でコーヒーを買った。

「おい」

「あ?」

「飲め」

「お、サンキュ」

つぼ浦は疑いもせず、微糖の缶を嬉しそうに開ける。それがなんだか眩しくてダーマーは目を細めた。

「……お前は警察に向いているな」

「おう、まあな。ヴァンダーマー、次コーラ頼む」

「遠慮がない、恥を知れ。日本は慎みの国だろうが」

「国籍で人を判断するのは良くないぜ、アメリカ合衆国在住メタボリックシンドローム予備軍」

「黙れ」

「図星か?」

「そんな訳ないだろう」

「確かに、アンタの場合は筋肉だな。あぁ、ダイエットには炭酸水が言いらしいぜ」

「ならそれ2本だ。コーラはやらん」

「チクショウ。今からでもワンチャンないか? コーラも痩せる。効く」

「ない。さっさと飲め」

「クッソ。……あ、電車来たな」

「あれか。随分空いてるじゃないか」

「そっち回送。あっちだあっち」

「……この駅吹き飛ばしてやる」

「ハイハイお爺ちゃん行くぜ」

「クソが!」

東京駅は立体迷路で、乗り継ぎは複雑怪奇であった。目的地の新宿もやはり混迷な形をしており、ダーマーは結局到着するまでつぼ浦と手を繋いでいた。


新宿、歌舞伎町にたどり着くころには日が暮れていた。近頃益々影を増したアジア有数の歓楽街はカラフルなネオンで夜空を焦がしている。入口から早々チラシの群れとキャッチの熱い視線が二人を歓迎した。

「ここが」

「おう。こっから不良探しだろ。職質か?」

「いいや。タトゥーがぱっと見える場所に行く。ナイトプールかクラブだな」

「おぉ」

「酒と女で服を脱ぐような場所だ」

「あー……。その2択しかないのか?」

「他に心当たりが?」

「銭湯でいいだろ。みんな真っ裸だぜ」

「ほう、セントウ」

ダーマーは日本にもサバイバルゲームが出来る場所があるのかと感心した。裸というからには、古代オリンピックのように正々堂々行うスポーツに近いのだろう。そういえば日本の国技はパンツ一丁で行う相撲だ。ダーマーはワクワクそわそわしながらつぼ浦の後をついて行き、番台の湯の字を見てようやく風呂だと気づいた。

「……」

「なんでションボリしてんだテメエ」

「なんでもない」

「フルーツ牛乳が飲みたかったのか? 販売終了したから無理だ。マミーならあるぜ」

「なんでもないと言っているだろうが」

「風呂出たら飲むだろ?」

「……わしはコーヒー牛乳だ」

「あれもウマイ。お、アイスあるぜ」

「天才的だな。ロスサントスにも導入するべきだ」

「それな」

まるきり海外旅行客だった。ダラダラ喋りながら、つぼ浦は服を脱いでポイポイ籠に入れていく。瑞々しい小麦色の肌が露になる。普段洋服で見えない肩や背中のタトゥーが蛍光灯に晒される。ダーマーはご機嫌なバナナの彫り物を指さし、「全部脱ぐのか?」と聞いた。

