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うめぼっち

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#溺愛
うめぼっち

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うめぼっち

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#ざまぁ
うめぼっち

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体が重かった。短い眠りから目を覚ましたときから、そうだった。頭の奥に薄い霧がかかっている。身体を起こしただけで、全身から力が抜けていくようだった。
けれど、リアーヌは気にしなかった。
少し寒気がする。頭もぼんやりする。喉も少し痛い。だが、それだけだ。きっと、エドワールの態度にショックを受けたからだろう。まだ、気持ちの整理ができていないだけ──リアーヌはそう片づけて、清掃道具を手に取った。
朝の館内は静かだった。磨かれた床。壁に並ぶ装飾。細長いステンドグラスから差し込む朝の光。そのどれもが、いつもより遠く感じられた。
足を動かし、布を絞り、床を拭く。ただそれだけの作業なのに、やけに時間がかかる。きゅっ、きゅっ、と布が床を擦る音がする。それを聞いているうちに、音まで遠くなっていく。まるで、体の内側から世界を眺めているかのようだ。
「……リアーヌ。随分と遅いわね」
イレーヌの声がした。リアーヌはゆっくりと顔を上げた。
イレーヌは、いつものように不機嫌そうな顔で立っていた。
「掃除くらい、もっと手際よくできないの?」
「……すみません」
「何、その返事。貴族令嬢だったのでしょう? もう少し品位のある働き方をしたらどう? 貴族の誇りを失った売春婦には無理かしら」
リアーヌは黙って床を見た。
イレーヌの嫌味ったらしい言葉にも、もはや何も感じなかった。いや、感じるだけの力がなかった。頭では、わかっている。貴族の誇り、などという滑稽な言葉に何か言わなければ。父を見殺しにした者たちの在り方なのだから。しかしなんの感情も湧いてこない。今は、それどころではない。
「……聞いているの?」
「はい」
「だったら返事くらい──」
イレーヌの声が遠ざかる。リアーヌの視界が揺れた。床が傾いたような気がした。思わず壁に手をついた。イレーヌが何か言っている。「大丈夫です」と答えようとした。しかし、自分の声が遠い。昨日の朝、イレーヌに頭から水を浴びせかけられたことを思い出す。寒い。寒くて寒くて仕方がない。
「本当に……大丈夫?」
その声は、イレーヌのものではなかった。
リアーヌが顔を上げると、そこにセレーネが立っていた。
「セレーネ……さん」
「リアーヌ。顔を見せて」
セレーネが近づいてくる。
次の瞬間、額に手のひらが触れた。冷たい手だとリアーヌは思った。
「……熱い。リアーヌ。あなた、熱があるわ」
「でも……掃除を……。まだ、終わっていません……」
「いいの。医務室へ行きましょう」
セレーネの声には、有無を言わせないものがあった。セレーネに支えられながら、リアーヌは廊下を歩く。自分で歩いているはずなのに、足元がふわふわしていた。
医務室は、館の一角に設けられた小さな部屋だった。棚には薬草や包帯が並び、壁際にはいくつかの教会式の医療具が置かれている。その中からセレーネが取り出したのは、小さな透明の石だった。聖熱判定石──教会が病気の判定に用いる聖具だった。
セレーネが石をリアーヌの額へと近づける。ひやりとした感触があり、次の瞬間、透明だった石の内部に淡い光が灯った。平熱を示す白ではない。微熱を示す黄色でもない。もっと濃い、橙色。セレーネの表情が変わった。
「やっぱりそう。発熱反応があるわね。今日は働かせられない」
「でも……」
「駄目よ。病人を客に出すわけにはいかないもの」
その言葉を聞いた瞬間、リアーヌの胸の奥で何かがふっと緩んだ。
今日は──客を取らなくていい。その事実に気づいた途端、身体から力が抜けた。
リアーヌは目を伏せた。ほっとしていた。そんな自分が、少しだけ恥ずかしい。けれど、今はそんなことを考える余裕もなかった。
医務室の寝台に横になると、身体が沈んだ。暖かな布がかけられる。目を閉じると、すぐに眠ってしまいそうだった。
──このままずっと、熱が下がらなければいいのに。
ふと、そんな考えが浮かんだ。
熱が下がらなければ、客を取らなくていい。誰かに触れられることもない。
エドワールの嘲笑が脳裏を去来する。
──二度と会うことはないだろうな。
──お前を身請けして、俺になんのメリットがある。
──お前のような淫売に貴族の精神なんて、最初からなかった。
目を閉じたまま、リアーヌは唇を噛む。
何か、思うことがあったはずだった。しかし怒りも悲しみも、今はひどく遠い。ただ、理解できるのは、エドワールはもう来ないということだけ。彼の助けをあてにしていた自分が愚かだった。しかし自分には、もはやなんの力もない。ならば、病気のままでいい。このまま熱が下がることなく、明日が来る前にこの世を去ることができれば──そんなことを思ったとき、死刑判決を受けたときの父の姿が脳裏をかすめた。怒りも悲しみも、なんの感情も湧いてこない。ただ、思い出した。ただ、それだけだ。
翌朝になっても、熱はまだ残っていた。それでも前日ほどではなかった。さらにその翌日には、身体の重さも消えていた。聖熱判定石も、ほとんど光らなかった。
「もう大丈夫そうね」
セレーネに言われて、リアーヌは頷いた。
「ありがとうございます」
熱は、願ったほど長くは続かなかった。客を取らずに済んだのは、ほんの短い間だけだった。リアーヌは寝台を離れ、身支度を整えると、廊下に出た。
いつもの館が、そこにあった。磨かれた床。ステンドグラス。魔導灯。そして、これから始まる仕事。リアーヌは小さく息を吐き、階段を降りる。ホールの大窓の向こうに黒い鉄の格子が見えた。まるで牢獄のようだと思った。いや、実際にここは牢獄なのだろう。そして、出口はどこにもない。それでも──リアーヌは清掃道具を手に取った。
──私はここで生きていかなければならない。
コメント
1件
か……リアーヌ、やっと少しだけ休めたね。でも「熱が下がらなければいいのに」って思っちゃうところ、本当に胸が締め付けられたよ。エドワールの言葉がぐさぐさ刺さってて、もう感情すら遠くに行っちゃってるのが伝わってきた。それでも最後に「ここで生きていかなければならない」って自分に言い聞かせる姿が、めちゃくちゃ強くて泣ける。熱が下がるのは願ったほど長くは続かなかったけど、またちゃんと仕事に向き合おうとしてるのが切なくて美しいよ……