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うめぼっち

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第18話、読み終えました……。 最初から最後まで、リアーヌの静かな怒りと覚悟に圧倒されました。 「♡♡♡てやる」——その言葉が心の中で冷たく燃える様子、表向きは従順に振る舞いながらも笑顔の奥に復讐の刃を隠す彼女の強さ、本当に美しかったです。ソル=アンリの残酷な優越感とか、足で踏みつける描写、読んでて心臓が締め付けられました。 失うものがないからこそ、もう何も恐れない——その境地、重くて苦しいけど、確かに彼女の新たな力になってる。応援せずにはいられません。次が気になる…!🥀
恩寵の館は、いつもと変わらぬ賑わいに包まれていた。
エントランスホールでは、娼婦たちが客を迎えている。笑い声、酒の匂い、香水の甘い香り。それらすべてが混ざり合った空気は、リアーヌには、どこか現実感のないものに感じられた。
エドワールが自分をここから連れ出してくれることはない。父も、母も、もういない。家も、爵位も、財産も、かつて自分を守っていたものは、すべて消えた。ならば、自分自身で道を作るしかない。そのために必要なものは──客だ。
リアーヌは、ホールの隅に立っていた。今夜は自分から客に声をかけるつもりだった。胸の奥には、まだ抵抗がある。けれど、贅沢は言っていられない。この国に正義はない。あるのは歪んだ制度だけ。ならばそれを利用して、成り上がるしかない。
──私は、ここから出る。
そのためなら、手段など選んでいられない。
不意に、館の奥から小さな物音が聞こえた。リアーヌは顔を上げた。客が入ってくる正面玄関ではなく、普段、娼婦たちが立ち入ることを許されていない区域から、恩寵の館に訪れる客がいた。
そこから現れた男を見て、リアーヌは思わず息を止めた。
「……殿下」
誰かが、かすかに呟いた。リアーヌの背筋が凍った。
王太子ソル=アンリは、護衛すら連れず、館のホールに現れた。正確には、少し離れた場所に従者が控えているが、彼らは誰ひとりとして口を開かない。まるで、この男が何をしても許されることを知っているかのようだった。
リアーヌは、その光景を見つめていた。
国営の娼館であるこの館には、王族が人目を避けて出入りするための道が存在する。教会の施設と恩寵の館をつなぐ地下通路があり、ソル=アンリはそこを通って館を訪れた。
ソル=アンリが周囲を見回すと、娼婦たちが一斉に頭を下げる。
「顔を上げろ」
ソル=アンリが命じた。誰も逆らわない。ソル=アンリは、並んでいる娼婦たちを一人ずつ眺める。まるで商品を品定めするような目だった。そして、その目がリアーヌの前で止まる。リアーヌの心臓が跳ねた。
「……お前。名前は?」
「リュネットと申します」
「娼婦としての名ではない。かつての名を訊いている」
「……リアーヌ・ド・ヴィエルです」
「ジェラール・ド・ヴィエルの娘、元公爵令嬢のリアーヌか」
ソル=アンリは笑った。愉快そうな笑みだった。
父の名を聞いた瞬間、リアーヌの胸の奥は強く痛んだ。
ソル=アンリは、その反応を楽しむように目を細めると、リアーヌに指を向け、周囲の者に言った。
「こいつを、私が買う」
リアーヌの指先が震えた。けれど、顔には出さなかった。今の自分は娼婦だ。客に選ばれたのなら、従わなければならない。だから、静かに頭を下げる。
「……かしこまりました」
「随分と素直になったものだ。以前は、私の誘いを断ったくせにな」
リアーヌの脳裏に、遠い記憶が蘇った。
ソル=アンリの申し出と、それを断った自分。あの頃の自分には、選ぶ権利があった。嫌なものは嫌だと言えた。だが、今は違う。
「……申し訳ございません」
リアーヌが頭を下げると、ソル=アンリは満足そうに笑った。
その声には優越感がありありと滲んでいる。
「そうだ。最初からそうしていればよかったのだ。……来い」