「おう。下着もナシだぜ」

「野蛮だな」

「伝統だ伝統。おら脱げ」

「ふむ」

頷き、黙々と全裸になる。

つぼ浦はチラっとダーマーの陰部を見て目を逸らし。

「あ゛っ!?」

ものすごい速さでもう一度振り返った。

「なんだ?」

「え、え、それ……」

つぼ浦は震えながらダーマーのダーマー(隠語)を指差した。

それは息子と言うには、あまりに大きすぎた。 大きく、ぶ厚く、重く、そして改造されていた。 それは正に淫棒だった。

「……性病か?」

「違うわ!」

「い、いや、偏見はないぜ。感染の恐れがある場合は公衆浴場の利用を控えるべきだが」

「勘違いしているようだが、これは出来物でも腫れでもない。真珠だ」

「……し、んじゅっすか」

ダーマーは鼻を鳴らしてイチモツをよく見えるようにしてやった。雁首の下に5つ、丸い凹凸が並んでいる。つぼ浦は顔を青くしたり赤くしたりで忙しない。

「ヤクザ・ビーズは日本の文化だろう」

「ハァ!? えっ、は、ハァ゛ー!?」

「喧しいな。珍しいもんでもあるまいし」

「……」

ダーマーのため息に、つぼ浦は俯いて沈黙した。

「見たことがないのか?」

「いや、ウン、その。見ねえだろ人の……ソウイウトコロ」

「見ないにしても、話題に上がるだろう。ウチでも何人かは」

「ワ゛ーーッ!」

「……」

「……」

「……キミトスなんか」

「ギャーーーッ! ダァーーーッ!」

「ははぁん」

つぼ浦の耳は真っ赤で額には汗がにじんでいた。ニヨニヨフスフス、ダーマーは愉快な気持ちでつぼ浦の肩に手を置く。

「ギッ」

「驚くなよチェリーボーイ。ん? 生娘みたいに扱って欲しいのか?」

「そんなわけないだろ。もう驚くほど無茶苦茶慣れてるぜ」

「ならこっちを見てみろ。触ってみるか?」

「勘弁してくれ!」

「ワハハハハハ」

「行くぜもう! おい! 前隠して歩け馬鹿が!」

「ハーハハハアハアハ、今なら何を言われても許せるなァ」

「チクショウ! 死んでくれ!」

「お互い武器がなくて残念だなぁ」

「クソが!」

つぼ浦は浴場へ走り去る。ダーマーはそのあとをのんびり追いかけた。

人生で初の銭湯だ。観光客丸出しで、掛け湯のひしゃくをためつすがめつ右手に持つ。

物珍し気にぐるりと洗い場を一望する。高い天井にもうもうと湯気が立ち上っていた。裸の男たちが芋のように湯船に浸かって、何人かはシャワーで髪を洗っている。

そのうちの一人。顎を高く上げて髭を剃る若い男の肩に黒いタトゥーを確認し。

ダーマーは観察していたプラスチックのひしゃくをぶん投げた。

パァンと反響する打撲音。誰もが脳を空白にする一瞬の間。

ダーマーはぺたぺた急ぎもせず歩いて、男の剃刀を拾う。刃を上にして、目を白黒させながら起き上がろうとしている男の顎下にピタリとつけた。男が喉を鳴らして唾を飲めば、食い込んだ刃に血がにじむ。

「こんばんは。いい夜だな、若人?」

「ヒッ、ヒッ」

「……挨拶もできないのか?」

「アッ、こ、こん、ばん……」

ダーマーは男の右耳を切り落とした。

「ギャー!」

一瞬間があってどっと血が噴き出す。返り血が顔にかかるがダーマーは拭わず、瞬きもしなかった。地獄の閻魔のように男から目を離さない。

湯けむりにむせ返る血の匂い。男の荒い呼吸。すすり泣く声。

切り取った肉片を男の目前に掲げる。

「遅い。脳が詰まっていないことがよくわかる。期待もなかったが」

ガタガタ震える男の口を親指でこじあけ、切り取った耳を食べさせる。のけぞり逃げる胸を押し、セックスのように馬乗りになった。

「要件は、分かるな? 馬鹿なことを考えたものだ。愚か者の後始末をする身にもなって欲しいがね」

「あに、の、事らか……」

恋人のように頬をなぞり、また頸動脈に剃刀をひたりと添える。

「ヒィ!」

「刃物は引いて切ると言う。生憎、普段は銃ばかりでね。本当なのか知りたかったところなんだ。君の喉で実験してみようじゃないか」

ダーマーは人の良さそうな顔で微笑んだ。しかし、サングラスを外した瞳はどこまでも暗い。低く、死にゆく者に向ける優しい声。殺人鬼として育ち、死を告げる百舌鳥と成った男の人生が垣間見えた。

暖かい銭湯なのに、男の背筋に鳥肌が駆け上る。

「ぜひとも、仲間に命を懸けてくれ。首を横に振り、この剃刀の切れ味を私に教えてくれ」

「ハッ、ハヒ、ハッ」

「MOZUを裏切ったな?」

「ひ、ぐっ……」

「首を振るだけでいいんだ。それも出来ないクズかね、君は?」

指紋を焼き払った指で、男の額をゆるくコツ、コツと叩く。手の影となった目からどろりと涙が落ちて、口の端からピンク色の泡立った唾が溢れた。歯の根が合わないのだ。ダーマーの背後でしょろ、という水音が聞こえた。失禁したのだろう、珍しくもない。

「返事が遅い」

ダーマーは男の鼻を掴んで、ごっと90度横に曲げた。鼻の粘膜には鋭敏な神経が通っている。

「ギィ、ギュ」

凄まじい痛みに悲鳴をあげるが、喉元のチクリとした痛みに息を吸い込む。切れ味の良い剃刀が、口を開くことを許さない。

男にはもはや慎重に頷く以外の行動ができない。MOZUへの裏切りを証明し、仲間を生贄に捧げる首肯のみが寿命を伸ばす。まあ、男の人生をここで終わらせるか、後で終わらせるかの二択ではあるが。

「……私も多忙でね。5秒やろうじゃないか。5、4……」

「ヒッ」

「3、2」

「嫌ら、しに、しにたくない」

「1」

「ヒィィ!」

ゼロ、とカウントする直前。

「ストップ。そいつの携帯だぜ」

つぼ浦がダーマーの肩に手を置いた。

「ちょっと顔貸してくれ。うわ涎と血すごいな。反応するかこれ?」

血と小便を避けるためひょこひょこつま先で歩み寄り、スマートフォンの顔認証を解除する。

「ありがとな。お、ほら、LINEのやり取り。集合写真も。仲良いなこいつら」

「……」

「まだコイツに聞くことあるか?」

「……いいや、ない。だが」

剃刀の銀が閃く。用済みの男を殺そうとした刃は、つぼ浦の手に受け止められた。親指と人差し指の間がザックリ切れて、褐色の肌にダラダラ血が流れ落ちる。

「何のつもりだ特殊刑事課ァ」

「一般市民を殺すな、犯罪者風情がよォ」

「こいつはMOZUを裏切った。見せしめが必要だと思わんかね」

「思わない! そういう時のために法律があるんだぜ」

「私に法を説くとは、随分ご立派な心掛けじゃないか」

「おう、前頭葉が萎縮してきた年配者への敬意ってやつだよ。お薬も管理した方がいいか?」

「いい度胸だ、お前とは決着をつけるべきだと思っていた」

「来いよ耄碌ジジイ」

「殺す!」

「お前が死ね!」

フルチンの決闘が始まった。

ダーマーは剃刀を引いた。怯めば親指と泣き別れだ、つぼ浦は剃刀ごと拳を握りこむ。浅く手のひらの傷が広がる。力で剃刀を奪いとり、そのまま反対の腕でダーマーの顔面を殴り飛ばす。ガァンと巨体が吹き飛んだ。

洗い場の蛇口が外れてスプリンクラーのように湯が噴き出す。白い風呂椅子がひっくり返る。つぼ浦は右手に刺さった剃刀を口で抜いて湯船の方に投げ捨てた。

「喧嘩が上手えなオイ」

「ふ、フッフッフッ、そういうお前こそ」

鼻血も腫れもなく、ダーマーは起き上がる。衝撃の瞬間、自分から床に転がったのだ。倒れ方こそ派手だったが、ダーマーに大したダメージはない。

「油断くらいはすると思ったがな」

「警察なめんじゃねえぞ」

ばつん、とダーマーはシャワーホースを引きちぎった。無念と水を垂らすホースを遠心力で振り回す。ヘッドが風を切り唸る。ガッと掠った鏡に罅が入る。床が割れる。即席の鞭だ。

出口はダーマーの背後にある。つぼ浦は息を吐いて、ダーマーに向かい走った。

ひゅおん、と音速を超えたソニックブームが耳の裏で鳴る。もはやホースの先は見えない。勘で片足を滑らせ、スライディングで鞭をくぐる。手に触れた桶をとっさに構えれば、襲い掛かるシャワーヘッドがそれを粉砕した。破片が降り注ぐか、驚いている暇はない。一目散に脱衣所へ走る。

「逃げるのかゴラァ!」

「追ってこいやボケがァ!」

濡れたまま服をひっ掴んで、つぼ浦は外へ向かった。なんとか前だけはバスタオルで隠す。トムとジェリーみたいな走り方だ。

一方。ダーマーはシャワーヘッドを投げ捨て、全裸徒手空拳生まれたままの姿で店の外へ飛び出した。鬼のように返り血を浴び悪鬼のように歯をむき出しにして笑う。番台がぎょっとして転げ落ちる。若者の視線が集まってはそらされる。コンクリートの小石が裸足に刺さる。夜風が火照りを自覚させる。

人気のない方へ誘い出されているのは分かっていた。が、ダーマーは楽しくて仕方がなかった。いつもとは逆の鬼ごっこだ。異国の地で、誰も自分たちを知らない中での追い掛けっこだ。勝っても負けてもいい勝負とはこうも面白い。互いに真剣であればなおさらだ。