言って、ソル=アンリは慣れた様子で歩き出した。
リアーヌも彼の後に続く。その足取りは、自分でも驚くほど静かだった。
◇
王族や高位の聖職者を迎える貴賓室は、一般の部屋とは明らかに格が違っていた。広々とした室内には上質な家具がゆったりと配置され、壁や天井には職人の手による繊細な装飾が施されている。照明も控えめで、魔導灯の淡い光が室内を静かに照らしていた。窓には精巧なステンドグラスが嵌め込まれ、外界から隔絶されたような静けさを保っている。調度品の一つ一つに贅が凝らされている一方で、過度な華美さはない。そこにあるのは、権力者だけに許された特別な空間という、静かな威圧感だった。
ソル=アンリは部屋に入ると、椅子に腰を下ろした。
そして少し離れたところに立つリアーヌに命じた。
「座れ」
「……はい」
「椅子に座れとは言っていない。床だ。床に座れ」
ソル=アンリは自身の足元を示した。
「……失礼いたしました」
リアーヌはソル=アンリに命じられたとおり、床に腰を下ろす。
満ち足りた笑みを浮かべながら、ソル=アンリはリアーヌを眺めていた。
「そうだ。それでいい。椅子は人間のためのものだ」
リアーヌは何も言わなかった。
ソル=アンリはリアーヌの頭を踏みつけ、強引に這いつくばらせた。そして彼女からいったん足を離すと、まるでボールを蹴るように彼女の顎につま先をかけ、自分の方を向かせる。
「お前は、自分がどういう立場なのかを理解しているか?」
「……はい」
「いや、まだ理解していない。お前はもう、公爵令嬢ではない。ジェラールの娘でもない。ましてや、この館に訪れる客と同じ人間でもない。お前はただの商品だ。もはや、なんの権利もない」
ソル=アンリは、机の上に置かれた水差しを指で弄びながら言った。言い終えると、リアーヌを蹴り飛ばすようにその顔から足を離す。
リアーヌは黙っていた。ソル=アンリはそれを反抗と受け取ったのか、眉をひそめる。
「返事は?」
「……承知しております」
「なら、もっと分かりやすく態度に出せ」
「……はい」
リアーヌは深々と頭を下げた。銀の髪が床に広がり、額が床に触れる。上方から、ソル=アンリの笑い声が聞こえた。彼は、満足したようだった。
「そうだ。それでいい。……かつてお前の父だったジェラール・ド・ヴィエルは、臣下の前で、この私に善き王になれなどと説教し、大恥をかかせた。だから思い知らせてやったのだ。正しいのはどちらかをな」
ソル=アンリは声を上げて笑った。
リアーヌの胸の奥で何かが切れた。恐怖ではない。絶望でもない。もっと冷たいものが胸の奥底からこみ上げる。リアーヌの口元に笑みが浮かぶ。
──殺してやる。
リアーヌは静かに顔を上げ、ソル=アンリを見上げた。
以前なら、彼の顔を見るだけで恐ろしくなっただろう。けれど、今は違う。不思議なほど、頭の中が澄んでいる──この男が、父を殺した。私の家を奪い、私の人生を壊した。そして今、私が何もかも失ったことを確認して、笑っている。私にはこれ以上失うものなど何もない。だからもう、何も恐れる必要はない。
リアーヌは、嫣然と微笑んだ。
「……殿下。ひとつだけ、お願いがございます」
「なんだ。言ってみろ」
「私に償いの機会をください。あのとき殿下を拒んだことを後悔しております。ですからせめてこの館で殿下にお仕えしたいのです」
ソル=アンリは笑った。
「……今更だな。お前を相手にしなければならないほど女に飢えていないのだが、まあ、お前次第では機会を与えてやらんこともない」
言葉とは裏腹に、ソル=アンリは満更でもなさそうだった。
リアーヌの胸の奥に、決意が宿る。
──私は、必ずここから出る。
ただ逃げるためではない。ただ生き残るためでもない。この男とファティマを処刑台に送るために、誰よりも多くの客を取り、誰よりも上の階級へ行く。そして力を手に入れて、ソル=アンリとファティマに裁きを下す。その日まで、何があっても生き延びる。失うものも、汚れるものも、もはや何も残っていない。
リアーヌは、もう一度だけ微笑んだ。
復讐の決意を、胸に秘めたまま。