「止まれぇつぼ浦ぁ!」

「誰が止まるかよバーカ!」

「公務執行妨害でしょっぴくぞ!」

「その前にセクハラ罪だぜ、衛星テロ罪もだ!」

ゲラゲラ笑い声が響く。

ダーマーはどっと地面を蹴って、つぼ浦の腕を掴んだ。急なオモリに足がもつれ二人同時に転ぶ。膝を擦りむいた。つぼ浦は顔面からすっころんだせいで鼻血が出ていた。鼻の下を拭うが、手にも怪我をしているからスタンプのように赤が広がる。

「ハハハハハッ」

つぼ浦の間抜け面にダーマーは笑った。

「ヒヒ、ハハハ」

ダーマーが笑うので、つぼ浦もホッとして笑った。お互い奇妙なアドレナリンが出ていた。

うるさいほどのネオンの下。素っ裸の男が二人、息を切らしている。歌舞伎町ではよくあることだ。あるいは、ロスサントスでも。

「覚えてろよ、特殊刑事課ァ」

「おう、もう忘れたぜ」

「コイツゥ」

「やめろー! 怪我人だぞ俺はー!」

じゃれ合いの最中ウーというパトカーのサイレンが聞こえ、ダーマーは慌ててつぼ浦の手を引っ張る。

「どこ行くんだ」

「見つからない、休める場所だ」

「包帯とメシが欲しいぜ」

「服もだ。全く、財布までないぞ。置いてきてしまった。どうしてくれるんだ」

「俺は持ってるぜ。自分の間抜けを恨みな」

「追い剥ぎして捨てるぞ」

「そんな事していいのかなー!」

つぼ浦は着替えながら、プラプラ財布と携帯を見せつけた。ダーマーのものだ。あの男の携帯を探している間に、つぼ浦はちゃっかりダーマーの物もパチっていた。

「テメェ」

「返してくださいつぼ浦さんだろうが」

「オーオー警察が窃盗とは頭が下がるな、返せ犯罪者が」

「憎まれ口が減らねえな」

「元はと言えばお前のせいだろうが」

「あーあー聞こえない聞こえない。全く、マミー飲み損ねたぜ」

「買ってやるから返しなさい」

「まじか」

「代わりに私の服を買ってこい」

「しまむらでいいか?」

「馬鹿」

肩でぶつかれば、つぼ浦はまたアハアハ笑った。二、三歩たたらを踏んで、安っぽく光るスタンド看板にぶつかる。休憩五千円、宿泊一万五千円。ピンク色のネオンでLOVE HOTの文字が消えたり点いたりしている。

「お、ここホテルだぜ」

「ちょうどいい。お前、タバコ持ってるか?」

「湿気ててよけりゃ」

「かまわん。あと財布も返せ」

「ん。何すんだ?」

「男2人で明らかに訳アリだからな」

「あー。ん?」

ダーマーはタバコの箱に1万円札を10枚詰めた。

「よし。行くぞ」

擦りガラスのはめられた古臭いドアを開く。全裸で血まみれの男二人に、仕切りで顔の見えない店主が何も言わず手の甲ををしっしっと振った。ダーマーは宿泊料と先ほどのタバコをカウンターに置く。

「カップルじゃあない、休みたいんだ」

ピンクのマニキュアが塗られたしわくちゃの指がつっとYAMELを引っ張って回収した。煙草に火をつける音と、紙を数える音が響く。花沢まるんと同じ煙の臭いが充満していく。「汚職収賄罪……」とつぶやいたつぼ浦の脇腹をダーマーは肘で黙らせた。

柱時計の古臭い鐘が鳴ってようやく、四角いホテルキーホルダーのついた鍵が渡された。

「104号室だよ」

「Thanks」

「ごゆっくり」

店主の指が階段を示す。二階に部屋があるのだろう。つぼ浦は洋服を抱えなおして、慣れたように歩くダーマーの背中を追った。

「なぁ」

「なんだ」

「ここ、男二人だと嫌がられるのか?」

「そりゃそうだろう」

「なんでだ?」

「風呂が汚れるからさ」

「あー。……?」

「男同士は何かと手間がかかるからな」

「手間」

「お前、ここを普通のホテルと勘違いしてないか?」

「違うのか」

「ラブホテルだ。カップルがセックスするホテル」

つぼ浦が荷物を全部投げて両手を天井に向けた。真っ赤な顔で汗をかき、思い切り息を吸い込む。

あ、叫ぶな、とダーマーは思った。

「迷惑だ」

「キャ」

つぼ浦の口をガッと塞いで背後に回り、蛇のように首に腕を絡ませる。肘で気道を確保しつつも、左右の頸動脈を締めた。いわゆるスリーパーホールドだ。こうすると、脳への血流が急激に低下し眩暈と眠気により即座に失神する。

例に漏れず、つぼ浦はだらりと意識を失った。

ダーマーはその顔をしばらくじっと見た。苛烈な警官の素顔は日本人らしい童顔で、年相応にあどけない。強制的に黙らせたから眉間にしわが寄っていて苦しげに見えた。安眠を祈って額にキスを落としてやる。あとで写真を撮ることに決めた。

水袋のようになった体を抱え、104号室の扉を開く。何をするにもまずは着替えからだった。


つぼ浦は目を覚まして、自分がピンク色の巨大なベッドに寝かされていること、服を着せられていること、枕元に電動マッサージ機があることを理解した。おっかなびっくり布団から出て、つま先立ちで歩く。そのまま机で作業をしているダーマーの膝に座った。

「どうした」

パソコンから顔を上げずにダーマーは聞く。

「知ってるものがこれしかねえ」

「ブハッ、クク、ハハハハ」

「笑うなーッ!」

「そうだな、笑ったら、悪いよな」

笑いをなんとか飲み込んで、ダーマーはようやくつぼ浦を見た。

つぼ浦は真っ赤な顔でダラダラ汗を垂らし、行儀のよい幼稚園生のように手を膝の上で握りこんでいた。太ももをぴっちりくっつけて90度の角度でつま先を開いている。

「ハハハハハ、ハーハハハ!」

机をバンバン叩く大爆笑。つぼ浦は悔しくてダーマーの背中を叩いたが、それすらダーマーの笑いを誘った。

「ハァーハァー、ハジメテか」

「聞くな! 帰れ!」

「その場合置いていくぞ」

「無理だ勘弁してくれ……」

「アハアハ、こっちの台詞だ! そのなりで童貞とは」

「ウルセェーッ!」

「ロスに戻ったら紹介してやろうか、ン?」

「同情するな俺に!」

「どんな女が好みだ?」

「話しかけるな」

「日本人らしくつつましやかで清楚な奴か、もっと歳のいった女か? それとも、人に言えないような性癖なのか」

「んなわけねぇーだろ」

「では?」

「……金髪」

「いいじゃないか」

「黙れよ本当に」

「ハハハハハ」

ダーマーは肩を揺らして笑った。

「しかし、お前がその気になれば彼女の一人や二人作れそうなものだが」

「続けるのかその話題」

「同性愛者か?」

「違う! なんだ、その、事情があんだよ俺にも」

「ほぉん」

「あー! あー! 仕事の方はどうなんだお前!」

「解析中だ」

露骨な話題そらしだが、肩をすくめて乗ってやる。ダーマーは椅子にもたれながら煙草に火をつけた。

「『20日の花火』、でこの半グレどもは集まるらしい。集合は19時」

「じゃ、荒川のあれだな。都内だし間違いないだろ」

「案内できるか」

「おう、勿論」

「……随分協力的じゃないか」

「お前の目的が大体わかったから」

つぼ浦は昨日の騒動で奪ってきた携帯を指さした。LINEのグループチャットに、見覚えのある名前と住所が書き込まれている。MOZU構成員で日本にゆかりのある者たちの名前だ。中には、彼ら本人でさえ知らないような場所も候補地に挙がっていた。

「お前の仲間には故郷があるもんな」

「……わからないと述べるやつもいるがな」

「でも本当だと嫌だから来た。わざわざ、一人で」

「だからなんだ」

「ロスサントス市民を守るのが警察の仕事だぜ」

「殺しは許さない癖に?」

「暴力と恐怖で脅すのはお前らの専売特許だろ、ヴァンダーマー」

「それは汚職に入らんのか」

「汚職を摘発する同僚がいねえ」

「寂しいなァつぼ浦匠」

「おう、寂しいぜ。寂しいから、一緒に花火大会行こうぜ」

「仕方ない。そこで喧嘩が起きても多めに見てくれるな?」

「勿論」

「乗った」

ダーマーはタバコを灰皿に押し付け、つぼ浦はアロハシャツを羽織った。はるばる日本で組まれた、トムとジェリーの共同戦線だった。


転に続く。

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毎度お馴染みで申し訳ないです、待ち望んでおりました… 東京の人混みに驚き、銭湯を勘違いするヴァンさん、ウブなつぼ浦、とても好きです。剃刀のシーン、首を横にふれば首が切れるという構図をめちゃくちゃおしゃれに描写してあって最高です…戦闘シーンの描写も派手で楽しかったです。この2人銭湯にいるよな?と我に帰りかけましたが()

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